七欠片目『廻る糸』
玉藻前との戦闘から一日、現在は北へ向かっていた。
「もう、村はこりごりだ。町はないのか?」
「ノア、俺達はあえて、町によらない道を歩いているんだよ?」
「え!?なんで!?」
「町の方には霹靂神の人間がいるかも知れないからね。下手に関わると面倒なんだよ」
「ハタタガミ? 村のやつらが蒼龍のほう見ながら言ってたやつか? ハタタガミってなんなんだ?」
ノアの疑問に蒼龍は少しの間、思考が止まる。
一拍ほど間が空き、「あぁーそうか」と微笑気味に答える。
「ノア、護神家って知っているかい?」
「ゴシンケ? わから——いや、村の奴らがなんか言ってたな。それか?」
「護神家って言うのは神に仕える名家の事で、磐座と神籬の二種類があるんだけど…まぁ、今は磐座の方だけでいいかな」
磐座や神籬など難しい単語に、ノアの処理が追いついていないのが見て取れた。もはや疑問符が可視化されそうな程に。
だが、そんなノアに追い打ちをかけるように蒼龍が深呼吸をする。その様子にすぐさまノアが反応する。
(ま、まずい『簡潔な説明』がはじまる!?)
「磐座には八つの家があって
異能と特性の両方を持ち、炎を操る鳳炎家。
狼の獣人で異能と特性のどちらかを持って生まれる、氷を操る氷狼家。
猿の獣人で異能と別に忍術と呼ばれる技を使う猿神家。
虎の獣人で特性を持ち、魂に干渉する装虎殴家。
鬼人にして特性を持ち、地面を操る土妖眼鬼家。
牛の獣人で異能を持ち、雲を操る夜曇家。
異能、特性、特徴をそれぞれ持つ、ディザストール家。
そして最後に、異能を持ち電気を操る霹靂神家」
濁流のように押し寄せる情報の波の中、ノアは霹靂神家だけを聞き取ることに成功した。
「つまり蒼龍はその、ハタタガミケって言うメイカ?なのか?」
イマイチ理解できないのか、分かるような?分からないような?と首を傾げているノアに蒼龍は今度こそ簡潔に説明し始める。
「簡潔に言うと君の家族、デストを殺した竜に仕える者達の集まりだ」
衝撃的な事実にも関わらず、蒼龍はさもなんて事の無い様に淡々とノアへ告げる。
いきなりの事で理解が追い付かないのか、はたまた素なのかノアは首を傾げながら質問する。
「んー、つまりどうゆう事だ?蒼龍は悪いやつなのか?」
「俺は悪いやつではないよ。俺の家が悪い奴らだよ」
蒼龍のその言葉にノアは晴れやかな表情を浮かべ、なるほどと手をポンと叩く。
「つまり蒼龍はなかまって事だな!!」
「うん、そういう事だね」
頭を抱えたくなるような会話を繰り広げていると、ノアの鼻先に雨粒が落ちた。
「ん?雨?」
「驟雨かな?強くなる前に雨宿りできそうな場所……っ、ノア下がれ!!」
「ん?」
ノアが振り返った先に見えたのは——
「グモォォォォ!!!」
「う、ウシ!?鬼!?クモ!?なんだコイツ!?」
ノアが混乱するのも無理はない視界に映るソレはまさしく異形。牛の様な下半身に鬼の顔を付け蜘蛛の様に複数の足を持つ。その名も——
「獣鬼、牛鬼」
「ジュウ?ギュウ?ダジャレか???」
似た単語に思わず混乱するノア。いつもであれば蒼龍が説明を始めているが、今回に限ってはそんな余裕は無かった。牛鬼を見つめる蒼龍の表情からは、困惑と焦りが見て取れる。
(雨……欠けた角……抉られた様な火傷………)
「なぜ、こんな所に…『洪水』が居る」
蒼龍の言葉に牛鬼は首を傾げ——いや、回した。
「ぁ゙ぁ……?こう……ずい?」
意味が分からない。目の前の牛鬼からは、そう言ってるように見えた。
「なぁ、コウズイ?ってなんだ?アイツのことか?」
ノアの質問に答えたいが、蒼龍は今までにない程に警戒していた。だが、動く気配のない牛鬼を見て『簡潔』に説明を始める。
「ノア、簡潔に説明するからよく聞いてくれ。こいつは牛鬼と呼ばれる獣鬼だ。獣鬼は身体の一部に動物的特徴を持つ鬼の事で、牛鬼は名前の通り牛の身体に鬼の顔を持っている」
「足クモみたいだぞ?」
「クモのように複数生えているだけさ。でも、重要なのはそこじゃない。目の前にいる牛鬼は、八百年前、瀑雨を降らし一夜にして街を沈めた鬼だ」
蒼龍の説明にノアではなく牛鬼が反応を示した。
「沈…めた…? あ、あぁ…あ゙ぁ゙ぁ……ぎぬじ…ぎぃ゙……」
急に苦しむように唸る牛鬼にノアは思わず声をかける。
「お、おい、だいじょぶか?ぐわいわるいのか?」
心配するノアとは対照的にブツブツと蒼龍は考察し始める。
