四欠片目『傀儡の屍・後編』
「蒼龍はおまえから褒められても嬉しくないと思うぞ」
「クカカ、童よなかなか鋭い一言よ儂でなければ貫通するぞ」
ノアの辛辣な一言にも冗談を交えながら笑って流す様子は強者の余裕か老人の懐の広さなのか。
だがそんな談笑をする時間も惜しいと対照的に生き急ぐ若者のように説明を始めた。
「ノア、屍童子は異形鬼に最も近い人形鬼として知られているんだ」
「異形鬼は手長と足長のことだろ?ニンギョウキってなんだ?」
「人形鬼は鬼そのものとも呼べる何の変哲もないただの鬼の事だよ。ほら昨日、最初にあった鬼がまさにそう」
「なるへそ」
「ヘソ?」
「つまり個性の無いつまんない奴ってことか!!」
その一言に蒼龍は思わず子供の失言に焦る保護者のような反応をする。酷い言い草であるが当の屍童子は「クカカ」と笑って流す。その姿はまさに村長そのもの、子供の失言など気にも留めぬ度量を感じさせた。
「いいかい、屍童子が異形鬼に近いと言われる由縁それは…」
蒼龍が言いかけた瞬間屍童子の首から数本の白く細長い縄のような物が飛び出す。
「ノア気をつけて、あいつの首から出てる細いのは脊髄であれに刺されると操られるから」
「うぇ!?マジかよ…それがあいつのトクセイ?なのか」
「いや違う、あれは特性じゃなくて特徴なだけ」
「トクチョウ?」
「簡潔に説明すると、能力には大きく分けて二種類あって『特性』と『異能』の二つ。特性は種族全体の能力。異能は個人の能力。特徴は腕や足のようなあって当たり前のものの事で屍童子の脊髄は体の一部に過ぎないんだ」
蒼龍なりに一触即発の状況に精一杯簡潔に要点をまとめたのだが理論派なだけありそこそこ長い。ノアも「かんけつ?」と少し辞書を引き直していた。
「クカカ。小僧、簡潔にしては長すぎるぞ」
「人に説明するのは慣れて無くてな『雷迅…』」
「待て待て落ち着け、説明しやすいよう出しただけじゃ攻撃する気は無いから安心せい」
「なはは、蒼龍アイツ怖くないぞ」
意外にも血の気の多い蒼龍を平気平気となだめるノア。その様子に屍童子はいやはやと苦笑を浮かべる。
「童よ今見せとるこの細いのは脊髄を束ねたもんでな。本来の脊髄は長さはあれど太さは一寸にも満たん。そんなもん見せられても理解しづらかろうからこうして束ねたんじゃ」
「へー、ニョロニョロしててヘビみてぇ」
「触ってみるか?」
『雷…』
「冗談じゃ」
蒼龍の視線に優しさは無く警戒と妙にノアが懐いてることに対しての嫉妬のこもった眼差しであった。
「聞きたいことがある。何故、肉を喰った」
「・・・ん?どゆこと?」
「鬼は本来、肉を食べないんだ」
「え!そうなのか!?食わせろって言ってたから食べんのかと」
「ほっほ、鬼は生命力を喰らうからのぉ。本来は魂で十分なんじゃよ」
「へー、じゃあなんで食うんだ?」
「忘れんためじゃ」
「忘れないため?」
「どんな絶望的な表情をしとったのか忘れんためじゃよ」
「………そうか、もういい」
そう言い地面を踏みつける。ドォォンと雷鳴の如く響きバリバリと黄色い閃光を撒き散らす。
『雷鳴撃』
「クカカ、おしゃべりはここまでじゃな」
「お、やんのか?よし!そんじゃ『一等星』」
「ほっほ、躊躇ないのぉ」
不意打ちとも取れるノアの一撃に驚きながらもヒラリと躱す屍童子。すぐさま足を振り上げ十字星を……
「『十字…』え?」
