五欠片目『妖怪変化』
五メートル程の巨体に腕が四本、指先からは糸を垂らす。その姿はまるで絡繰人形のよう。
「もう一度だ小僧」
これより第二ラウンドが始ま——
「だ、だれ?」
——らなかった。あまりにも姿が違い過ぎて目の前で変化を見ていたにも関わらず、ノアの中で屍童子が絡繰入道として結び付かなかった。
「儂じゃ儂、村長じゃ」
「あ、なんだ村長か」
戦途中にも関わらず気の抜けた返事はノアらしいと言える。
「コレが蒼龍が言ってたたくさん食べて大きくなる…妖怪化?ってやつ?」
「正確には妖怪化ではなく鬼死怪生と言う鬼の特性だよ」
「クカカ、小僧、妖怪となった儂を相手にどこまで足掻けるか見せてもらおうかの」
「おい!おれを無視すんなよ!!」
「危ないから童は座っておれ」
ノアは頬を膨らませ地面を踏みつける。
「さんざん正座させたな!!覚悟しろよ」
猪突猛進。絡繰入道へ一直線に駆け出す。勢い良く地面を蹴り上げる。
『十字星!!』
「待てノア、妖怪に打撃と魔力は効かな…は?」
振り降ろされた一撃は蒼龍の予想もろとも絡繰入道の指を斬り落とした。
「攻撃が…通った」
それだけで既に蒼龍の予想は覆された。にも関わらず、切り落とされた断面は糸による結合を阻んでいる。その事実に蒼龍は唖然と立ち尽くす。
「はっはっはっ、愉快愉快これほど笑ったのは久方ぶりじゃ。やはり童はいつも驚かせてくれるのぉ」
蒼龍とは対照的に愉快痛快と哄笑を挙げる。腕を刎ねられたにも関わらずその表情は朗らかだ。
一方で頬を膨らませ、わなわなと拳を震わせるノア。
「童、童っておれは十三歳だ!!」
ノアの一言に絡繰入道は目を見開いて驚く。
「なんと、そうじゃったか。そりゃあ儂が悪かった、すまん」
姿形は変われど中身は村長のまま。拗ねるように地団駄を踏むノアに、すまん、すまんと謝る姿は孫の機嫌を損ねた祖父そのものだった。
「分かった、坊やならどうじゃ?」
「坊や?……いいよ」
基準が分からない。取り敢えずノアが満足しているのを見て安堵のため息をこぼす。
「ほっほ、それでは再開といくかのぉ」
次の瞬間、蒼龍を握りしめそのまま投げた。
「カハッ」
「ちと投げすぎたのぉ。まだ、この身体になれとらんでなぁ」
想定よりも力が入り屋敷の屋根に衝突した。その勢いは凄まじく瓦が剥げる程であった。
「はぁ…はぁ…」
(受け身を取れていなかったら肋骨が逝く所だった)
絡繰入道が蒼龍へ向けてにじり寄る。
『一等星』
不意打ちとも取れる背後からの攻撃を軽く流す。そのまま屋敷まで歩み寄り、距離を縮める。
「クカカ、小僧もう動けんか?」
「はぁ…ただの休憩さ」
どう見ても満身創痍だが、その目には闘志が消えていない。
再び、絡繰入道に向けて直進するノア。
「うぉぉぉ」
「ほっほ、坊や動きが単ち…ッ」
『一等星』
「グフッ」
今の一撃は確実に躱せるはずだった。にも関わらず、絡繰入道は避けるどころか、何かを庇うように身を差し出した。蒼龍の脳裏に一つの可能性がよぎる。
「…まさか、障子か?」
蒼龍の一言にわずかに肩を揺らす。その反応にすぐさま障子に向かって駆け出す。
『雷迅脚』
●●●
「ねぇ村長」
「なんじゃ」
「私が死んだら燃やさずに皮を剥いで障子にしてほしいの」
「…何故」
「私この村が好きだもの…三十路で離れるなんていやだから死んでもこの村に触れていたいの」
「……駄目じゃ衛生的に良くないからのぉ」
「ケチ!ちゃんと洗って鞣せば良いじゃない」
●●●
「ッ、グハッ…」
「やはり障子を庇うか」
障子の前へ割り込み、蒼龍の一撃をまともに受ける。
「気に入っとるんでなぁ…」
絡繰入道の表情は先程までの飄々とした笑みから一変し、神妙な面持ちを浮かべる。
「坊や、悪いが意地悪するぞ」
瞬間、空気がジメジメと湿気を帯び始め、白い霧が流れ地面を隠す。妖気が満ちる。
『霊園・繰時間』
何もない空間から糸が垂れ、周囲からはカコン、カコンと機織りのような音が響く。
「レイエン?」
「霊園は妖怪の特性だ。自身の周囲に固有の現象を発生させる能力だよ」
簡潔にまとめた説明に感心したように頷く絡繰入道。
蒼龍自身もかなり満足した表情を浮かべている。
「始めるかのぉ」