「ぎぬじぎ?……あぁ、そうか絹織か。沈んだ街の名前……自分で沈めたにしては反応が悲観的……」
「おい、蒼龍もこっち来てくれよ」
ノアの呼びかけに蒼龍が振り返った次の瞬間。
先程まで唸っていた牛鬼の動きが止まる。
「リュウ?」
そして——
「………龍夜ぁ゙あ゙ぁ゙ぁ゙あ゙!!!」
突如として牛鬼は怒りをあらわにする。その姿はまさに怒牛そのもの。
「グモォォォォ」と咆哮を上げた次の瞬間、蒼龍が先制攻撃を繰り出す。
『雷迅脚』
「グッ、モォォ!!」
雷迅脚の一撃でも切傷を付けるほどしか出来ない強度。本来であればこの時点で撤退すべき。だが、蒼龍は真逆の考えであった。
(攻撃が通った……注射器程度を想定していたが……攻撃が通る、それも切傷がつく程度には弱体化しているのか。なら、ここで仕留める)
想定よりも効いているのか、牛鬼は不意に動きを止め——
「雷……お前、霹靂神か?」
「へ?」
「っ」
先程まで獣じみた咆哮とは違い理性ある口調に蒼龍とノアは思わず面食らってしまう。
「どうした…答えろ。お前は、霹靂神か」
「あぁ……そうだ」
蒼龍の肯定を聞き、牛鬼は静かに「そうか」と頷く。
「………霹靂神ぃ゙ぃ゙い゙」
「ハタタガミって嫌われてんだな……」
「そうだね。嫌われてるね」
牛鬼の怒りに呼応するように雲が集まる。瞬きする間に晴天だった空は曇天へと塗り替えられた。
「自らの雷によって死に逝くがいい……霹靂神」
「雨で感電死させようとはね。てっきり突進でもするのかと思ったよ」
「蒼龍にもデンキきくのか?」
戦闘開始の合図は既に切られている。だが、ノアが質問した以上、蒼龍は『簡潔』な説明をするしか無かった。
「いいかいノア、俺の能力は他の霹靂神と違って電気を作ってるわけじゃない。あくまで、操作してるだけなんだ。だから加減を誤れば普通に死ぬ」
「ま、まじか……。じゃあ、ほかのハタタガミはきかないのか?」
「普通は効かないね。ただし、雨などで濡れた状態でなら媒介接触による感電はするよ」
蒼龍の説明が終わると同時に雲の準備が完了し、ゴロゴロと音を立てていた。
『雨衣』
その一言で一気に雨が降り注ぎ、一瞬でその場の全員が濡れ鼠となった。
「雨衣……雨を纏う…いや、纏わせる。ふ、電気が使えないね」
「笑ってる!?」
危機的状況にも関わらず、蒼龍からは余裕、いや、好機の表情が浮かんでいた。
「どうした…死を前に気でも触れたか」
「いや、嬉しくてね。気に入っているんだが普段使えない技があってね雨の日にしか使えないんだ」
雷が蒼龍の眼の前に落ちる——直前で軌道を変える。
「雷は雨を避ける性質があってね。その原理を利用するとこんなふうに」
落雷が蒼龍を囲むように巡る。
「周囲に輪を成すことができる『廻雷』」
「す、すげぇ!!」
「丁度、電気が欲しかったんだ。落雷に感謝しよう」
準備万端と蒼龍は冷静に牛鬼を見つめる。一方ノアは、蒼龍の周りを回る雷に大興奮で近づき感電しているが、気にする素振りすらない。炎に続き、雷もほとんど効かないようだ。
そして、肝心の牛鬼は、廻雷を見つめブツブツと呟いていた。
「雷の操作…まさか『操電』か?………霹靂神龍夜ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!」
「な、なんだよアイツ!?なにしても怒るぞ!てか、リュウヤってだれだよ!!」
「ご先祖様だね」
「そうなの!?」
驚くノアを尻目に、牛鬼はどっしりと地面に踏ん張り胴を少し下げる。その構えはまるで、クロスボウを引くかのように。
次の瞬間。勢いよく胴体を前へと突き出す。
刹那、何もない空間に水面が映り、水滴は弾丸となって蒼龍とノアに向け放たれる。
『霖突』
放たれると同時に、蒼龍は紫電を使い避け始める。一方でノアは突進を想定していたため無数の水弾に翻弄されていた。
一発一発が牛の突進にも匹敵する威力を持ち、ノアの骨はバキバキと音を立てて折れていく。
その直後、折れた肋骨が肺へと刺さり、吐血しその場に倒れ込む。
それと同時に攻撃が止み、牛鬼が憂うような視線をノアへと向ける。
「霹靂神を殺すためとはゆえ、幼子を手に掛けるのはあまりいい気分とは言えないな」
「前から思っていたが、鬼は案外子供に弱いね」
「そういう貴様は心がないのか?まるで他人事のような口ぶりだぞ」
「おい!勝手に殺すな!!」
