二欠片目『黒薔薇』
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9月22日をもって改稿いたしました。
ここは、足を踏み入れたら最後、等しく消息を絶つことから『神隠し』と囁かれる禁足地。
通称、不知森
これは、そんな森に暮らす、ある家族の話——
木漏れ日が窓から差し込む、心地のいい朝。
いつものように、小鳥が窓を突いて朝を報せに——
「ノアーー!!朝だぞー!!」
なんて、優雅なものでは無く。
下の階から「起きろー」と家中に響く大声で朝を報され、ノアの一日は始まる。
「んん゙ー」と唸り声を上げながら両手を天へと伸ばす。
「ほわぁ〜」と欠伸をかきながら、翡白色の髪を手で軽くとかし始める。
いい具合に頭と体が解れた所で、枕の位置、角度、膨らみ具合を調整する。
完璧である事を確認したら、布団を被って——
「グンナイ!!」
ノアは再び微睡みに入り始める。
しびれを切らし、深紅の瞳をギラつかせたデストが階段を上がってくる。
「グンナイじゃねぇ!!起きろ!!」
「ぬぁっ?夜?」
「朝だっつってんだろ、まったく」
呆れたように言うデストは、口調こそ悪いが世話焼きのお兄ちゃんという感じだ。
その証拠に、ノアを布団から引っ剥がした後、綺麗にシーツを直している。
一方、布団を没収されたノアは、寝癖をいじくり回しながら、よてよてと階段を降りていく。
世話が焼けるその姿はまさに、末っ子そのもの。
下の階につくと朝食が用意されており、席に座って待つこと二分。二階から降りてきて早々に、デストは献立を説明し始めた。
「サラダ。採れたての食える雑草と、もぎたての樹の実を添えて。
メイン。釣りたての魚を数日乾燥させた干物。蜥蜴の姿焼き、炭を添えて。だ!」
全体的にサバイバル感の強いメニューだが、内容に反し盛り付けが上手く、食欲を駆り立てている。
ノアはパンッと音を立て掌を合わせると、元気よく「いただきます!」と雑草をもぐもぐと頬張る。その姿はまるでどんぐりを詰めたリスのよう。
デストも同様に掌を合わせるが、ノアと違い音を立てず優しく静かに行う。デストの所作はどこか育ちの良さのようなものが滲み出ていた。
食事中、ノアに「薪減ってきたから拾ってきてくれ」とお手伝いを頼む。
「ふが?まひへっはほは?」
雑そ…サラダを口いっぱいに詰めながら喋る。
「飲み込んでから話せ。大きなやつじゃなくていいから枝とか拾ってきてくれ」
サラダを飲み込み、元気いっぱいに「了☆解」とピシッと敬礼をして見せた。食器を片付けると、籠を背負いウキウキと出ていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「フンフン〜フン〜森林伐採♪楽しいな〜♪」
陽気に鼻歌を口ずさみながら、薪になる枝を集めている。
「豪快〜破壊〜痛快〜フォ〜」
あまりの酷い歌詞に、草陰の兎が人参を落とし、木陰のリスも前歯をガタガタと震わせていた。
鼻歌はしばらく続き、10分程経った頃ようやく籠がいっぱいとなる。
「よっこらせっ」と少し爺臭い言い方をしながら籠を背負い、るんるんと軽快にスキップして家に向かう。
籠が揺れる度に枝が落ちているが全く気づいていない。
家が見えて来た頃、突然周囲が陰に包まれる。
次の瞬間——
激しい爆風とともに砂煙が舞い上がり、四方の木々がミシミシと音を立て折れかける。
目の前に立つソレは…
漆黒の四本の角に、大蛇の様にうねる尻尾。
視界を覆い尽くす蝙蝠の翼に金色に輝く蜥蜴の瞳を持った男…。
竜の降臨であった。
「な、なんだあいつ?」
突然の来訪者にノアは戸惑う。
生まれて十三年、この森に自分達以外の人間が現れたことなど無かった。
以前、デストに尋ねたことがある。なぜ自分たち以外に人が居ないのかと。
その際、デストは一言「俺がいるから」とだけ答え「飯だ飯」と誤魔化していた。
ノア自身も今の生活を気に入っており、質問に関してもなんとなく聞いただけなので「めし!めし!」と流されていた。
故に今回の神の来訪は、前代未聞の異常事態である。
だが、それと同時に初めて目にする来訪者への好奇心から、ノアは近づこうとする。
