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神世界のエスカトロジー  作者: 蒸しエビ
第一章・欠片
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10/21

九欠片目『骸骨』

 生剥を倒したノアと蒼龍は、息を整えていた。

 

「はぁ…はぁ…や(・)っ(・)ぱ(・)り(・)強かった……」

 

(やっぱり?………そうか、やはりノアは強者なのか。明らかに普段とは違い、姿が見える前から警戒していた……同じ鬼(・)神(・)である洪水を前にしても緊張する様子は無かったが…。小銀河・五芒星《フルモス・ペンタグラム》アレほどの技があれば大抵の敵は倒せる…気が抜けるのも当然だな)

 

 少しの思考の後、蒼龍は切り替えるように両頬をパチンッと音を立て叩く。

 いきなり頬を叩き始める蒼龍にノアは驚きと困惑の表情を向け、何故かあわあわと身振り手振りで暴れ始める。

 

「フフ、あ、んん゙……。ノア、こいつは確実に妖怪になる。その前にここをはなれよう」

 

 蒼龍の見立ては正しい。生剥は今までに戦ったどの鬼よりも遥かに強かった。ならば、まず間違いなく生剥は妖怪になる。

 それも、玉藻前とは比べ物にならない程の強力な妖怪に。いや——それ以上の存(・)在(・)になる可能性があった。

 そのため、一刻も早くこの場を離れる必要があるのだが……。

 蒼龍の呼びかけに対し、ノアから返事がない。

 反動で動けないのかと思いすぐさま振り返る。すると、ノアが今までに見たことがない程に青ざめていた。

 その様子に蒼龍は緊張と焦りを滲ませながら尋ねる。

 

「ノア、どうか…したかい?」 

「今…うごいたように見えた」

 

 その一言に、蒼龍の背筋に悪寒が走る。

 まさかと思い、すぐさま生剥の方を確認するが動く気配はない。

 ノアの見間違いかと思った。が、同時に違和感を覚えた、まさにその時——生剥の頭が上がる。

 

「く…まだ、死んで…は?」

 

 上げられた顔を見て、蒼龍は硬直する。

 その顔は——

 

「骨…っ、逃げろ!!」

 

 次の瞬間。ノアを巻き込み、爆音と共に岩壁が崩れる。

 

「ガァハッ」

「ッ、ノア!!」

 

 油断があった。生剥を倒した事で、どこかでもう終わったと安堵してしまっていた。

 そのせいで、普段は決して見逃すはずのない違和感に……

 

 ●●●

 

「こいつは確実に妖怪になる。その前にここをはなれよう」

 

 ●●●

 

(ッ…自分で言っておいて……)

 

 ……気づかなかったのだ、死んだ生剥から鬼火が出てきていない事に……。

 

「はぁ…はぁ…ゴホッ…だ、だいじょうぶ」

 

 今までも度々確認されてきたノアの異常な回復力。それのおかげか瓦礫の下敷きとなっているにも関わらず、吐血で済んでいる。

 

「蒼龍…アレはナニに…なった…?」

 

 ノアの疑問に緊張を胸に蒼龍は眼の前のアレを確認する。生き物とは思えない姿と、カラカラと音を立てながら刀を握るアレは……骸(・)骨(・)と呼ぶのが相応しかった……。

 この大和において、鬼や妖怪に関して蒼龍の右に出る者は、片手程もいないだろう。だが…そんな蒼龍の知識を持ってしても、眼前に威風堂々と立ち尽くす骸骨に関する情報を、一切持ちえはしなかった。 

 

「すまない……ノア…。俺もアレに関しては分からないんだ」

 

「そっか…」

 

「俺の知る中には、狂骨や餓者髑髏(がしゃどくろ)など骸骨は何体かいる。だが…アレはそのどれにも該当しない…」

 

 この旅で初めて感じる絶対的な力の差。レベルが違うのではない……次元が違う。本能に直接理解させられる圧倒的なまでの絶望。戦闘は絶対に避けるべき、だが戦闘なくして逃げるすべは無い。

 手の震えも、乱れる呼吸も、感情の一切も押し殺し、蒼龍は今ある情報から現在の状況をまとめる。

 

「恐らくだが、生剥は自分を喰ったんだ。手っ取り早く確実に生気を取り込める」

 

「そんな事できんのか!?」

 

 本来であれば不可能であった。鬼火とは鬼の魂そのものであり鬼が死亡した際、肉体を燃料とし燃え盛る鬼火となる。故に死ぬ前に肉体から切り離し肉体を喰べるなど前代未聞であった。

 

「ッ逃げろノア!!また、あの攻撃がくる」

 

 先程、岩壁を砕いたものよりも大きな骨腕が迫り来る。叩きつけられた攻撃は一撃で地面にヒビを入れる。

 

「クッ、なんて威力だ」

 

