六欠片目『ナイトフィーバー』
「ん、あ゙ぁ……ここは?」
「お!神楽やっとおきたか!?」
獏が去ってから三時間後、ようやく目覚めた神楽にノアはブンブンと腕を振って駆け寄ってくる。
その手にはがっしりと銀の羽が握り締められているのだが、神楽に手を振ろうとして思わず指を開いてしまう。
手から離れてしまった羽はひらりひらりと宙を舞う。
「な゙ぁぁ、まてい!!とうっ!はっ!やっ!セーフ!!」
(一人でなにやってんだ?)
「ノア、ここは?」
「ん?道のまんなかだ!!」
「そうじゃねぇよ!!」
「はにゃ?」
ノアのズレた返答に思わず突っ込みをいれる。
なぜか全身泥だらけになっている事に疑問を抱きつつも状況を整理し始める。
「えーと…確か湯飯に着いて、宿探してたら眠くなって……あぁーそうだ、魘に悪夢を見せられたんだった。
なんか鳥がなんたらって——」
「バクって鳥が神楽にはねパタパタしてったぞ!!」
(獏って鳥だったのか……衝撃だ…)
「まぁいいや。ノア、とりあえず移動しようぜ?
いつまでも路上で突っ立ってんのもあれだからよ」
二人は座れるところを求め、ぶらつき始める。
途中何回か羽を離してしまい、そのたびに「セーフ」と繰り返すので見かねた神楽が胸元からガラス瓶を取り出す。
「こん中、入れとけ」
「おぉ!ありが——どっからだした?」
(ころがしたときぜったいなかったのに!?まさか四次げ——)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふわぁー、結構寝たはずなんだが寝みぃな」
「なんかバクが記憶がなんたらで、神楽はいっぱいねるっていってたぞ!!」
「おぉ〜だから眠いのか。………」
(なに言ってんのか分かんねぇのに分かった。
多分、記憶処理の事言ってんだよな?蒼龍の『簡潔』な説明聞いたおかげで分かったぜ)
過去に蒼龍に聞いたことがあるようで、ノアの壊滅的な説明にも聞き返すことなく会話は続いた。
その後もしばらく座れる場所を探して歩いていたが、やはりどこも開いておらず結局そのまま町の出口に着いてしまう。
気づけば薄暗かった空も日が昇り、完全に明るくなっていた。
「朝日…ノア、もう次の町行くか…」
「神楽…おれ…もう、げんかい…バタッ……」
「おいおい、まじかバタって自分で言う奴いんだな。
てか、完全に寝てんな。まぁ、無理もねぇか…俺が倒れた後ずっと起きてたみたいだからな。仕方ねぇ、おぶってやるかぁ——」
_______バタッ_____________
そこで神楽の意識は途絶えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【崦嵫山・北東方面】
___ホー___ホー_____ホー________
______ホー______ホー______ホー_
「ん、あ゙ぁ……ここは?」
神楽が再び目を覚ますと、空はすっかり暗くなっており、周囲では梟がホーホーと鳴いていて寝起きで漠然とした意識の中でも夜である事が理解できた。
「なんか五徹した時みたいに頭が重いのに、酒のんだ時みてぇに昂揚感があんだよなぁ…。これが蒼龍の言ってたハイってやつなのか?」
(妙に口数多いし、口調も荒れぇ気がすんだよなぁ…
やっぱハイか?ハイ…ハイ…灰…肺…敗?
なに言ってんだ俺?)