だが、その歩みは蹴破られた扉とともに止められた。
一瞬——
扉が開くと同時に視界に映ったのは、瞳を熾火のように鈍く発光させた、デストの姿だった。
『破壊』
一秒にも満たない刹那、デストは神の眼前に拳を向ける。その一撃は、明確な殺意を持って振り下ろされる。
だが、神は難なく後退し攻撃を避ける。
空を切った拳はそのまま地面へと落ちる。
拳が触れると同時に地面が抉り消える。まるで初めからそうであったかのように。
地面が消えた瞬間、薔薇の花弁の様にヒラヒラと黒い光が舞い上がった。
「よぉ、そろそろ来る頃だと思ったぜ」
「はっ、療養生活はどうだった?造花」
「お陰様でな、随分回復したぞ。蜥蜴」
互いに旧知の仲なのだろう、どこか棘はありつつも軽い語り口ではある。
意図は不明だが、デストに向けた造花という呼称には悪意が滲み出ている。だが、デスト本人は特に気にした様子は無い。
逆に蜥蜴呼ばわりされた神の方は額にビキビキと血管を浮かばせており、怒りが滲み出ている。
「蜥蜴と一緒にするな゙っ!!龍は足の生えた蛇であり、蜥蜴に羽が生えた竜とは違う」
言葉で説明されても、どちらが竜で龍なのか戸惑うだけなのだが、気が回らないほど怒りが満ちているのか、はたまた傲慢なのか…。
少なくとも怒りはあるのだろう、呼応するように地面に亀裂が入る。
「相変わらず短気だな。にしても——を使って来たか」
「チッ、不遜にも——と呼ばれた貴様相手だ、これくらいはしなければな」
距離があるせいで確実に重要であろう部分が聴き取れない。
「羽交い締めと呼ばれた?デストそんな事してたのか」
絶対言ってない。
「ファフニールの——とは言え人型なのは助かるぜ」
「コレを活かしきれないのは確かだが、この姿であろうと枯れるのは貴様だ」
一見余裕そうな態度のデストだが、額から薄っすらと汗が滲んでおり、緊迫した状況なのが伺えた。
デストの心境を察してか、はたまた素なのか神は高圧的にデストに詰め寄る。
「造花、方舟を渡せ」
「そんなもん、ウチにはねぇよ」
「チッ、向こうの木に隠れているのは分かっている」
張り詰めた空気の中、ノアは突如として指を差され驚きを見せる。
だが、頭をガッツリ出して覗いていたのだから見つかるのは当然であった。
アワアワと身振り手振りで慌てるノアに、デストは額に手を当て呆れたような息を吐く。
「あいにくあそこに隠れてんのはノアつう俺の弟でな、方舟なんてもんじゃねぇよ」
「フン、戯言を。道具同士、家族ごっこでもしていたか」
「そう言うお前も、完全無欠ごっこしてんだろ」
恐らく地雷なのだろう、デストの反論にまたも血管を浮かせている。
地割れに続き空気までもが重くなる。比喩的なものではなく、負荷としてその場を圧しつける。
いきなりの重圧にノアはその場で尻餅をつく。
「最後通告だ。大人しくイシを返せ。
そうすれば楽に逝かせてやる」
「神のクセに、本当に短気だな。
それに、初めからお前のじゃねぇだろ」
神の圧を意にも介さず、あまつさえ煽り返すしまつ。
その態度に神は苦虫を噛み潰すように奥歯をガリッと音を立てる。
握り締められた拳は、ブワッと広がるように鱗を生やし、あっと言う間に人外の腕へと変わった。
一触即発の状況の中、物陰に潜むノアは神と言う単語に首を傾げる。
「カミ? まえにデストが、威張ってるっていってたやつか? なんかツノとかハネとか尻尾とかはえてんだな」
場の空気を弁えず、呑気なことを言うノア。
他人事過ぎる発言だが、本人は自分の事だと理解していない様子。いきなり現れたやつに、方舟を渡せと言われてそれが自分ことだと理解する者の方が少ないのだから無理もない。
「「来たな」」
次の瞬間——
空気が周囲に向かって爆風とともに押し出され、同時に砂埃が螺旋を描くように空へと舞い上がる。
そして、キーンと鉄の震える音が響きパッと風も砂も消え去る。
ソレをその場に残して。
「なんかいる」
腰まで届く長い鋼色の髪をなびかせ、微光を放つ羽衣は波打つように揺れ動く。
二柱目の降臨であった。
「余の獲物はどこだ」