足を振り下ろす瞬間、カクンといきなり左膝が曲がり尻餅をつく。
「ほっほ、危ないから座っとれ」
「脊髄反射か…」
(脳を介さず直接命令を送ったな。妨害目的ならそれで十分か)
「お前さんの相手もせねばな」
拳大ほどの太さに束ねた脊髄が蒼龍の脇腹に目掛けて飛んでくる。が、避けれぬほどではない、冷静に後ろに下がった——次の瞬間。足に何かが絡みつく。
「しまっ…」
屍童子による思考誘導。初めから当てるつもりはなく、蒼龍は回避先を誘導されていた。
そしてあらかじめ這わせておいた脊髄が足首に巻き付く。視界が反転する。そのまま地面に叩きつけられそうになる、その寸前。蒼龍は雷迅脚による蹴りで脊髄を蹴り斬る。
「クカカ、相変わらず霹靂神のもんはビリビリするのぉ」
(雷迅脚で脊髄に直接電流が流れているにも関わらずビリビリする程度…当たる瞬間にその箇所の神経を遮断しているな)
「この身はすでに死肉、電気は効かんぞ」
(嘘だな。だが脊髄を遮断されては、いくら攻撃しても無意味。一撃で仕留める必要がある)
「……脳を焼くか」
(そのためにも、奴との距離を魔力圏内である三メートルまで詰める)
現在、蒼龍の屍童子との距離はおよそ十メートルであり、まだかなり距離がある。比較的距離が近いノアですら屍童子から五メートル程離れた位置に居る。が、立つ度に座らされていた。まともに動けずにいる。
「うぉぉぉ!!だぁぁ立てない!!」
「ほっほ、正座しとれ」
「横暴!!」
屍童子の意識がノアに向いている。今しかない、蒼龍は一気に距離を縮めるべく駆け出す。——が
「っ」
瞬間、踏み込んだ地面から脊髄が飛び出す。反射的に後ろに下がりそのまま横に駆ける。背後を追うように蒼龍の後ろから脊髄が飛び出す。それでも足を止めず屍童子へ距離を詰める。だが今度は真上から脊髄が降り注ぐ。脊髄が突き立った場所には杭でも打ち込んだかのように穴が穿たれる。少しでも動きを止めれば命はない。
「チッ」
「クカカ、上下ばかり気にしててよいのか」
目の前から脊髄が飛んでくる。避けられない。そう判断し、走る勢いのまま前方へ飛び、空中で一回転しそのまま眼前に迫る脊髄を切断する。
『雷迅』
「ほう、アレを捌くか」
屍童子の猛攻に、蒼龍の体力も底が見え始める。
それを見越してか先程までより屍童子の攻撃が緩くなる。上下からの刺突が消え、左右からの薙ぎ払いのみへと変わっている。狙いは分からない。弱った獲物で遊んでいるだけか、別の狙いがあるのか。蒼龍が必死に脊髄を回避する中、屍童子は楽しげに語りかけてくる。
「この村は儂の牧場でなぁ。村人は皆大切な家畜じゃったよ」
「大事と言う割に村長は粉々だったが」
「クカカ、アレは村のもんじゃないからのぉ。その辺で拾ったんじゃ」
「……」
「こんな小さな村では医者も居らん。子を産むにしても命懸けでのぉ。二十歳を過ぎればもう、産まんのじゃ」
「……」
「死んだ童は儂が喰い、残された親も死後喰らったわい」
蒼龍の無言など意にも介さず、取り留め無い言葉を垂れ流し続ける。
「小僧、お前は少し勘違いしておる。村にあった靴は村の最後の童が履くはずだったが四つになる前に病で死んだんじゃ。」
屍童子にも思うところがあるのか、わずかに滲んだ哀しみが胸に引っ掛かる。
「儂とて残念じゃったわ……。食うにはまだ早かったんでなぁ」
「ゲスが」
吐き捨てた、その一瞬。脊髄が膝に触れる。
