三欠片目『手長足長』
「うぅ、まさか動けなくなるとは」
「鬼を斬った途端、倒れたから心配したよ」
「ぬぅ…めんご。あんがと」
ノアは鬼を倒した直後、そのまま全身筋肉痛で動けなくなり「ぬぉぉぉぉ」と悶えていた。その様子に思わず蒼龍は吹き出しそうになりながらも安全のためその場を離れることに。
そして現在、動けなくなったノアを背負って移動していた。
移動中ノアが「イシさえあれば…」と小さく呟いた。
「石?なにか大事なものかい?」
気になった蒼龍が尋ねる。だが、目的地が見えてきた事でノアの意識がそちらに向いてしまった。
まぁ子供の意識は逸れるものだから仕方ない。
「ソーリュー!ソーリュー! あれ、あの赤いやつはなんだ!?」
興奮気味にノアが聞いてきた。
「あれは、白桃橋と言って、この先にある鬼沈みの谷と呼ばれる大きな谷を繋ぐ唯一の橋だよ」
【白桃橋――それは名前以外、八百年前に制作された事以外一切不明の橋である。無論、制作者も不明。
八百年前に作られた根拠として、この谷ができたのが当時の大戦時、霹靂神家の当主が鬼を倒す際に放った攻撃により出来たためだ。
だが、谷は果てが見えぬ長さと、石を落としても音が返らぬ程の深さを持ち、人が成せる領域ではないと現在も議論されている。】
まぁ、そんな説明をした所でノアは「タイセン?」となる事だろう。蒼龍もそれを察してか説明を省いている。
実際、ノアが気にしたのはそこではなかった。
「何で一つしか無いんだ? 他には作らなかったのか?」
「この規模の橋を作るとなると、かなりの時間と労力がかかるからね。少し遠回りしてもここを使えば済むから。なにより、これほどのものを作るのは面倒だからね」
「確かに!こんなデカいのメンドーだよな」
納得いく答えのようで、腕組みしながら首を振っていた。
橋につく頃にはノアも自分で歩けるまでに回復していた。いざ橋を前にすると、そのあまりの大きさに二人は思わず固まってしまった。
はっ、と我に返ったノアが勢いよく走り出し「ソーリューも早く来いよー」とはしゃいでいる。
「走ると危ないよ」などと軽口を返した、その時だった。ノアの後に一瞬影がよぎる。次の瞬間、突風が吹き荒れ、蒼龍は咄嗟に目をつぶる。再び目を開けると、ノアが消えていた。
困惑する蒼龍の背後から声がし、振り返るとノアが悶えていた。
腕を見ると青く腫れ上がっており、骨が折れているのが分かった。
だが、原因が分からない以上、悶えるノアに事情を聞こうとした。その時、背後から風を切る音がし振り返るとソイツはいた。
一目見て状況を理解した蒼龍は「はぁ」と気怠げにため息をつく。
目の前にいたのは、腕が異様に長い鬼。
「手長…」
蒼龍の一言に鬼が嗤う。
「ケケケ、詳しいな小僧。そう、俺は異形鬼。手長だ!!」
この状況は面倒だと、すぐさまノアを連れこの場から離れようとした。
【異形鬼――それは身体の一部が異様な姿をしている鬼。
通常の鬼と比べても特殊な姿をしており判別しやすい。なにより、決まって同じ行動をするため対処もしやすい。】
だからこそ、今回は逃げなければならない。
手長は決まって、もう一体と行動する。
「ケケッ、何処行くんだよ」
背後に現れたもう一体の鬼。足だけで二メートルはある。
「異形鬼、足長」
手長がせせら笑う。
「ケケケ、やっぱり知ってたなぁ。俺を見て、すぐに逃げようとした判断は良かったぞ」
足長がニヤニヤとせせら笑う。
「ケケッ、だが残念だったなぁ。先に挟まれちまってんだからなぁ」
橋の上で挟み撃ちにされた以上、戦闘を避けることは出来ない。
負傷したノアを守りながら戦うには、些か分が悪い。
蒼龍はげんなりと肩を落とした。
肩を落とす蒼龍を見て、焦っていると思ったのか、鬼達が嗤笑する。
「ケケッ、そのガキをかばって何処まで耐えられるか、見ものだなぁ」
「ケケケ、安心しろ、お前が死ぬまでガキの方には攻撃しねぇからよぉ。 まぁ、両腕折れてっから、お前が死ぬ前に虫の息かもしれねぇけどなぁ」