___ホー___ホー_____ホー________
______ホー______ホー______ホー_
「てか、ここどこだ?森?」
___ホー___ホー_____ホー___ホー___
______ホー______ホー______ホー_
「町の外出た瞬間倒れたのは覚えてるが……って、ノアは!?」
___ホー___ホー_____ホー___ホー___
_ホー____ホー______ホー______ホー
「ノアァー!!ノアァー!!」
___ホー___ホー_____ホー___ホー___
_ホー____ホー__ホー__ホー______ホー
「ノ——」
___ホー___ホー__ホー_ホー___ホー___
_ホー____ホー_ホー___ホー__ホー__ホー
「うるせぇぇぇええ!?」
不自然なほど騒がしい梟に苛立ち、追い払うつもりで掌から炎を出し周囲を照らした。その瞬間、目の前に映ったのは——
「ホーホー、クルゥ?」
「ほ…ホッホーなんつって…」
「シャ゙ァ゙ァ゙ァ゙オ゙」
「ッだぁぁ『一矢鳳仙花』!!」
(ざっけんな!!なんで、人面鴞がいんだよ!!)
●●●
「なぁ、蒼龍。なんで春雨は梟を不吉って言うんだ?」
「あぁ、それは人面鴞と呼ばれる物怪が原因の一つだね」
「人面鴞?聞いたこと無いな、どんな奴なんだ?」
「『簡潔』に説明すると、人面鴞は春雨の崦嵫山に生息している人に似た顔を持った巨大な梟でね、知性が高く、気配を消すのが極めて上手い。そして足の爪は鉄をもきり裂く硬度と鋭利さを持っているらしい。
主な厄は干魃を引き起こす事で、弱点などは知られておらず干魃を引き起こすことから水が苦手なのではと言われているよ。
一節では人を喰らう怪鳥とも聞くけど、春雨には他にも人面鴞同様に人面で目が四つの顒や足が人間の手をしている鴸、落雷を防ぐとされる橐蜚なんかもいて混ざっている可能性が高いんだ」
「そ、そうか。知らなかったよ、ありがとう。」
(一聞いたら十返ってきた……)
●●●
「なるほど、つまりここは崦嵫山ってことか」
全力疾走で森を駆け抜ける。驚きつつも炎で牽制する動作は、矢を止めた時同様に一切無駄が無かった。
あくまでも牽制はだが……。
「シャァ゙ァ゙オ」
「蒼龍はあぁ言ってたが…あの梟、絶対に俺のこと喰う気だ!!喰われる前に焼き鳥にしてぇが……森燃やすとあとが大変だし、なによりノアがいねぇぇ!!」
▲△▲△▲
【崦嵫山・北北西方面】
「だぁから…蜥蜴はまるやきだっれぇばぁ……ぐーぐー」
「ヤハハ!!このガキ、分かってんじゃねぇか!!
そうだよな、蜥蜴は丸焼きだよな!!ヤッハッハ」
ノアの寝言に感心と共感をみせ、高らかに笑う魔人。その声量は夜とは思えないほどに森中に響き渡り、休んでいたカラス達が一斉に飛び去って行く。
「んあ゙っ!?なんだ?朝?」
「ヤハハ!夜だ!!」
「あぁ、夜か。…………だれ?」
「ヤハハハ!!俺の名はアギト、吠えると書いて吠だ!!」
▲△▲△▲
「だぁぁクソ!!」
(思考がまとまんねぇ、回避自体は体が勝手に動くが攻撃面だと頭が回んねぇ)
現在の神楽は正気ではなかった。
前提として、魘による悪夢は獏による記憶整理によって目覚める。
___シャオ____シャオ________シャオ_______シャオ____シャオ_________
「くそ…炎が揺らぎすぎる」
整理終了後、脳は過剰処理による疲弊を回復させようと強制睡眠を引き起こし、安定するまで目覚めることはない。
だが、今回に限っては違った。
___シャオ____シャオ________シャオ_______シャオ____シャオ___シャオ___
「火力を一定に……」