 目視できるほど急激に上昇した妖気は朧火の様に揺れ動き形を形成していく。 

 太い棒が一つ。細い棒が二つ。

 その既視感のある形状に蒼龍はすぐに気づいた。

 

(腕骨…尺骨…橈骨…)

 

 それが……腕であると。 

 どの様な意図があり形成しているのかは分からない。だが、蒼龍が確実に言える事が一つだけある。

 それは——

 

「ノア、逃げろ!!」

 

 逃走…いや、敗走とも言える程に脱兎の如く、敵に背を向け逃げる。それが蒼龍が導き出した、最善策であった。

 一つ、また一つと細かい塊ができ始める。

 

(まだ、腕が完成するまでには、しばらく時間がかかるはず……その間に少しでも遠くに――)

  

「ガァハッ…」

「グホォッ…」

 

 空間を歪めるようにして出てきた二本の巨大な腕に蚊を潰すかのように挟まれる。 

 そして、手根骨が完成する。同時に指骨の形成が始まる。

 

(クソ……空間からの攻撃……餓者髑髏の特性か………)

 

「蒼龍、まきこむかもだけど…」

 

 ノアの拳が光る。

 

「ッ!…構わない……それしか無いからね」

 

『原始星(プロトスター)』

 

 腕を破壊する事に成功し抜け出すが……既に満身創痍であったノアはその場に倒れ込む。

 

「ノアっ…ゴハッ…はぁ…はぁ…」

(クソ……このままだと…)

 

 基節骨、中節骨と着実に完成へと近づいていた。

 そして、末節骨の形成が始まる。

 

(なんなんだ…餓者髑髏の空間移動に髑髏(しゃれこうべ)の骨格錬成……アレは一体…)

 

 時は来た……末節骨の完成である。

 動けないノアを担ぎ、最後まで諦めないと蒼龍は紫電を発動し走る。

 完成した腕を青黒い焔が包み込み、まるで肉付けされた様になる。

 

「…………いねぇ……が?」

 

 蒼龍たちに向け巨腕が叩き落とされる。

 落下中、青黒かった焔は艶めかしい紫に変色する。

 その光は距離感を狂わせ、近くにあるのか、遠くにあるのかすら分からなくなる。

 そして——

 

「あ…」

 

 轟音と共に爆風と地割れが広がる。

 射程圏内ではあったが、何とか直撃は免れた。だが、呼吸は乱れ耳鳴りが響き視界は霞む。とても戦える…いや、逃げられる状態ではなかった。

 

「そう…りゅう…」

「くっ…ノア……」

 

 霞む視界、遠退く意識の中、蒼龍の目に写ったのは——


(…ガラス?……石?…あっ…」 

 

 ●●●


「イシがなにか?」

  

「あぁ、見た目とか分かってるほうが見つけやすいと思って」

  

「んー俺もあんまり詳しくは分かんないけど。なんかいろんな色にキラキラしてたぞ。形はデストがバラバラにしたから分かんない」


 ●●●


「はぁ…はぁ…賭けるか…」

 

 蒼龍は最後の賭けに出る。すでに意識がある事が奇跡の状態。少しでも加減を間違えれば死ぬ。

 そんな極限状態での蒼龍の覚悟を込めた、最後の紫電を石を掴むために使う。

 

『紫電』

 

 紫電の発動と同時に蒼龍に向け、無数の骨腕が襲いかかる。

 

 だが——

 

「右、下、後、前、左右」

 

【ゾーン——極限まで高められた集中力が引き起こす超感覚的知覚状態の事であり、危機的状況や過度なストレスなど急激な脳への負荷を軽減するため一時的に脳の処理能力のリミッターが外れる事で起こると言われている】

 

 現在の蒼龍はまさにゾーンへと入っており、その知覚処理速度は通常時の約十倍。全てが遅く、考えてから避けるには十分過ぎるほどであった。

 だが…あくまでも思考の話であり、肉体はとうに限界を迎えていた。

 全身骨折に内臓破裂、既に死んでいてもおかしくない。と言うより、即死していない事がおかしいというレベルであり、火事場の馬鹿力と石という希望が蒼龍の背中を押し全神経を集中させていた。

 そして、今、この瞬間。蒼龍の思考力は限界を突破し覚醒とも言える精度で紫電をコントロールしている。

 石まであと一歩という距離、手を伸ばし強く願う。

 

「とどけ…届け!!」

 

 石を掴んだ…と、同時に膝が曲がる、それはまるで——

 

(ッ!…屍童子の脊髄操作)

 

 次の瞬間、蒼龍の横から巨腕が飛び出し、岩壁目掛け吹き飛ばす。

 

「ぁぁ……」

 

 吹き飛ばされた衝撃のままゴロゴロと転がり崩れた岩壁の前で止まる。

 

