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神世界のエスカトロジー  作者: 蒸しエビ
第一章・欠片
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9/21

八欠片目『生剥』

 ノアは牛鬼の最後を見送った。牛鬼の肉体は人形鬼や異形鬼のように消滅することも、鬼火になることもなく、死体となって残っていた。

 牛鬼が息を引くと同時に雲が散り、夕日ともに空には大きな虹が架かっていた。

 

        ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 牛鬼との戦闘から数日経過していた。その間、目立った戦闘はなく蒼龍とノアは着実に北へと進んでいた。

 

「なぁ、蒼龍、なんでおれたち北へむかってんだ?」 

「ん?あぁ、それはね、ロキシアに向かうためだよ」 


「ロキシア?」

 

「ロキシアは大和の隣にある大陸で、氷狼家が治めている土地なんだ」

 

「ヒョウロウケ?」

 

 聞き覚えのある単語だがいまいち思い出せないといった風にノアは首を傾げる。だが、蒼龍はそれに気付かず『簡潔』な説明を続ける。

 

「ロキシアは別名、天(・)使(・)の国と呼ばれていて『使徒』である主天使(ドミニオン)により授けられる聖痕(スティグマ)の天賜などが有名なんだ」

 

「テンシのテンシ?」

 

 知らない単語の波にノアは疑問符が渋滞してた。

 頭を抱え、唸るノアを見ながらクスクスと蒼龍は微笑む。そうこうしていると、そこそこ大きな村が見えて来た。

 

「おぉ…蒼龍!!この村、なんか、なんかすげぇぞ!!」

「フ、フハ、そ、そうだね大きい村だね」

 

 大興奮のノアに蒼龍は思わず笑いが溢れる。確かに今まで立ち寄った村は茅葺きの家が殆どで、かなり鄙びた良く言えば古風な家々が並んでいた。だが、目の前にはどれも瓦の付いた、どこか風格のある家が建ち並んでいた。

 

「よし、今日はこの村に泊まろう。宿屋もあるしね」

 

「ヤドヤ?なんだそれ?」

「寝泊まりするためのお店だよ。お風呂もあるって」

 

 青天の霹靂と言わんばかりの衝撃がノアへと落ちる。

 

「ふ、風呂だと……ねるとこだけじゃなくて風呂があるのか!!?」

 

「え?う、うん。そうみたいだけど、ノアはお風呂好きなの?」

 

 今までにない程に興奮するノアは、もはや頷くのではなく頭を上下に振ると言ったほうが正しいほどに肯定の意を示していた。

 

        ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 その晩、ノアと蒼龍は宿屋のお風呂を満喫していた。

 

「あ゙ぁ゙〜しみる〜」

 

「ブッ、んん。ノアは本当にお風呂が好きなんだね」

 

 オッサンのような声を出しながら湯船に浸かるノアに蒼龍は笑いを堪えていた。

 

「いや〜日(・)本(・)人(・)じゃないけど風呂は魂にきざまれてんだよな〜」

 

「ニホンジン?それは、なんだい?」

 

「ん?……はて、なんだろう……。パッとでてきたけど……?」 

 

 言ったノアですら理解していない様子。蒼龍も知らない単語に聞き返しただけなのでそこで話は終わった。

 

「それより!蒼龍!今はどこらへんなんだ?キシア?ロシア?まで」

 

「えっと昨日、宮狐(みやこ)を過ぎたから今は熊不来(くまこず)の半分ぐらいかな。ロキシアまではまだかかるよ。この上の県、檎馬(ごんば)から船に乗って鼯蕗(ごふき)に向かいその後歩いてロキシアに向かう形になる」

 

 怒涛の地名ラッシュにノアはパンク寸前となっていた。

 

「そ、蒼龍……ミヤとかクマとかってなんだ?」

 

「えっと…大和には四十七の県と呼ばれる土地で構成されていて、それぞれの名前が宮狐だったり熊不来だったりするんだ」

 

 珍しくかなり『簡潔』な説明ではあったがそれが決め手となりノアは完全に処理落ちしてしまい、そのまま風呂へと沈んでいった。


        ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌日、朝日が登ると同時に蒼龍とノアは檎馬へと向かった。

 道中、蒼龍がノアに熊不来のある逸話を話していた。

 

「昔、この地には無病息災を願う鬼がいた。

 地域によってその名は異なり『なもみ』や『なごみ』と呼ばれ、皆に親しまれていた。

 だがそんな折、突如として現れた一体の鬼により全ては崩れ去る。

 その鬼の名は、羅刹。後に貪食と呼ばれる者である。

 激しい戦闘の末、なもみは敗れこの地を去ることとなり、深い悲しみだけが残ったという。」

 

「おぉ…その、なもみってやつかわいそうだな」

 

「そうだね。でも、この話は羅刹の目線が書かれてないから本当は何かしら目的があったのかも知れないね。」

 

「た、たしかに。盲点!!」

 