通常の鬼は性格はどうであれ食事を目的としているのに対し、異形鬼は遊ぶ事を目的としている。今は瀕死のノアより蒼龍に興味を持っているようだ。
都合がいいと蒼龍が動こうとした、その時、ノアが立ち上がる。
「だれが!死にかけだ!!」
痩せ我慢かとニヤけていた鬼の表情が歪んだ。
なぜなら、目の前に立つノアの腕が治っていたからだ。
先程まで、打撲と骨折で青く腫れ上がっていた腕は、見る影もなかった。
これには流石に、蒼龍も目を丸くする。
「ケ…ケケケ腕が治ってんなら、お前も遊んでやるぜ」
「ケケッ、そうだなぁ。どこまで耐えるか楽しみだ」
平静を装ってはいるが明らかに動揺している。
蒼龍が苦笑しつつ肩の力を抜き、構える。
次の瞬間——
蒼龍の体が揺れ、手長が蹴り飛ぶ。
「グハッ!……あぁ?」
突然の事に戸惑う手長と、蒼龍の一撃に驚きノアと足長は「「な!?」」と声が被る。
その場が戸惑うなか、蒼龍は当然とばかりに立っていた。
「ケケケ、この速度… 小僧 お前、霹靂神の血筋だなぁ」
その一言に蒼龍は不敵な笑みで答える。
「壊れやすい玩具に見えたかい?」
足長が呆気にとられる中、ノアは目を輝かせる。
「すげー!ソーリューめっちゃ強いじゃん!」と腕をバタつかせはしゃいでいる。
……確かに凄いが、そこでは無い。
はっ、と我に返った足長が蒼龍に向かって飛びかかる。
その姿はまるで獲物に飛びかかる蛙のよう……いや、本当に蛙のようにびょーんとジャンプした。
その姿にノアは「なはは、カエルみてぇ」と指をさし、笑っている。
だが、見た目のダサさに反して着地の衝撃は橋を揺らす程であった。
その衝撃で「おわぁぁぁ」と尻もちをつくノアと手長。いや、なんで手長もこけてんだと言わざるを得ない。
流石に蒼龍は衝撃が来る直前に飛び上がり衝撃から逃れていた。
「ケケッ、あ、わりぃ」とやってから気づいた足長に向け、一直線に蒼龍が駆ける。
『雷鳴撃』
「い゙っ゙ぁ゙ぁぁぁ」
ビリビリと黄色い閃光と共に足長が焦げ臭さを放ちながら転げ回る。
これこそ、使おうとして邪魔されていた蒼龍の技〝雷鳴撃〟であった。
「ケケケ、足長あんま転がんなってうぉっ!?あしなっが!」
「蒼龍!潰されるとこだったぞ!!」
股下二メートル(ガチ)が転がればそうなる。
「ごめんねノア、予想以上に効いたものだから俺も驚いたよ」
「ケケッ、雷鳴撃か。突き技だと思ってたが、蹴りでもできんのか」
「ケケケ、雷鳴撃と言ってるだけで、ほかの技の可能性もある」
「ケケッ、そんなズルだ!卑怯だぞ!」
子供のような事を言う鬼たちだが、混乱するのも無理はない。
なぜなら、雷鳴撃とは手足に電気を纏うシンプルな技で〝蒼龍の場合〟は足技として使っている。
そのため、別の使い手を見たことあるのだろう鬼達からしたら勘違いするのも無理はなかった。
それはそれとしてギャーギャー喚き続ける鬼達に蒼龍は笑顔でバチバチと雷を迸らせる。
「こ、こ、小僧そんなバチバチいわせても威嚇になんねえぞ!!」
「そ、そうだ!全然怖かねぇんだかんなぁ!!」
明らかにビビっている。
「そそ、そ、そうだぞソーリュー!ぜぜ、ぜ、全然怖くねぇぞ!!」
なぜノアまでビビってんだと言いたくなる。
「「なんでお前までビビってんだ」」
言われた。
コントのような流れだが至って真剣であり、蒼龍は警戒を解かず戦闘態勢を取り続けて…前言撤回、不意を突かれたようで我慢しているが肩が少し揺れている。
「ケケケ、こうなりゃ奥の手を使うか。なぁ足長」
「ケケッ、そうだなぁ。使うとしようぜぇ。手長」
奥の手と言う言葉に蒼龍は再び警戒を強める。
しかしノアは——
「奥の手!?長い手だけじゃなくて、奥の手もあんのか!?」と言葉をそのまま受け取り、その言葉に思わず
蒼龍が吹き出す。
一方で手長は地団駄を踏みながら「そう言う事じゃねぇよ!!」と口を尖らせていた。