「死んでないっつーの!!」と地団駄を踏むノアに牛鬼は目を見開いた。全身の骨が砕け吐血までしていたにも関わらず平然と立っている。異質——瞬間的に牛鬼が感じ取った。そして、同時にある事に気づく。
「お前が、方舟か?」
「はぁ?ハコブネなんかしら——そういや、神が呼んでたな。蒼龍ハコブネってなんだ?」
ノアの一言に牛鬼の目の色が変わる。その瞳は怒りでも、恐怖でも、悲しみでもない……ただ悔しさを帯びている。
「なぜ…今なのだ……お前が八百年前にいれば…釈迦様は……」
「え…と……」
「意味の分からない事でノアに責任を押し付けないでくれるかい『蛇』」
沈む空気をバッサリ切り捨て、蒼龍は牛鬼に向けて廻雷を飛ばす。蒼龍を囲んでいた廻雷は雨を避けながら牛鬼へと向かうその動きはまさに蛇の如く。
『円』『迅』『縛』
牛鬼に当たる直前に雷は軌道を変え円を描き始める。
続いて雷は円を描いたまま鋭利な刃へと変わり、最後に牛鬼を縛り付ける。
「グフッ…。霹靂神!!」
「通常の雷じゃその程度か…なら『増雷』」
牛鬼を縛る雷は電流を撒き散らす。そして黄色かった閃光は紫へと色を変え周囲を包み込む。一瞬の無音の後、雷鳴が内臓を揺らし鼓膜を破る。
「は……たた……」
「はぁ……おとなしく灰になってくれよ」
「蒼龍……耳がキーンてするぞ」
ノアの場違いな一言は聞き流し、蒼龍は深くため息を吐く。皮肉ですらないその一言に、蒼龍の苛立ちは如実に表れていた。
龍夜、龍夜と先祖の名前を連呼し、意味の分からないノアへの責任転嫁。蒼龍はそろそろ限界だった。
「霹靂神龍夜に文句があるならあの世で本人に言ってくれるかい。俺やノアに言われても迷惑なんでね」
「グ……グモォォォォ!!!」
「チッ、『増——』」
「蒼龍さがれ!!」
ノアの声に振り返る。瞬間、目に映ったのは拳を白く発光させるノアの姿。
(五芒星……いや光が足りない?)
『原始星』
振るわれたノアの拳が牛鬼に触れると同時に白光が広がり、直後に轟音と共に爆風が吹き荒れる。
「ノア、今のは?」
「フフン、五芒星をためきる前にうつ技だ!!」
原始星の衝撃で地に這いながらも、自信たっぷりに答える。確かに五芒星よりも溜めも威力も下がっている。だが、その分発動時間は短く、自身への被害も抑えられている。単なる劣化版という訳ではないようだ。
「グ……モォ……」
「チッ(まだ息があるのか)」
薄れゆく意識の中、牛鬼は悟り始める。
(あぁ……私は死ぬのだな……。
八百年、主を守れずのうのうと生き延びた時間……。
もしもあの時、釈迦様を守れていたら……。いや、違う、私は盲信してたのだ…あの時、真にすべき事は釈迦様を止めることだった…。
私が、私達が目を背けた…だから龍夜が代りに……。)
「……じき死ぬな。ノア、行こうか」
遠ざかる足音。もはや視界は閉ざされ、確認できるのは雨音だけ。八百年、聞き飽きた雨音も今は名残惜しく感じる。
(なんだ……この音…聞き覚えのある……蛇の目が弾く音?)
重い瞼を上げた先に映るのは、大きな葉っぱを自分へと被せてくるノアの姿。
「……な…に……を」
「おまえ寂しそうだからな、雨やむまでそばにいてやるよ」
(寂しい?)
●●●
「はぁ……」
「どうしました?」
「釈迦様…私は雨があまり好きではありません。雨が降ると皆、隠れてしまう。私は居るだけで雨を降らせてしまいますから……」
「私は雨好きですよ」
「え?」
「雨雨、降れ降れ、母さんが〜、蛇の目で、お迎え、嬉しいな」
「なんですかその歌?」
「ん? ふふ、これもまた、縁を描いた歌ですよ」
「好きですね、繫がり」
「ふふ、ピチピチ、チャプチャプ、ランランラン。」
●●●
(あぁ…そうか……。ふふ、心地いい音だ…。
釈迦様…私にも傘をさしてくれる者が……いました…よ……)
ご覧いただきありがとうございます。
『神世界のエスカトロジー』第七話、楽しんでいただけたでしょうか?
今回は蒼龍の護神家に関する『簡潔』な説明がありましたが、ノアは結局、霹靂神家しか覚えられませんでしたね。皆さまはいくつ覚えられたでしょうか?
実は護神家の説明、元々は本編よりもずっと短かったんです。
ですが、「簡潔に説明する」と言っておきながら本当に簡潔なのは違うだろう……と思い、最終的にあの長さまで書き直しました(笑)。
蒼龍の『簡潔』な説明は、これからもたびたび登場します。
今後もノアと一緒に処理落ちしながら楽しんでいただけたら嬉しいです。
では、また次回。お会いしましょう。シースー。