(呼吸が出来ない…俺は死ぬのか……あぁ…でも…届いたぞ)

 

 そう——届いた。

 

 吹き飛ばされる直前に石を投げ、見事ノアの指先に届いた。

 そして、石は水に溶けるようにノアへと入る。

 次の瞬間、ノアの体が光り――

 ゴヂャ

 鈍い音とともに腕がノアを潰す。

 

「あ…あ…あぁぁぁ」

 

 希望は目前にし崩れた。

 

「ガァァァァァァァ」

 

 だが——絶望もまた崩れ去った。

 腕を砕け散りノアが咆哮を挙げる。 

 それは到底、人の口から発せられるようなものではなく、それこそ龍の雄叫びのようであった。

 すぐに巨腕がノアへと向かう。だが、自身へ向けられる攻撃の一切を真正面から破壊する。

 咆哮を挙げ骸骨に向けて駆けるノア。

 一切の理性をかなぐり捨て突き進むその姿はまさしく獣であり本能のままに暴れる怪物である。

 だが、これは人と人との争いでは無い。骸骨もまた怪物なのだから。 

 骸骨は、お辞儀と共に手を合わせる。

 二礼二拍手一礼。

 この一連の動作は全て、神への祈り。

 故にこれは、御神楽(みかくら)。

 

【御神楽——特定の動作を行う事で発動、または特定の技の効果を底上げする。領域技である】

 

 だが、そんな事構わないと依然として突き進むノアを阻むように、上下左右前後と巨腕が襲う。

 避けなければ死ぬ状況。だが、今のノアは獣であり、全てを真正面から砕く。砕く。砕く。

 その瞳孔は細く鋭い龍の如き瞳となり。

 その歯は骨をも嚙み砕く牙となり。

 その手は全てを引き裂く爪となる。

 ノアが全ての腕を破壊すると同時に骸骨の御神楽の動作も終了する。 

 そして—— 

 現れた。いや、生み出されたのは巨大な髑髏(しゃれこうべ)。

 その髑髏の眼窩(がんか)には無数の黒い手が渦巻き、後頭骨からは禍々しい黒煙が天を覆うように広がっていく。

 共鳴する様に波が荒れ始める。

 

「ガァァァァァァァ」

 

 ノアは再び咆哮を挙げる。

 顎を模すように腕を上下に広げる。腕からはオーラのような物が滲み出し、それが龍の顎(あぎと)を形成する。

 ノアの咆哮に合図とするように髑髏が哭く。

 まるで洞窟の奥を風が過ぎるような、不気味な音を響かせ迫りくる。

 そして――

 広げた顎(あぎと)はより鋭くより巨大に——

 

「ガァァァァァァァ」

 

 一撃のもとに|髑髏を嚙み砕く。

 どの様な能力かも、どれ程の攻撃かも、一切…そう、一切見せることを許さず無慈悲に無造作に無作為に……。

 噛み砕かれた骨片は落下することなく、煙となって消滅する。 

 そのまま、ノアの勢いは止まることなく骸骨に向け加速する。

 

「がぅ゙ぁ゙ぁ゙ぁぁぁぁぁぁ」

 

 咆哮を挙げ再び顎を広げる。

 四度目の咆哮はより獣に近く人から遠くなっていた。

 最後の抵抗と言わんばかりの猛攻を放つ骸骨。だが、そのことごとくを嚙み砕く。

 骸骨は姿勢を下げる、抜刀の構えである。

 そして、神速の一閃が——決まる事は無く。

 脳天目掛け落とされた牙により、バキバキと音を立て砕け去った。

 

「がぅ゙ぐぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」

 

 勝利の咆哮を挙げる。いや——歓喜ではなく、いまだ乾かぬ闘争の渇望かもしれない。

 その牙と爪の矛先は越えてはいけない一線……蒼龍へと向けられようとしている。

 

「…ノぉ……アぁ………?」

 

 空気を吐くようにして呼ぶ蒼龍の声に一瞬、ピクリと肩を揺らす。

 

「がぅあ゙ぁぁ……そう……り——」

 

 次の瞬間、背後から津波が襲う。

 戦闘による地盤の変化か、はたまた海神(わだつみ)か唐突に、そして無情に波は全てを攫った。

 そこで二人の意識は途絶えた。

ご覧いただきありがとうございます。

『神世界のエスカトロジー』第九話、楽しんでいただけたでしょうか?


ノアに起きた変化やイシの謎と、まだまだ分からない事だらけではありますが、今後とも『神世界のエスカトロジー』を読んでいただけると幸いです。


今回で『第一章・欠片』が終了となり、次回からは『第二章・魔人』が開始致しますので、楽しみにしてくださると嬉しいです。


本日同時投稿の、番外編『蒸しエビの設定集①』を引き続きお楽しみください。


では、また次回。シースー!!

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