番外篇『伯奇の出会い』
私の名は伯奇。人々の悪夢を祓う存在。
同じ物怪であり、邪気を祓う獏とはなぜか混同されがちである。
むしろ私の存在を知らない者の方が多い……。
そんな私は、今日も魘が引き起こす悪夢を晴らすため、実りの町・湯飯に訪れていた。
「ん?あれは何でしょう、何かを転がして……人!?」
町全体が悪夢に魘されている中、道の真ん中で少年が青年を転がしている場面に遭遇してしまった。
訳がわからず降下し、確かめる事にした。
「おい神楽ってば!!おきろよ!!」
「…………」
近くに寄ったことで、少し状況が掴めた。
どうやら青年は魘によって眠らされ、少年はそれを起こそうとしているようだ。
だからといって転がすのは危険なので、声をかけようとした、その時——
少年の頭上から、降下途中に抜け落ちたであろう私の銀の羽がひらひらと少年の側に落下した。
「なんだこれ?すげぇキラキラしてるぞ!!
神楽!神楽!すげぇぞ!おきろよ!!」
少年は私の羽を見つけると大はしゃぎしながら青年をすごい勢いで揺らし始める。
その光景はまるで、母親に見てもらいたくて騒ぐ子供のようでほっこりとする。
だが、実際のところ悪夢に囚われた青年は起きられない。
ただ一方的にゴロゴロと転がされるのは、やはり危険なのですぐさま止めに入った。
「あまり揺らしてはいけませんよ」
「へ?」
私の呼びかけに少年は振り返る。
自分で言うのもなんですが、私はかなり幻想的な姿をしている。大抵の者は私の姿に魅入り、硬直するもの。
ですが……少年からは何だコイツといった視線を向けられている。
まさか人生…いや、鳥生で二度もそんな視線を向けられるとは。
まぁ、幸い少年からは好奇心から来る視線のようなので、あの時のようにグサッと来なくて済みそうです。
とりあえず、少年に説明をしよう。
聞き取れないでしょうが、なんか鳥が騒いでるし様子見るかぐらいには思ってもらえる筈。
「彼は、深い深い眠りに就いています。
無理に起こそうとしてはいけませんよ。
まぁ、私の声は届かないと思いま——」
「おぉ、そうだったのか!!おしえてくれてありがとな!!」
「驚きました。まさか私の声が届く者がいるとは」
本当に驚気ました。私の声はこの世界の存在には届かないと思っていました。
まさか、こんな年端も行かない少年が聞き取るとは…いえ、見た目で判断できませんね。あの方がそうであったように。
驚きで鳥肌が立つ中、少年がこちらを凝視している事に気づく。その視線は、私の瞳を真っ直ぐ捉えていた。
「あまり見つめてはいけま——」
止める間もなく、少年が私の瞳を抉り取るのではと思うほどの至近距離で覗き込んできた。
これ以上はまずいと、瞼を下ろそうとした。
その瞬間——
少年の膨大な記憶が濁流のように流れ込んでくる。
この町へ来る経緯から大和での旅、神との遭遇、およそ子供が体験することの無いような出来事の数々、とても濃い13年分の記憶。
それを塗り潰すほどの膨大な、数■年にわたる記憶が濁流となって私を襲った。
そして——
ほんの僅か数秒間、私の意識は奪われた。
◉◉◉◉◉
「初めまして。私の名はノア・■■■■■■、以後お見知りおきを」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ノアさーん、今度は何してんすか?」
「やぁ、春夏冬くん。コレは操電を用いた電圧変化の研究ですよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やはり草津の湯はいいですねぇ。最後に入ったのは江戸の頃でしたが素晴らしいぃ…。
日本人どころか人間じゃないですがお風呂は魂に刻まれてますよぉ…」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いいですか!!竜とは羽の生えた蜥蜴のことであり、足の生えた蛇である龍とは別物です!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「本当に目障りな無能だ」
「口を塞いだらどうですか老害。口が臭いですよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「神とて所詮は生き物、殺せば死ぬ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「通りすがりの神殺しと」
「元勇者でーす。と言うわけで」
「「カチコミじゃあ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
切り抜かれた映像のように、断片的で脈絡も関連性も無い記憶が次々と移り変わる。
ノアと呼ばれる人物は一体誰なのか…。
どことなく少年に似ている。
特に外見は若干の色の違いはありますが、白髪で瞳の色も同じ翠色。
ですが、決定的に少年と違う部分も見受けられる。
細く鋭い蜥蜴の瞳孔、頭上に生える二本の角、大蛇の様にうねる尻尾。
それは、まるで竜のような…。
◉◉◉◉◉
数秒間。遠く永い過去を巡り終え、意識が戻る。
夢から目覚めたばかりで鈍い思考の中、はっ、と我に返った私は慌てて目を瞑る。
物怪には『福厄』と呼ばれる特徴がある。
私の場合は悪夢を晴らす『福』と瞳を覗いたものに記憶を逆流させる『厄』
意識が飛んでいたとはいえ、数秒も少年にこの瞳を直視させてしまった…。
僅か数秒、されど数秒。
走馬灯のように流れる記憶の奔流は、通常時の脳では処理しきれない。最悪の場合、廃人と化してしまう…。
少年の安否確認をしたいが目を合わせる危険性がある以上、この瞼を上げる事は出来ない。
心配と焦りと焦りと焦りから、焦り過ぎて全身の羽毛が抜け落ちそうになる……。
震える私に、どこか名残惜しそうな声を漏らしながら少年が問いかけてきた。
「おまえはなんなんだ?鳥じゃないよな?なんか妖怪みたいなけはいするぞ?」
よ、良かったぁぁ。
どうやら意識はハッキリしているようで安心しました。
それにしても、私が妖怪に近い事まで分かるとは……。
「……本当に不思議な子ですね。
私の名は、伯奇。獏、なんて呼ばれ方もしています」
「ほうほう、はぐき」
「はくきです。言いにくかったら獏と呼んでください」
少年の言い間違いに、自分でも驚くほど速く訂正する。
仕方ないでしょ、歯茎は嫌ですよ!!