次の瞬間、機織りの音とともに糸が布へと編まれていく。カコンと音が一つ響く度に布が出来上がっていき、あっと言う間に白い簾が幾重にも垂れ下がる。
霧が方向を狂わせ、簾が姿を隠す。月明かりは屈折し影を四方八方へと伸ばす。
「かごめ、かごめ」
カコン…。
影が一つ揺らめく。
『雷鳴撃』
蒼龍の蹴りは空を裂くだけだった。
「かごのなかのとりは」
カコン…。
今度は別の方角に影が二つ。
「うりゃぁ!!『一等星』」
蹴りは簾を破る。だが何も居ない。
「「いついつでやる」」
カコン…。
また別の方に影が三つ。増える度に声は広がる。
「いっぱい、いるぞ」
「「「よあけのばんに、つるとかめがすべった」」」
カコン…。
音だけが残る。影が消える。
「うしろのしょうめん、だぁれ」
瞬間——蒼龍の背後から四本の腕が伸びる。気づいた時には身体が宙を舞っていた。
「かはっ…」
「蒼龍!!」
カコン…。
「かごめ、かごめ」
再び、影が揺らめく。
「見えないからダメなんだ全部、消せばいい」
空気が震え、ノアの拳が白く発光し始める。風が囲むように集まる。まるで星粒が舞うように微光を放つ。
『五芒星』
振るった拳が触れると同時に光がその場を支配する。夜さえも掻き消す白光が弾け、一拍程の間を置き、集束していた力が解放される。
次の瞬間、爆風とともに簾が吹き飛び、霧が裂ける。星屑が弾け、絡繰入道の半身もろとも霊園を消し飛ばした。
「どうだ…すげぇだろ…」
強力な一撃なだけに代償は大きい。放った本人が爆心地となるため、ノアは満身創痍となった。
「ほっほ…やはり、子供は驚かせてくれるのぉ」
弱々しくも優しい声で心からの賛辞を贈った。
そして、蒼龍の最後の蹴りが決まる。
『雷鳴撃』
轟音は絡繰入道へ捧げる鎮魂歌となった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
気付けば日が昇り始め、空は明るくなっていた。
瀕死のノアは言うまでもなく、蒼龍も疲労により身動き一つ取れずにいる。
五芒星の衝撃は屋敷すら吹き飛ばし、二人はその瓦礫の上に倒れ込んでいる。
だが、崩れた屋敷のなかでも障子だけは無事であった。幾重にも巻き付けられた糸が衝撃から障子を守っていたのだ。
「ここまでするとは…本当に気に入ってたのか」
「ぐるっぐるだな」
ノアは障子に駆け寄り、おもむろに糸を掴んだ。腰に巻き付け、ぐるぐると回転しミイラになって遊んでいる。そんなノアを横目に蒼龍は顎に手を当て考え込んでいる。
(障子だって自分が殺した人間のもののはずだ。自分の防御を捨ててまで守る理由は何だ?)
「なぁなぁ蒼龍、村長ってほんとに村人ころしたのか?」
蒼龍の思考を遮るようにノアが呟く。
「ほらあっち」と指差す先にあったのは——。
「墓…」
そこには無数の墓石が並び、小さな墓地ができていた。墓地と屋敷が隣り合っている。普通、こんな場所に屋敷は建てない。
牛飼いの間でも食用前提で育てた牛に愛着が湧き、卸した後も骨を首にかける者もいるという。
肉は喰らい。皮は障子に。骨は埋葬。牛と同じく、その命を無駄なく使っている。歪だが屍童子なりの弔いだったのかもしれない。
「憶測は憶測の域を出ない…か」
屍童子は村人を喰ったとは言ったが、一度も殺したとは言っていなかった。予想はあくまで想像に過ぎない。鬼という先入観が先に来てしまっていた。
「…障子以外にも守ったものがあるかもしれない」
「たしかに!まだあるかも!!」
「探してみようか」
「宝探しだ!!」
しばらく二人で瓦礫をどかしていると、ノアが駆け寄ってきた。
「蒼龍コレなんだ?」
「コレは日記かな?随分と古いし、それに…薄い」
爆風でやられたのか紐が切れて殆どのページが消失しているようだ。幸い近くに数枚ページが落ちていたのでそのまま読み進める事にした。
●●●
〇〇〇✕年〇月✕日
今日から日記を書く事にした。
理由は今日、飼育するのに丁度いい村を見つけたからその観察日記だ。
最初は人間はあまり居ないがまぁ腹の足しにはなるだろうと思ったが余りにも痩せていたり病にかかっていて喰う気になれん。だから俺好みに飼育する事にした。
まず手始めに村の墓地を掘り返した病で死んだ者を燃やしもせずにそのまま土葬など馬鹿にも程がある。