あらためて息を整え「合体!!」と掛け声と共に手長と足長が合体——いや、肩車をした……。
正直に言おう、すごくダサい。本人たちは最強無敵といった表情を浮かべているが、蒼龍は苦笑で顔を歪ませ、ノアは爆笑し腹を抱えて転げ回っている。
手長が地面に手を付き、足長がガニ股となり飛び跳ねる姿は、今まで以上に蛙感が増していた。
だが、見た目に反し足長の跳躍に手長の範囲が合わさった事で、こちらからの攻撃がしづらくなっている。
「「ケケケッ、コレが俺達の奥義!『四肢長』
だ!!」」
「……」
「……」
微妙な空気がその場に漂う。
「へ!肩車しただけで強くなるなら、おれとソーリューだってできるぞ!!」
「いやノア、君と俺は足技メインだから一人はただ肩車されてるだけになるよ?」
「ハッ! そうじゃん!?」
違う、そこじゃない……。
「ケケケ、あまり舐めていると痛い目見るぜぇ」
「へっ、やれるもんならやって——」
手長が薙ぐように腕を振った瞬間、何かが迫る感覚に反射的にノアはその場にしゃがみ込む。次の瞬間、バキバキと背後の木々が折れる。咄嗟にしゃがみ込んでいなければ上半身が吹き飛んでいた。
「ケケケ、上手く躱したな俺の『衝撃』から」
鬼は死後、妖怪に転じる事がある。だが、異形鬼は初めから妖怪に近い生態をしており、『種族特性』と別に『固有特性』を持って生まれる。
そして、今まさに手長が放った攻撃が固有特性であり、空気を叩くことで衝撃を生み出す。
足長の着地時の振動も同じく特性によるものだ。
先程までのふざけた空気が嘘のように一変し、思わずノアは呆気にとられる。
一方、本腰を入れ始めた蒼龍は先程までの余裕から緊張が見える。
「ケケッ、遊びは終わりだ。こっからは本気でやるぜぇ」
「ケケケ、食らいな」
長い腕をハエ叩きのように振り回し、そこから放たれる衝撃波は相手を一瞬にして圧殺する。
『羽虫落し』
致命傷となる攻撃を連続で放たれる。避けるのも一苦労。
案の定、ノアはギリギリで回避を繰り返しており、蒼龍は軌道を読み難なく避け間合いを詰めていく。
『雷鳴…』
「ケケッ、そう簡単にさせるかよぉ」
足長は四股を踏むようにして地面に衝撃を放つ。
『四股踏み崩し』
衝撃は跳ね返り「おわぁぁぁ」と叫びながらノアが浮く。すかさず手長が羽虫落としでノアを森まで吹き飛ばした。
「ケケケ、楽に逝かせるのは趣味じゃねぇんだがなぁ」
『雷迅脚』
だが同時に、衝撃波を放った手長の右腕を蒼龍が蹴り斬った。
雷鳴撃のように電気を放出するのではなく、鋭利な刃状となっている。その一撃は相手を斬りつけると同時に、焼き付け、感電させる。
「ぁぐがぁ゙腕がぁ゙ぁ」
切り飛ばされた痛みと血液を通して電気が直接流れたことによる感電。喋れるだけでも凄い状態である。
すぐさま足長が蒼龍の背後へと跳ぶ。
「吹っ飛べ!『急成跳』」
四股踏み崩しと違い、特定の位置に全衝撃を集中させる。
流石に蒼龍も真上に吹き飛ばされては身動きが取れず、手長の羽虫落としが直撃する。
確実に仕留めるといった形相で再び蒼龍に向けて羽虫落としを——瞬間、鬼達の視界が赤く染まった。
何が起きたのか分からず、足長は目をこする。視界に映ったのは血しぶきをあげる手長の左腕であった。
だが、攻撃したのは蒼龍ではなく——
『一刀星』
「あ゙ぁがぁ゙ぁ」
「小僧、お前生きて——」
蒼龍の雷迅脚を真似たのだろう。ノアの一撃であった。
落下中の蒼龍は再び足に電気を纏う。黄色い閃光とともに、落雷のような轟音を響かせる。
『雷鳴撃』
「ぁがぁ゙——」
煙を放ち手長が肩から落ちる。
「手長ぁぁあ」
激昂した足長がすぐさま蒼龍に向かって跳びかか——れなかった。蛙の構えをした瞬間、ノアの『十字星』が決まり、両足が落ちた。
「ケケッ、俺達の負けか…なぁ手長」
その言葉はどこにも届くことはなかったが最後に「ケケッ」と微笑んだ。




