五欠片目『嘘も願えば真なり』
【実りの町・湯飯にて】
「おい神楽!神楽ってば!!こんなとこで……いきだおれんなよ!!そんなに腹へってたのか?」
目の前で意識を失った神楽に、行き倒れかと慌てて駆け寄る。
必死に体を揺らし確に——いや、揺らし過ぎてもはや転がしている。
回され過ぎて泥だらけになるが、一向に目覚める気配はない。
途方に暮れていると視界の端に一枚の羽が落ちてきた。
「なんだこれ? すげぇキラキラしてるぞ!!
神楽!神楽!すげぇぞ!おきろよ!!」
「❉✹❉❉✺❋❁✺❈❋❉」
「へ?」
背後から聞き慣れない鳴き声が耳に流れる。
振り返ると、そこには、銀色の翼に淡い紫の霞を纏った幻想的な鳥が立っていた。
「❈✹❋✹✺❊❋❈❋❁❈❉✺❋。
✺❋✹❋❋❈✺✹❈✹❉❁❊。
❈❊、❊❈❉❋、❋✺❈✹❉❋❊——」
「おぉ、そうだったのか!!おしえてくれてありがとな!!」
ノアの一言に鳥肌を起てる様に身を揺らす。
よろける様に片足一歩分下がり続けて三歩距離を詰めた。
「❋❈❉✹✺。✺❈-❋私の声が届く者がいるとは」
驚嘆と感嘆が入り混じる鳴き声を上げノアを見つめる。その瞳は見つめる程に深く深く、意識が流れる様に吸い寄せられる。
「あまり見つめてはいけま——」
鳥の忠告を右から左へ流し瞳を覗く。それはそれは顔見どころか、目玉をほじくる勢いで目の前に立つ。
比喩ではなく眼の前に立ち覗き込んでいる。
流石に不味いと、鳥の方が目を閉じる。
残念そうにしながらノアは鳥に問いかける。
「おまえはなんなんだ?鳥じゃないよな?なんか妖怪みたいなけはいするぞ?」
「……本当に不思議な子ですね。
私の名は、伯奇。獏、なんて呼ばれ方もしています」
「ほうほう、はぐき」
「はくきです。言いにくかったら獏と呼んでください」
食い気味に訂正する伯奇。流石に歯茎呼ばわりは嫌なようだ。
翼を広げ、軽く仰ぐように揺らし始める。
「私は物怪と呼ばれる存在であり、妖怪とは似て非なるものなんですよ」
「ほーん。で、なんでここにいんだ?」
なんとも興味なさげな反応に、思わず首が垂れる…。
しょげしょげとしながらも伯奇…獏は言葉を続ける。
「ここには悪夢を晴らしにきたんです」
「アクム?」
「この街は今、魘によって悪夢に囚われています。
偶然にも私は魘とは対になる存在で、彼彼女が悪夢を見せるのに対し私は悪夢を晴らす存在なのです」
誇りがあるのか、ほんの少し自慢気な口調で説明してきた。
だが、そんな事はどうでもいいと、ノアはまたも「ふーん」と、素っ気ない反応を示す。
その反応は流石に応えたのか、目に見えてしょげている。バサッ!と広げていた翼が今はファサァ……と垂れ下がっていた。
「うぅ…こんなに興味の無い反応をしたのは貴方で二人目ですよ……」
「それより、神楽もアクム?見てんのか?」
「えぇ…彼も悪夢を見ています。彼は今は亡き、妹さんとのあったかも…いえ、あって欲しかった過去を追体験しているのです」
●〇◉◉◉◉◉〇●
「楽しいね」
「か、火鈴?」
なんだ…今の……声が重複して……。
それに……。
一瞬だが、火鈴が何か別の何かに見えた……あれは……?
「本当に大丈夫?辛そうだよ?」
「いや、大丈夫だ。それより、向こうの出店気にならないか?変わった燈籠が置いてあるぞ」
「えっ!どれどれ!あっ、ほんとだ!!」
燈籠……自分で言っといてあれだが、今の時期に何で燈籠があんだ? 盆までまだ先だろ?
「兄さん、買っていこ! 明日から、お盆だし」
「は?今日は火鈴の誕生日で伏月だろ?」
「何言ってるの兄さん?今日は鬼月の14だよ?」
「いや、そんなはず……いや、そうか…そうだよな。ははっ…ちょっとボケてきたかもな!!」
「あはは、兄さんまだ若いでしょ」
なんか、忘れてる気が……。
●〇◉◉◉◉◉〇●
「つまりバクはアクムみてる神楽を叩きおこしに来たってことか?」
「物騒ですが、そうですね。まぁ、彼の場合は私が居なくとも直に目を覚ます事でしょう」
「ん?なんでだ? 町のやつらは、ねてんだろ?