神楽は危機的状況に置かれた際、瞬時に対応するため睡眠時であろうと即座に覚醒する訓練を叔母によって叩き込まれていた。
___シャオ____シャオ___シャオ___シャオ_シャオ____シャオ____シャオ__シャオ__
「うっせぇ!!さっきまでホーホー言ってたろうが!!」
故に現在の神楽は回復し終わる前の余熱を抱えた状態であり、それこそがハイの正体であった。
「シャァ゙ァ゙ァ゙オ゙」
「うわっ、ぶねぇ!!」
神楽目掛けての急降下。間一髪、避ける事に成功するが……
「距離をとらね——あ゙ぁ゙ぁ゙なんで反撃しなかった!?」
「シャァァオ」
「だめだ…このままじゃ」
___アギ________ト_______________アギト___だ_________
「声?」
▲△▲△▲
「おれはノアだ!!」
「そうか、ノアか!いい名前だ!!それじゃ死ね——」
『一等星!!』
先手必勝。声を遮るように魔人の右脇目掛けたノアの左蹴りが決まっ——
『纏齶』
「ッ——!!」
「ヤハハ!!いいぞガキ!!簡単に咬まれちゃつまんねぇからな」
ノアの足が触れる瞬間、魔人の脇から虎挟みのような物が現れる。咄嗟に後に下がり、体勢を立て直す。
その反応と動きの良さに歓喜の声を上げる。
「お、おまえ…」
「ん?どうした、怖くなったか?そんなつまんねぇ事、言わ——」
「わきからめし食うのか?大変だな」
「…………ブハッ! ヤッハッハ!! ガキ、最高じゃねぇか」
ノアのズレた思考に喜色の声を上げる一方、月明かりすら吸い込むその闇色の瞳は完全にノアを標的として捉えた。
「咬み砕いてやるよ!!『齶掌』」
『原始星!!』
森を包む閃光と破壊音、木々を吹き飛ばすほどの衝撃がその場を支配した。
「あぁ…いてて……やっぱり、威力ちがう」
周囲を更地に変え、魔人を跡形も無く消し去った。
ノアの勝利…かと思えた。
「ヤハハハ!!ガキィ!!すげぇじゃねぇか。
影を消滅させるとは、危うく死ぬとこだったぜ」
「!???」
「あ゙ぁ?どうした、変な顔して?」
「カゲってじぶんの分しかないんじゃないのか?」
「あ?ヤハハハ!! ガキ、それは昼間の話だろう?
足元見てみろ、今は“夜”だぞ?影なんていくらでもあんだよ!!」
▲△▲△▲
「今の声がノアかどうか分かんねぇが、とりあえずそこを目指すか」
森に響く声を拾う。この瞬間、神楽は行動を戦闘から合流へと移行する。
「それじゃまず、あの梟から隠れる必ょがぁぁぁぁ」
「シャァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙オ゙!!!!」
「うるせぇぇぇ!!てか離せぇぇ!!」
一瞬、完全に気配を消した人面鴞によって、神楽は背後からがっしりと鷲掴みにされる。
正確には梟なので鷲掴みではないのだが…。
5メートル、10メートル、15メートルと上空へと昇る。
「くっ…流石にこれ以上は、水面でも落ちたら死ぬ……」
「シャオシャオ」
「嬉しそうにしやがって!!」
(いやいや落ち着け、とりあえず水辺を探せ。どうにかそこまでコイツを連れてかせればなんとか……)
「シャァァァオ」
神楽の心情を嘲笑うかのように、岩場の方へと移動し始める。
「てめぇ、ふざけ——」
________ドゴォォン___________
突如として森から白い閃光とともに爆発が起こる。
爆風に煽られ人面鴞の体勢が崩れる。
(クッ……ノアか?なんにせよチャンス)
「この羽毛よく燃えそうだな!!『火達磨』」
「ジャ゙ァ゙ァ゙ァ゙オ゙」
神楽を中心に人面鴞の体が炎に包まれる。慌てて神楽を離そうとするが、足にしがみつき離れない。