威厳を感じさせる物言いと、光の宿らぬ冷たい眼差し。その佇まいは、一挙手一投足が神と呼ぶにふさわしい風格を表していた。
「おぉ、えらそうなやつがふえた」
だが、そんな存在もノアの前では偉そうという浅く薄い感想しか感じさせることは出来なかった……。
「来たか■■■■」
恐らく名前なのだろうが膜が貼ったように聞き取ることができない。
「あぁ…そこか、余の獲物は」
二柱目である男神が、ノアを向け睨み付ける。
瞬間、体の奥を覗き見される様な、弄られる様な感覚が全身を駆け巡る。
ノアの本能が警告を鳴らし、反射的に後に下がらせる。
「ノア逃げ——」
「遅い」
二十メートルは離れていたにも関わらず、一瞬にしてその距離を詰める。そして、そのままノアの胸に向かって掌底の一撃。
『格離』
押し出されるように背中から飛び出したのは、ステンドグラスの様に輝く石の様なもの。
それが、弾き出されると同時に喪失感が襲う。
それはまるで、自分という存在が世界から切り離されたような感覚。
「ッ——『十字星』!!」
反射的に反撃するが——
「あ、あれ…ぐらぐら…する」
突如、視界がぐらつきその場に倒れる。
「強制的にイシを弾き出されて反撃とはな……」
男神は蹴り斬られた左腕を押さえつつ、イシを拾うと手を伸ばす。
その瞬間——
『破壊』
デストの攻撃に反射的に下がる。
男神が先程まで立っていた場所は、龍神に向け振るったものと同様に抉り消えていた。
「邪魔をするな黒薔薇」
「するに決まってんだろ。無くなったのは腕だけじゃないみてぇだな」
まさに薔薇さながらの棘のある一言。
だが、龍神とは異なり男神は顔色を変えることなく言葉を続ける。
「余らを相手に一輪でイシを守ると?」
「守る?そんな必要はねぇお前らに渡らなけりゃいい」
デストは不敵な笑みを浮かべ、イシを上に放り投げる。
その瞳は熾火のように鈍い光を放つ——
「ッ!! 止めろ゙」
一瞬の発光に龍神はデストの意図に気づく。
「イシを砕かせるな゙!!」
「ッ——」
「遅せぇよ『壊』!!」
デストの一撃は、拳ほどだったイシを文字通りバラバラに砕き壊した。
欠片となったイシは、見計らったように現れた豪風によって残さずさらわれていった。
「ッ——造花ぁ゙ぁ゙あ゙」
「渡さねぇって、言っただろ」
龍神の怒により更に重圧が加わり、重さは歪みへと転じ始める。
一方で男神はくだらないといった表情を浮かべ、溜め息を吐く。
「これでは回収もできんな…。
余の役目は終わりだ。後は其方達で勝手にやるがいい」
男神は言い終えると同時に宙に手をかざす。
瞬間——
後の木々がグニャリと曲がり歪み始め——否、歪んだのは木ではなく空間そのものである。
まるでパレットの絵の具を混ぜるように空間は捻り歪み黒い穴を開ける。
「方舟…左腕借りはいずれ果たそう……」
穴を潜ると同時に、空間は元の形へ戻った。
「チッ、役立たずが。まぁいい、イシを抜く事は出来たのだからな…これで吾を消す事は出来なくなった訳だ」
望んでいた結果では無いものの、妥協は出来ると言わんばかりの口調でほんの少しだけ機嫌を直す。
「キレたり、妥協したり、歳ばっか取っただけの駄々っ子だな」
「チッ、造花が…黙って咲いていれば良いものを、枯れれば処分するだけだぞ」
「俺が造花ならお前もそうだろ、手足でしか無い存在」
「黙れ!!吾は代弁者だ。吾の全てが空間の意思。
空間の望みにより生まれた吾と、使われるためだけに作られた貴様とでは存在価値が違うのだ!!」
「ご立派な御託をどうも。
だけどよ、説得力に欠けんだよ。生身で来いよ」
デストの一言はまさに龍の逆鱗に触れたのだろう。
もはや歪むだけには留まらず…いや、潰れ、広がり、伸び、曲がり、もはや空間と呼ぶのも憚られる程に、その場は原型を失っていた。
「枯らしてやろう」
「枯らしてみろよ。栞になってやるからよ」
次の瞬間——
歪んだ空間を正す程の衝撃がその場を埋め尽くし、激しい爆風は空気を追い出し酸素を奪う……。
そこでノアの意識はパタリと途絶えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……ノ…ア…
(デス…ト?)