なんで神楽は起きるんだ?」
本来、魘によって眠らされた者は夢が夢である事に気付けない。そのため、ただただ逃げ場の無い悪夢の中を永遠と恐怖と絶望を抱きながら彷徨い続ける事になる。
魘の事を知らないノアでも、町の人間が目覚めず神楽だけ起きるという事態になっては疑問を抱いて当然であった。
「………悪夢とは、人によって異なるものです。
魘が見せる悪夢は、その人が無意識のうちに感じている恐怖とそれに付随する記憶を元に夢を構成するのです」
「でも神楽は楽しいきおくなんだろ?」
「そこが矛盾です。彼にとって、悪夢とは妹を失うことではありません」
「???」
「彼にとって悪夢とは……」
●〇◉◉◉◉◉〇●
「兄さん!私、燈籠にお母さんの名前書こうと思うの」
「あー、燈籠流しか。母さん方向音痴だったし喜ぶだろうな。これで迷わずに済むって」
母さんかぁ、思い出す機会減ってたなぁ。
俺が六つの時に死んじまったが、優しい人だったなぁ。
母さんが死んだ時、火鈴はまだ一歳になる年だったか。
俺が話した中でしか母さんを知らねぇし、やっぱ母親に憧れとかあんのかなぁ。
「俺も書くか。 母さんは火鈴が書くから、俺は火鈴と叔母さんの名前を——」
…………ん? 火鈴? なんで? 目の前にいんのに……。
●〇◉◉◉◉◉〇●
「彼にとって悪夢とは……」
これから告げられる獏の一言に、ほんの少しの緊張を感じながらノアはゴクリと音を立て生唾を飲み込む。
神楽にとっての悪夢とは何か…それは——
「妹と未来を歩む事です」
「へ? なんでだ?神楽がのぞんだんじゃないのか?」
「彼にとって過去を振り返るという行為は、過去に囚われ今を見ない現実逃避であり。
今を生きれなかった妹に対しての侮辱だと思っているのです。
勿論、深層心理における無意識的な忌避感ですが」
予想外の事実に……
小難しくてよく分からないと首を傾げている。
その視線は遠くを見つめるかの様に曖昧で、半開きの状態で固まった口からはよだれが垂れておりアホ面そのものであった。
だが、獏はノアが覗き込まないよう、目を瞑ったままの状態で説明しており、ノアが処理落ちしている事に全く気づいていなかった。
「夢とは記憶の再構築によって織り成す幻です。
夢に疑問を抱かないのは整合性がとれているからであり、大きな矛盾がない限り夢を夢だと思えません」
「…………」
「彼の場合は忌避感そのものが違和感へと転じるため自然に起きることが出来るんです。
ですが、彼が目覚める前に私が夢に干渉する必要があります」
「…………」
「……? あの、どうかしました?
先程から無言ですが、分からないところでもありましたか?」
獏の問いに返答はない。疑問は不気味な程に静かな、夜のそよ風とともに流れていく。
あまりの静けさに獏は恐る恐るとその瞼を持ち上げる。
そして目にする。よだれを垂らしたアホ面全開のノアの姿を!!
「き、気絶している……ですと……」
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火鈴は目の前にいんのに…なんで、俺は名前を書こうと?