「今さらおせぇんだよ!!俺を落とすのが先か、お前が燃え尽きるのが先か。オススメは川だぜ」
▲△▲△▲
「あしもと?………おれのカゲしかないぞ?」
「え、あ、ほんとだ。防ぐのにここら一帯、使い切ってたか。まぁ、移動すりゃ関係ねぇがな!ヤハハハ!!」
「おまえいま、カゲないのか?」
「ヤハハ!見てんわかんだろ!!つま先の分しか残ってねぇ!!」
『原始星!!』
「あっ、ちょ——」
▲△▲△▲
「シャァ゙ァ゙ァ゙ァ゙オ゙」
「美味そうな匂いしてきたな゙ぁ゙!!」
離れない神楽に人面鴞は選択の余地なく水辺を目指す。
その間、神楽はハイの影響もあり水を得た魚のように煽り散らかしていた。
「早くしねぇと、炭になっちまうぞ!!」
川が見え始めた、次の瞬間——
人面鴞は翼を仕舞う。
「ッ——てめっ」
そのまま体を回転させながらの急速落下。
空気抵抗と遠心力により神楽の体が浮き上がる。
「シャァァァオ」
必死に足にしがみつくが、指先の力も抜け始め…なす術なく——
『や゙め゙ろ゙』
「シャ……」
神楽の一言に人面鴞は動きを止める。その理由は、応じた人面鴞すらも理解出来ない。
だが、鳥類的本能が告げる、『逆らうな』と…。
神楽のその瞳は、特徴的な金の虹彩を狭め、黒い瞳孔を押し広げる。
刺し殺すように向けられた、その眼はまさに『鷹の眼』であった。
__ザァァ__ザァァ_______
いよいよ川の音が拾える距離まで近付く。
そして——
__________ドォ゙ボン゙ッ__________
____ザァァァ________ザザァァァ____
__________ザァァァ___________
_____ザァァ___________ザァァァ__
___ザァァァ_______ザァァ________
_________________ザァァ_____
「ゴホッ…はぁはぁ…」
________ザッバァン____________
「ジャァァァオ」
「はぁ…はぁ…ごぼっ、ごほっ…お前、水に突っ込んだのに飛べんのな、撥水性か?」
「………………」
「いや、燃えたせいで完全には弾けてないな。
泥がたれてるぞ。」
「……………シャオ」
「お前、水に濡れると溶けんだろ?」
「……………」
神楽の問いに、もはや隠す気も起きず沈黙で応える。
指摘通り泥を垂らすだけでなく、水が染み込んだ箇所が目に見えて歪んでいるのだから。
「礼を言うぜ人面鴞。
水に落ちたおかげで、頭がスッキリした」
「シャ…シャァァァ゙オ゙」
殺し切る。そんな覚悟が人面鴞から滲み出す。
その爪は鋼鉄を切り裂き、地を砕く。気配を消し去る夜の狩人、その一撃は——
「ふぅ…『掌底——」
「シャ゙ァ゙ァァオ」
『菊一!!』
腹部、咲き誇るは菊の花——
炸裂するは飛び散る花弁——
残せし痕は敗の証明——
避けられ食らうは神楽の一撃。
「ッ——ァガッア」
神楽の掌底の勢いそのままに後に飛び散ろうと高度を上げ始める。その体は今に崩壊寸前…。
「ここまできたんだ、逃げるなんて連れねぇな。
冷静になった礼だ、打ち上げで撃ち落としてやるよ」
「シャァ゙ァ゙ァ゙オ゙」
「あばよ、『単打ち・冠菊』」
「シャァ……ァァ…」
__________ドッォォン__________
夜咲き誇る大輪は轟音響かせ夜空を彩る。
堕ちる火花を眺め神楽は呟く。
「たまや」
▲△▲△▲
「あっ、ちょ、待っ——」
ノアの拳を振る、その瞬間…。
魔人の左手含めた腹部が咬み消される。
「ごおぇっ………、やりや゙がぁっだな…顎……」
「え?え?どゆこと!?」
▲△▲△▲
「ヤシシ…やっと、うるさい馬鹿を殺せた」