 その後も移動中、ノアが暇にならないように蒼龍は様々な話を続け、気づけば中間地点に着こうとしていた。

 

「着いたよノア、檎馬だ」

「やっと、ついた〜」

 

 朝日と共に宿を出たが檎馬に着くと空には一等星が光り始めていた。

 

「今日はここで野宿しよう。日が昇り始めたら港に向かって船に乗ろう」

 

「おぅん?あれは……トカゲ!!おりゃぁぁぁ!!ばんめしぃぃぃい!!!」


        ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「おぉぉ!!蒼龍!!でっけぇ水たまりだぞ!!」

 

「ノアは森育ちだから初めて見るのか。これはね海だよ」

 

「ウミ……これがウミか!!」

 

 朝日が昇ると同時に二人は港へ向かっていた。

 道中トラブルも無く目的地へ着いたが、船が出るまで時間が空くのでその間、近くを観光することにした。

 そして現在。海に対し、まるで絵に描いたような反応をするノアに蒼龍は満足気に微笑んでいた。 

 蒼龍はノアを連れて観光名所の一つへ向かった。


        ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ノア、ここは権現崎、別名海神(わだつみ)の崖と呼ばれていてね。ほら、あそこの木、フジツボが付いているだろう。この高さまで波が来る事がある、そこそこ危ない場所なんだ」

 

「うぇ!?マジかよ、めちゃめちゃたかいぞここ?」

 

 何にでも驚くノアだが此処に限っては驚くのも無理はなかった。なぜなら崖から海までの高さはおよそ230メートルほどであった。

 通常この高さまで波が来る事は万に一つもない。仮に230メートルにも及ぶ高さの津波が来たとなれば想像を絶する被害となる。

 だが実際は観光名所になる程、波が来ているにも関わらず近辺の村などに一切の被害がない。自然現象とは思えぬ事から、まさに神の御業であり海神の崖と呼ばれる所以である。 

 しばらく崖を堪能していると、出航の時間が迫っていた。

 

「ノア、そろそろ時間だし行こうか」

「お!もうそんな——」

 

 言い終える前にノアの意識がずれる。いつもの様に興味が他に移ったものではなく、その表情は真剣さと警戒が見て取れる。蒼龍はノアの視線の先に意識を向ける。視線の先は森であり一見何も感じないが、耳を澄ませると波の音に紛れ微かに枝の折れる音が聞こえる。

 だんだんと人影らしきものが見え始める。

 森から現れたその姿は——

 鎧に藁を纏い、両脇に一本ずつ、計二本の刀を携えた鬼。

 

「悪い子はいねぇが?」

 

「生剥(なまはげ)……なぜ、檎馬に?」

 

 困惑する蒼龍。次の瞬間、視界を埋めるほどの距離に近づき刀を振り下ろす生剥——

 

『原始星(プロトスター)!!』

 

 ——それを吹き飛ばすノアの姿であった。

 

「ノア、助かったよ。ありが——」

「下れ蒼龍!!」

 

 ノアの言葉にすぐさま後ろに下がった、その瞬間——

 目の前に砂埃が上がり、粉塵の中で黒鉄の刃が鈍い光を放っている。

 

「泣く子はいねぇが?」

 

 原始星の直撃を食らって、数秒足らずで反撃……その事実だけで生剥を強者と定めるには十分であった。

 

(いきなりなんだ…そもそも、なぜ生剥が居る?」

 

「蒼龍、あの鬼はなんだ」

「あいつは生剥と呼ばれる人形鬼で本来は檎馬の下に位置する狗秋《こうしゅう》に居る……はずなんだが」

 

 蒼龍は困惑と緊張を感じながら簡潔に説明してみせる。だが、それはノアのもとめる答えでは無かった。

 

「ちがう…ア(・)レ(・)は人形鬼じゃない」

「なにを……ッ! まさか…鬼神……なのか」

 

 【鬼神——亜神の領域へと踏み入った鬼であり、人形鬼や異形鬼のような分類名ではなく称号である。

 本来、能力を持たない人形鬼や獣鬼も鬼神となると同時に妖気を操る様になり、様々な術を行使するようになる。】

 

「くるぞ蒼龍!!」 

『紫で——』

 

「悪い子は…いねぇ゙が?」 

(速っ……死…ぬ)

  

『彗星落下(メテオフォール)!!』

 

 すぐさま紫電を発動させようとする蒼龍に向けて生剥は縮地で距離を詰める。文字通り地面が縮まったかと思うほどの速度で蒼龍の首元めがけて刃を振るう。だが、間髪入れずにノアが踵落としを決める。その速度は紫電に匹敵し、その威力は地を砕く程。だが、焦る様子も見せずに生剥は後ろに避ける。一方でノアは吐血と共に地面に膝をつく。

 

「ガハッ……はぁ…はぁ…。クソ…やっぱ、イシがたんない」


「ノア!!」

 

「…………」

 