「っ」
脊髄反射により意思に反して脚が折れ、前のめりに崩れる。
顔面から地面に叩きつけられる寸前、咄嗟に手をつき、横に流れる勢いそのままに足を振り上げる。
『雷鳴撃』
「クカカ、本当に器用じゃのぉ」
脊髄の猛攻を捌き続けるのも時間の問題。このままでは蒼龍が先に尽きる。ただ突っ込んでも阻まれて終わる。一か八か、一瞬で距離を奪う。そのためには紫電しかない。
紫電は蒼龍にとって常用技だ。だが無数の脊髄を避けながらでは制御に意識を割けない。少しでも操作を誤れば自滅する。使うなら回避も迎撃も捨てて踏み込むその一瞬だけ。
「クカカ、まだ動くのぉ」
口元を歪ませ、屍童子が嗤う。
次の瞬間、これまでの脇腹を薙いでいた攻撃が軌道を変え、地面を擦れる高さで蒼龍の足を崩しにくる。
「チッ」
蒼龍はそのまま加速し飛び越えようとする。
だが脊髄を蜿らせ、足払いの軌道を半拍遅らせてくる。
踏み切った瞬間、踵をわずかに掠られる。跳躍は鈍り、着地点が前へと流れた。
体勢を保ちつつ駆ける。背後から脊髄が迫る中、前方からも挟むように向かって来る。
(まだだ…まだ引きつけろ)
背後の脊髄が服の端に触れる。
『紫電』
脊髄が衝突する刹那。踏み込んだ地面の草が焼け蒼龍の姿が掻き消える。
(届く…)
屍童子との距離、目視五メートル。
次の瞬間、足元がガクリと沈む。
「っ」
踏み込んだ地盤が崩れた。地中に脊髄を這わせ足場を抜いたのだ。
「クカカ、落とし穴じゃ。古典的だが効くじゃろう」
裏を書いたつもりだった。だが、ここまでの攻防ごと書かされていた。
(いつからだ…)
●●●
『雷迅脚』
「クカカ、相変わらず霹靂神のもんはビリビリするのぉ」
●●●
(っ…初めからか)
「クカカ、そう落胆するでない。十分、ようやったぞ」
皮肉混じりに嗤う屍童子。
崩れた足場とともに落下する蒼龍。だが崩れる地面を強引に踏み締め、再び。
『紫電』
刹那、蒼龍の姿が消える。崩れた地を蹴った雷光が、昇り龍の如く駆け上がる。
「見事じゃ。じゃが」
脊髄が四方から迫る。それでも雷光は止まらない。裂くように隙間を穿ち、なおも屍童子へ食らいつく。
(あと少し…)
脊髄が蒼龍に触れる。
「届いた」
蒼龍と屍童子との距離、ジャスト三メートル。
蒼龍の異能——操電。
既存する電気に自身の魔力を繋ぎ電圧の調整・操作をする力。ただしその有効範囲は三メートルであるため、蒼龍は危険を承知で踏み込む必要があった。
『増雷』
「ゔぁぐがぁ゙ぁ゙」
次の瞬間、屍童子の頭部を中心に凄まじい電流が迸る。
「静電気を増幅させた。いくら屍肉だろうと脳まで焼ければ死ぬだろ」
電流が頭蓋を焼き、脳が止まる。
同時に脊髄が機能を失い、縫い付けられていた肉がぼろぼろと剥がれ落ちる。
「ほね?」
「屍童子は分類上は人形鬼と呼ばれているがその生態は異形鬼どころか妖怪と言っていい。なんせ頭蓋骨を中心とした脊柱が本体なのだからね」
肉が落ちきり、骨から蒼白い焔が立ち上り艶めかしく揺らめく。
「ノア、アレが鬼火だ」
「鬼が食べようとしてるみたいだな」
呼応するように村人に宿していた脊髄が鬼火に向けて集まる。
「ノア、覚えておくんだコレが妖怪だ」
五メートル程の巨体に腕が四本、指先からは糸を垂らす。その姿はまるで絡繰人形のよう。
「もう一度だ小僧」
妖怪、絡繰入道の繰時間の開幕である。