……ノア……
(デストが…よんでる)
「ノア!!」
「うっ…ん゙ん、デスト? もう…朝?」
「やっと起きたかと思えば、まったく…もう夜だ」
呆れたように優しい口調でデストは答える。
その柔らかい声に安心し、ノアは大きな欠伸をかきながら瞼を擦る。
だが、直後にデストの声色が変わる……。
「ノア…最後に話をしよう」
「さいご?」
不穏な単語にノアは瞼を上げる。
その先に映ったのは——
下半身が消失し、右腕の肘から下が無くなった…デストの姿だった。
「デ……スト…?」
「ノア、見ての通り俺は直に死ぬ。その前に話をしよう」
「え……?」
事実と困惑と否定がノアを襲う。捌ききれない思いは吐き口を求め言葉へと変わる。
「はぁ…はぁ…なんで…なんで…なんでなんでなんでなんでなんでなんでどうしてなぜなにがおれはどうしてどうすればおれはおれはおれはぼくはな゙ん゙でぇ゙な゙ん゙でぇ゙な゙ん゙でぇ゙」
「ノア゙っ゙」
デストの呼びかけにビクッと硬直し我に返る。
「悪いな…俺は薔薇だから、お前を傷付けちまった。
お前に刺さんないように外に向けてたんだが、駄目だったなぁ」
「デスト…」
「ノア、大丈夫だと思うが復讐をしようとは思うな。
そんな事したって楽しい事はなんもねぇ」
「ゔん、じないよ。デストもよろごばないでしょ」
涙も止まらず呂律も回らない。鼻声になりながら一生懸命に答える。
その姿に、デストは湿らせた笑顔を浮かべた。
「あ…そうだ、これだけは言っとかねぇと」
「ひっぐ、な゙に?」
「ノア、お前は絶対に神を消せ」
「ふぇ?」
神を消せ、その一言にノアは困惑する。
復讐するなと言った直後に神を消せと、その矛盾した発言に思わず言葉を失う。
「矛盾してると思うかもしれないが…それが唯一…お前が生き残る方法だ。コレは復讐じゃない…お前が俺よりも…長生きするための方法だ…」
「で、でも…デストがやられたのに…おれじゃ無理だよ」
「もちろん今のお前じゃ神は消せない…俺がイシを砕いちまったからな」
「イシ?あのキラキラしてたやつ?」
「あのイシは…お前の力そのものだ。お前は神を消せる唯一の存在…だから…アイツはお前を警戒してた八百年…いや、眠くなるほど……昔…から」
「デスト?」
「……ノア、俺はもうお前を守ってやれない。
だから……
だから!! 復讐なんて考えるな!!
この森よりもずっと広いこの世界を、目一杯楽しんで来い!
そんで、あの世に来たら思い出話を沢山聞かせてくれ!!」
その耳は声を捉えず。その目は姿を捉えず。ただその言葉だけはノアを捉えた。
デストの姿を見つめながら、震える声を呑み込んで、溢れる涙を拭い捨て。ただ一言、振り絞るように「ゔん」とぐちゃぐちゃな笑顔で頷いた。
「またな」
撫でる様な包む様なそんな声で、優しい笑顔を浮かべながら風とともにデストは散った。
またな。叶わないその事実がノアの胸に深く刺さった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どれだけ時間が経ったのだろうか気付けば月が沈み日の出が昇っていた。
目的もなく、歩き続けていると、遠くで誰かが荒野を駆けていた。
「ん?あれは人…か?なんか追いかけられてる?」
——目一杯楽しんで来い——
「………うん。よし!とりあえずつっこむ!!」
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『雷鳴——』
瞬間、蒼龍の足に電気が迸り、周囲の空気が僅かに揺れだす。
同時に、紺色掛かった黒髪と瞳が蒼く発光する。
無情にも蒼龍の必殺の一撃が決ま――
「うぉぉぉぉぉ!!」
ることはなかった!!
「え?」 「はぁ…あぁ?」
この出会いが、後に神世界へ衝撃を刻みつける事となる。