それに、私鳥だから歯茎ありませんし。
「私は物怪と呼ばれる存在であり、妖怪とは似て非なるものなんですよ」
「ほーん。で、なんでここにいんだ?」
素っ気ない……。自分で聞いたのに……。
まぁ、いいでしょう……。
とりあえず、青年を仰ぎながら話すとしましょう。
「ここには悪夢を晴らしにきたんです」
「アクム?」
「この街は今、魘によって悪夢に囚われています。
偶然にも私は魘とは対になる存在で、彼彼女が悪夢を見せるのに対し私は悪夢を晴らす存在なのです」
自分で言うのもどうかと思いますが、私は圧倒的に善の存在です。八百年も悪夢を晴らし続けてきたのですから誰がどう見ても善に——善鳥のはず!!
まぁ、自己満ではあるのですがね。人のためになにかする自分が、誇りであり存在意義のようなものですから。
だからこそ、そんなつまんなそうに、「ふーん」とか言わないで下さいよ………。
「うぅ…こんなに興味の無い反応をしたのは貴方で二人目ですよ……」
「それより、神楽もアクム?見てんのか?」
「えぇ…彼も悪夢を見ています。彼は今は亡き、妹さんとのあったかも…いえ、あって欲しかった過去を追体験しているのです」
降下すると同時に青年にマーキングを施しておいてよかったです。おかげで目を瞑っていても確認できます。
それにしても、青年も鳳炎家の出身なのですね。
記憶を見た限り、かなり善よりの存在で、嬉しく思います。
それはそれとして、この青年…実に興味深い。
通常、身内の死に関する悪夢は喪った日になりやすいもの。ですが、精神的な死の方を悪夢と捉えているとは。
自身にとっての戒めの意味もあるのでしょうが、それにこんな喪い方をすれば復讐一直線になっていてもおかしくないのに。
妹へのお土産話を作るのが目的とは、青年も、青年の叔母様もいい人格の持ち主ですね。
特に叔母様は私と同じで名前が鳥で大変好感が持てます!!
にしても、青年のこの気配どこか懐かしいような?
ん゙んー、鶏冠まで出かかってるんですが……。
あっ——
「つまりバクはアクムみてる神楽を叩きおこしに来たってことか?」
あ゙ぁぁ……思い出しかけたのに……。
いえ、切り替えましょう。
「物騒ですが、そうですね。まぁ、彼の場合は私が居なくとも直に目を覚ます事でしょう」
「ん?なんでだ? 町のやつらは、ねてんだろ?
なんで神楽は起きるんだ?」
当然の疑問ですね。私としてもかなりイレギュラーな状況で驚いていますし。
「………悪夢とは、人によって異なるものです。
魘が見せる悪夢は、その人が無意識のうちに感じている恐怖とそれに付随する記憶を元に夢を構成するのです」
「でも神楽は楽しいきおくなんだろ?」
「そこが矛盾です。彼にとって、悪夢とは妹を失うことではありません」
「???」
「彼にとって悪夢とは、妹と未来を歩む事です」
「へ? なんでだ?神楽がのぞんだんじゃないのか?」
ですよね。分かります。私も通常であればそう思いますから。ですが——
「彼にとって過去を振り返るという行為は、過去に囚われ今を見ない現実逃避であり。
今を生きれなかった妹に対しての侮辱だと思っているのです。
勿論、深層心理における無意識的な忌避感ですが」
「夢とは記憶の再構築によって織り成す幻です。
夢に疑問を抱かないのは整合性がとれているからであり、大きな矛盾がない限り夢を夢だと思えません」
「…………」
「彼の場合は忌避感そのものが違和感へと転じるため自然に起きることが出来るんです。
ですが、彼が目覚める前に私が夢に干渉する必要があります」
「…………」
「……? あの、どうかしました?