 砕かれた地面を眺め、沈黙と共に生剥は標的をノアへと移す。二刀を鞘へとしまい屈むように姿勢を下げる。その構えは——

 

(ッ、抜刀術か)

 

 そして、今まさに瞬速の抜刀が抜かれ——

 

『雷鳴咆華(らいめいほうか)!!』

「…………!!」

 

 刀が鞘から抜かれる寸前、蒼龍は紫電により急接近し柄頭に向けて全力の掌底での一撃を撃ち込み抜刀を阻止した。

 だが——

 

「ぐ…ぐぁがぁぁ゙」

 

 咄(・)嗟(・)の攻撃だったため、制御を誤り感電する。

 いや違う。咄嗟であろうと無かろうと関係ない。

 なぜなら、元来、操電は戦闘用の異能ではない。

 

【操電——既存する電気に自身の魔力を繋げることで電圧と電気そのものの操作が可能となる。操作可能範囲は保有魔力量に比例する。】

 

 戦闘に用いるとしても補助として後衛として使う力である。それを蒼龍は今まで、自身の静電気の増幅と電圧の調整を行いながら前衛として戦ってきた。それはひとえに、蒼龍の精密操作を可能とする脳と試行錯誤の果てに辿り着いた努力あってこその技術であった。

 だが、眼前に立つこの鬼はその全てを打ち壊さんとする圧倒的な力を有していた。

  

「悪い子は…」

 

「はぁ…はぁ…」 

(クソ……焦点が合わない……)

 

「いねぇが?」

 

 刀が天高く振り上げられる。これで終わり…かに見えた——その時だった。

 背後から異様な気配と共に風が吸い込まれるよう流れ、まるでガラスにヒビが入るような音を立てながら空気が軋む。

 乱れる焦点に一瞬映ったのは——

 拳を包む白光と渦を巻く様に微光を放つ星粒の群れを握るノアの姿であった。

 

「はなれろ蒼龍!!」

 

 その一言に生剥の警戒はノアへと移る。

 

「…………!!」

 

 溜まりきった五芒星は誰が見ても分かる程に絶対的な死を感じさせる。

 そして、蒼龍へ振り下ろす筈だった刀を下げる。瞬間的に悟った死を前に生剥は行動の全てを回避へと向ける。

 

(ッ!逃げられてたまるか)

 

 蒼龍の感知は視力を介さず魔力の届く三メートル圏内であれば電磁波を感知できるそれを頼りに生剥の行動を把握する。

 

「ノア!!かまわずやれ『増雷』」

 

 精密操作など捨て、生剥を拘束する事だけに全神経を集中させた増雷。その威力は落雷五本分程であり、およそ五億ボルト。

 本来であれば外皮は炭化し内臓は破裂するが生剥相手では足止めが関の山だろう。

 だが、それでいい。蒼龍自身にも漏電する可能性があるが、今この時においてはノアが五芒星を当てる時間を稼ぐこと以外の事など些事でしかなかった。

 

 そして——

 

『小銀河・五芒星《フルモス・ペンタグラム》』

 

 拳を振るうと同時に集束させた力が星空そのものの如くに輝きを撒き散らし、生剥を穿たん勢いで放たれる。

 それはまさに、銀河と呼ぶにふさわしい光景であった。だが——

 

「悪い子は……いねぇが?」 

(な……嘘だろ…刀を握り直した!?)

 

 五芒星が近づくなか、生剥は増雷を受けて尚も刀を握る。その構えは、防御ではない。 

 そして——

 刀に神気を纏わせ、振り下ろす。その刃先は五芒星へと触れる。

 

「泣く子は……いねぇぇが?」

 

 目にも留まらぬ速さの連撃により五芒星を削り落とし始める。その身は常に増雷によって感電し続けている。

 だが、黄色い閃光を撒き散らしながら加速し続け、決して自身に触れさせぬよう全力で刀を振るい続ける。

 

「クソ…化物が……」

 

 光が消え、全て削げ切った……次の瞬間——

 

「うぉぉお『五芒星(ペンタグラム)』!!」

 

 振り切りガラ空きになった生剥の腹に最後の一撃をぶち込む!!

 

「吹っ飛べぇぇ!!!」

 

「………悪い…子」

 

 ………………ザァ………………………………………ザァ……………………

 ………ザァ…………………………………ザァ…………………………………

 ………………………………ザァ…………………………………ザァ…………

 

 崖に打ち寄せる波の音だけがその場に響いた。 

ご覧いただきありがとうございます。

『神世界のエスカトロジー』第八話、楽しんでいただけたでしょうか?


今回も蒼龍による地理に関する情報ラッシュがありましたが、皆さまはいくつ覚えられたでしょうか?


そして、今回の敵である生剥との戦闘はいかがだったでしょうか?

ハラハラ、ドキドキしていただけたなら幸いです。


次回で第一章『欠片』は終了となります。

最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。


では、また次回。お会いしましょう。シースー!!

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