夏鈴は俺と誕生日祝って、そんで……。
いや、違げぇ…なんで目の前にいんだよ。
頭の中を駆け巡る無数の違和感と、それを払拭すように提示される記憶。
全てが勘違いである事を証明している。だが、それでもこれは違うと理性ではなく本能が……いや、魂が告げていた。
「兄さん大丈夫?」
「……まれ…」
「え?」
「黙れ゙…」
これは夢だ。魘が見せてる悪夢の中の幻だ。
現実じゃねぇ。
ジジイを殴ったのも嘘。火鈴と出かけたのも嘘。
何もかも張りぼての造りもんだ。
「兄さん、何言ってるの…怖いよ?」
「聴こえなかったかぁ゙?黙れって言ったんだよ゙。
その声で、その姿で、俺を兄と呼ぶな゙。
お前は、火鈴じゃねぇ。あの子は死んだんだ」
火鈴は死んだ。そうだ死んだんだよ。
あの日、俺が護りきれなかったせいで火鈴は死んだ。
俺が弱かったから、俺が無力だったから。
なのに゙……
「こんな幸せみてぇな夢を見る資格なんざ、俺にはね゙ぇ゙ん゙だよ゙」
「兄さ——」
「口を開くな、灰にするぞ」
「………」
(ほんの少し前まで分かってたはずなのに、どこで歪んだ? 声が重複したところか? まぁどっちにしろ)
「解釈度が低けぇんだよ!! 火鈴は俺の前で母さんの話なんかしねぇ」
俺に気を遣うから。
「火鈴は俺が反らした話に興味を持たねぇ」
心配から話を合わせて笑うだけ。
「私は——」
「火鈴は優しくて可愛くて寂しがりやで心配性で怖がりで甘えるのが下手で作り笑いが得意で嘘が下手で断ることが出来なくて家に従って…見捨てられて殺されたぁ゙!!」
「………」
「何もかも間違ってんだよ。
俺の夢に、火鈴は居ねぇ。いんのは俺の望みで造った妹だけだ」
魂が告げるまま感情に任せて吐き出した言葉は、靄のかかった頭の中を風が吹き抜けるようにすっきりとさせた。
(火鈴の瞳を濁らせたのは俺にも原因がある。なのにそれを否定するようにこんな都合のいい世界を楽しむなんざ反吐が出る)
目の前の妹は、無言のままに立ち尽くし、見る見るうちに崩れ始める。
ドロリと溶けた体は地面に広がり、黒い煙の様な気体へ変わる。漂う靄は瞬きを始めギロリとこちらを睨みつける。
「お前ノ記おくから、造くッたイもウとナノに何故、否定スル?」
この靄こそが魘なんだろう。特定の姿形を持たず霧のように掴みどころのない存在。
複数の声が重なった不快感を煽る様な、言葉として伝わるだけの音だなこりゃ。
兄さん兄さんと重複して聞こえたのは、妹の皮が剥がれ始めて音が漏れて重なったからか?
まぁ、どうでもいいか。
「否定する理由…そんなもん、俺の記憶で造ったからだ」
「イミが分カらナい?」
「お前が散々してたろ。
夢は記憶で出来ている。記憶は常に歪み湾曲しながら整合性を保つ。
俺の記憶の妹は綺麗な部分だけで作られた紛い物。
そんなん俺の火鈴じゃねぇんだよ!!」
「リ性ではナク、本能トデもイう気カ?
オ前のよウなにン間は、ハじめてダ」
「んな事どうでもいい。さっさと俺を目覚めさろ」
「必ヨうない。スでに、忌々シイとリガおマエノ記憶をセイ理してイる。時キにメザめル」
鳥ってなんだ?? 悪夢を晴らすって言ったら獏じゃねぇのか?
よく分かんねぇが、目覚められるんなら何でもいい。
あぁ…寝てたのに、疲れたなぁ……。
●〇◉◉◉◉◉〇●
「ふぅ、なんとか間に合いました」
「神楽はもう、だいじょうぶなのか?」
「はい、もう大丈夫です。記憶の整理に伴い、もうしばらく眠ってもらう事になりますがね」
獏は処理落ちしていたノアを全力で揺らし続け起こす事に成功した。
その後、獏はすぐに神楽の夢、もとい記憶に干渉し魘によって書き換えられた部分を正し始める。
その影響で神楽の違和感が確信へと変わり夢を打ち破る結果となった。
「では、私は次に向かいます」
「つぎ?」
「町全体が魘によって眠らされてますからね。他の方たちも起こしに行かなくては」
そう言い銀の翼をはためかせ、浮き始める。
扇ぐ度に星屑のように、鱗粉のように綺羅びやかな輝きを落としていく。
「それでは、また何処かで」
「じゃーなぁー!!」
天高く飛び立つ獏に向け、右手を大きく振り広げ見送った。
左に持った銀の羽を握りしめて。
ご覧いただきありがとうございます。
『神世界のエスカトロジー』第二章・第五話、楽しんでいただけたでしょうか?
今回は神楽がかなりあっさりと夢を破ってしまい、「このままホラー寄りになるのでは?」という予想を裏切る展開となりましたね。
本日は番外編『蒸しエビの設定集②』も同時投稿となっております。前回と違い、作中の基礎知識についてですので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
それでは、また次回。お会いしましょう。シースー!!