先程から無言ですが、分からないところでもありましたか?」
やけに静かですね?まさか、時間差で厄が!?
すぐに確認しなければ……ですが、それはつまり目を開けるということ…もし少年が眼の前にいたらそれこそ危険…。
いえ、開けましょう。もし倒れていた場合、対処できるのは私しかいませんからね。この場合、原因も私なのですが。
恐る恐る瞼を上げ、最初に視界に入ったのは——
遠い目に、よだれを垂らした、少年の姿でした…。
「き、気絶している……ですと……」
な、なぜ……。はっ!まさか、これがいわゆる『処理落ち』というものですか!?
前にアダムさんの記憶を覗いた際に、昔存在していた言葉だと聞いてはいましたが。
まさか実物を見る日がくるとは…。恐るべし処理落ち。
とりあえず起こさなければ、あーでも、先に青年の悪夢を対処しなければいけませんね。
なにせ、かなり改変されてしまっていますから、このまま目覚めれば記憶の混濁で人格に影響が出てしまいます。
先ほどから仰ぎながら夢粉かけといたので、多少は改善されているでしょうがここからは手作業になりますからね。
目覚める前に終わらせなければ!!
●◯◉◉◉◉◉◯●
夢に入りましたが、どんな状きょ——
「こんな幸せみてぇな夢を見る資格なんざ、俺にはね゙ぇ゙ん゙だよ゙」
クライマックスゥゥゥ!?!?
ちょ、ちょっと待ってください、まだ整理し終わってないんです!
「兄さ——」
「口を開くな、灰にするぞ」
「………」
喋ってください魘!!まだ終わってないんです!!
「解釈度が低けぇんだよ!! 火鈴は俺の前で母さんの話なんかしねぇ」
「火鈴は俺が反らした話に興味を持たねぇ」
「私は——」
「火鈴は優しくて可愛くて寂しがりやで心配性で怖がりで甘えるのが下手で作り笑いが得意で嘘が下手で断ることが出来なくて家に従って…見捨てられて殺されたぁ゙!!」
「………」
怒涛の開示……口を挟ませるよう余裕を与えないとは……。
「何もかも間違ってんだよ。
俺の夢に、火鈴は居ねぇ。いんのは俺の望みで造った妹だけだ」
「お前ノ記おくから、造くッたイもウとナノに何故、否定スル?」
「否定する理由…そんなもん、俺の記憶で造ったからだ」
「イミが分カらナい?」
いや、本当に意味がわからないです。
いくら記憶が魂に付随するからといっても肉体側の記憶情報を改竄されては混濁するはず…。違和感が仕事し過ぎでは?
「お前が散々してたろ。
夢は記憶で出来ている。記憶は常に歪み湾曲しながら整合性を保つ。
俺の記憶の妹は綺麗な部分だけで作られた紛い物。
そんなん俺の火鈴じゃねぇんだよ!!」
「リ性ではナク、本能トデもイう気カ?
オ前のよウなにン間は、ハじめてダ」
「んな事どうでもいい。さっさと俺を目覚めさろ」
「必ヨうない。スでに、忌々シイとリガおマエノ記憶をセイ理してイる。時キにメザめル」
目覚めるじゃありませんよ!?まだ終わってないんですから足止めしてくださいよ!!
●◯◉◉◉◉◉◯●
「ふぅ、なんとか間に合いました」
本当にギリギリでした……。間に合ってよかったですよ。
「神楽はもう、だいじょうぶなのか?」
「はい、もう大丈夫です。記憶の整理に伴い、もうしばらく眠ってもらう事になりますがね」
彼は本当に不思議だ……私が間に合ったのは、確認時点で半分近くが修復されていたからです。
なぜ改変された記憶が直っていたのか疑問は残りますが、これ以上私に出来ることもありませんし気にしても仕方がありませんね。
それよりも、今はこの町の人々を悪夢から目覚めさせなければ。
「それでは、また何処かで」
「じゃーなぁー!!」
素っ気なかったのに、見送りは元気いっぱいでしてくれるんですね。嬉しいような悲しいような…。
私の羽はお土産としましょう。きっと少年に降りかかる悪夢から守るはずです。
なにより少年は、あの方…メソ様が待ち望んでいた、『方舟』なのですからね。
悪夢を祓い次第、ご報告に参りましょう。
ふふふ、お会いするのは八百年ぶりですかね。
ご覧いただきありがとうございます。
番外編『伯奇の出会い』、楽しんでいただけたでしょうか。
今回は伯奇の思考や奮闘が垣間見える回だったと思います。
次回は久々の魔人回となっておりますのでお楽しみに。
それでは、また次回。お会いしましょう。シースー!!