全て燃やし直した。時間は掛かるだろうが取り敢えず病はどうにかなる筈だ。
〇〇〇✕年〇月✕日
今日は村の者達に怪しまれん為にもガキの死体を使う事にした。
今俺が使ってる体はそこら辺に居た人間の男だが流石に見知らぬ奴がいきなり村に来たら怪しいからな。
丁度、死に立てのガキが居たおかげですんなり入れた。母親らしき女が蘇っただの神よ神よと拝んでおったわ。
これからの計画として今までの経験上、人間は二十代までしかガキを産まないうえ四十になると味が落ちる。食うならガキを産まなくなってすぐの三十が頃合いだな。
〇〇〇✕年〇月△日
村の奴らが俺を訝しんでやがる。
まぁ死んだガキがいきなり蘇ったらそうなるわな。
不幸中の幸いか母親の方は俺を完全にガキと思ってやがる。おかげで母親が勝手に村の奴らを説得してくれるもんだから助かってるぜ。
〇〇〇✕年✕月✕日
今日、母親が死んだ。
理由は明白だった、俺が本当のガキじゃなかったからだ。
村の奴らは散々言ってたな中身が違うそれはお前の子じゃねぇって、でも何度も蘇った神のおかげだとか認めなかった。面倒だったから土地神としてこのガキに宿ってお前達を守護するだの適当にふかしたら村の連中はあっさり信じた。
母親以外は…認めたくなかったか、子がもう居ないことを…。
〇〇✕✕年✕月〇日
今日、童達に落とし穴に落とされた。
どうやら童たち儂を穴に落とすためにせっせと落とし穴を掘っとたようじゃ。
二メートル近い穴を隠れてよう掘ったもんじゃ、儂ですら気づかんほど上手く隠してあったんで腰を抜かしたわい。
落ちた時に怪我せんように藁が敷き詰められておって驚きよりも関心が来てしまったわ。
本当に童には驚かされる、ついこの間までは壁沿いに立っていたのに今では走り周りこんな立派な落とし穴まで作るんじゃからな。
〇〇△✕年〇月✕日
今日、村の最後の童が死んだ。
産まれて一年……残念じゃ。童は燃やすと骨が残らんからまた儂が食うしかないのぉ。
まだ食うには早かったんじゃがな、村のもんも久々の童に喜んどったからなぁ。まだ一年じゃというのに四つになった時の靴を編んで織ったわ。
〇〇△✕年✕月△日
今日この村から生きとるもんがいなくなったわい。
随分長く続いたのぉ百年ほどか、初めは単なる牧場として始めたんじゃがのぉ。
今はもう、傀儡しかおらんくなってしまったわい。
そろそろ潮時じゃな、儂も十分生きた。次に霹靂神のもんが来た時に討伐されるとするかの。
せっかくじゃから妖怪にでもなってから散るとしようかのぉ。はっはっはっ少し楽しみができたわい。
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「やっぱり大部分が抜け落ちてるな…日付もバラバラだし」
「蒼龍!コレの下にもう一枚あった」
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〇〇✕✕年〇月✕日
今日、霹靂神の奴らがやって来た。
なんでも近隣の村で鬼の被害があり周辺の村や集落の状況把握のために来たそうじゃ。
態度の割に儂に気づかんような阿呆じゃったが儂としては都合が良かったわい。
馬面の奴が鼻をほじりながら村の名前を教えろと言ってきおって、本気で殴りかけたが馬鹿に時間を使うのも面倒じゃからさっさと教えて帰らせようとした。
じゃが、五十年村長やってきて村に名をつけとらん事に気づいた。
馬面に名をつけるから明日出直せと言ったら今すぐ決めねぇなら俺が決めると反対側の鼻をほじりながら抜かしやがるもんじゃから慌てて考えたわい。
村の名か…そうじゃのぉ。
傀儡にしたもんの特徴でも名にするかのぉ。
村の名は…
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「名は体を表す…。いい名前だよ」
蒼龍が静かに日記を閉じる。
「いつか花を添えに来るよ。“天寿村”に」
ご覧いただきありがとうございます。
『神世界のエスカトロジー』第五話、楽しんでいただけたでしょうか。
天寿村編は、これにて一区切りとなります。
いつかまた花を添えに行く日を楽しみに。次回もお楽しみいただければ幸いです。




