二欠片目『魔人』
敗北感を感じ、神楽は悔しさと苛立ちと面倒くささを込め拳を握る。まるで神楽の心情を可視化するようにメラメラと燃えるように見え——いや、実際に炎が出ていた。
『劫拳』
「おぉ!!神楽は手から火が出んのか!?」
「名乗った時も思ったんだがもしかしてノア、鳳炎家のこと知らないのか?」
「そうなのか、わっぱ!?人間に疎い俺でも護神家の事ぐらいは分かるぞ!?」
両者から信じられないものを見る目を向けられ、少し肩身が狭くなる。
「おれ森でくらしてたから外のことわかんない……今までは蒼龍がおしえてくれてたし……」
俯きながらごにょごにょと呟くノアに神楽が一言。
「ノア……そう言うのは最初に言え」
「へ?」
「何も知らないとは思わなかったから、魔人の説明省いちまったよ。そりゃあ、空気読めず質問するよな!悪かったな!!」
神楽の一切、悪意の無い優しさと配慮からきた本音、「空気が読めない」と言う言葉がデストの「またな」と同じぐらい胸に刺さった…。
「いいかノア、俺はこれからアイツをボコしながら魔人の説明をするからよく聞けよ」
「ヤハハ、俺を説明の片手間に相手だと?おもしれぇじゃねぇか!!口を回してらんなくしてやんぜぇ!!」
遂に両者の拳が触れると同時に戦闘開始の火蓋が切って落とされる。魔人は暗く、冷たく、大きな拳を振りかぶる。一方で神楽の拳は猛々しく炎を揺らし、ぶつかるたびに火花を散らす。その一粒一粒が線香花火の様に淡く儚げに落ちていく。
『連炎椿!!』
「ヤハハ!!ぶつかるたびに威力が増しているな!!」
「ノア!今から説明始めるぞ!!コイツうるせぇと思うがよく聞けよ!!」
「クッ、重…すぐに捌き切れなくなるか……ヤハハ!!」
神楽の連撃にだんだんと押され始める。
ぶつかるほどに強くなる拳は炎の温度も上がり続けており、赤から橙へと移り変わる。
だが、いくら高温になろうと影の前では温度は意味をなさない。故に単純な威力勝負となっている。
「ノア!見ての通り、魔人は影を操る種族だ!!操れる影には種類があって、コイツの場合は自分の影を剥がして巻き付けてる!!影を使ってる間は地面に映る影が欠けてるから、どれくらい使ってるのかは下を見れば分かるぞ!!」
簡潔、それでいて実践的な説明にノアは息を呑む。
餃子の時は何を言っているかサッパリだったが少なくとも戦闘においての解説は完璧であった。
思い返せば最初にあった時もそう、ノアに誰かと聞かれ、即座に自分が誰でノアがどういう状況で何をしたのかを簡潔に説明していた。
救護活動において意識のはっきりしない者に対し素人がする対応としては満点であった。
「ヤハハ!!このままじゃ、殺られるのは俺だなぁ!!」
「うるせぇな!!分かってんなら膝つけよ!!」
「ヤハハ!!まだ遊びたりん!!『続悪』」
手首の少し下程だった影が一気に肩にまで広がり、大きさを増す。
「チッ、ノア!影はどんな攻撃も受け付けない!!防ぐことは出来てもダメージが入らねぇから、全身に纏う前にケリ付けろ!!」
「ヤハハ!!殆ど腕に持ってきてんだ、全身分なんて影が足りねぇよ」
「んなこと分かってるわ!!『木枯らし紅葉』!!」
「ヤハはぁ!?はやっ…」
瞬間的に拳の速度が上がる。だが、魔人の腹に当てる前に炎が消える。一気に使いすぎたのかと思われた、次の瞬間——
神楽の拳が熱した鉄の様に赤くなり、そのまま魔人へ——
「アッヅァ゙ァ!!」
「わりぃな!俺は不良なんで、根性焼きさせてもらったぜ。夜露死苦!!」
「はぁ…ヤハハ!!…ミンチじゃなく…焼肉になるかもなぁ!!」
高らかに笑う魔人だが、その手は未だ腹部を押さえている。
紅葉により付けられた火傷は皮膚が溶け爛れていた。不屈の精神…と言うより、もはや狂気の沙汰であった。
「神楽!!おれもさんかしていい?」
「え?」
「ん?わっぱも混ざりたいのか!いいぞ!どんとこい!!」
「おまっ、何勝手に!!ノア、ちょっ、たんま——」
神楽の静止も僅かに届かず、ノアは勢い良く魔人に向けて駆け出す。そして——
『一等星!!』
掌悪で防ごうと腕を前に出したが、ノアの一撃は攻撃を通さない筈の影を見事に斬り落とした。
「ッ!? 腕…影を斬るだと…。わっぱ貴様——ブヘッ」
その異常な光景に神楽は目を見開き、思わず魔人の頬に右ストレートをかましてしまう。
魔人からは神楽の右ストレートへの怒りとノアへの驚愕と焦りが見て取れ——
「ヤハハハハ!!バカおもろいじゃねぇか、わっぱ!!」
予想外の好印象。
「影を斬られるなんて初めてだぞ! そもそも影って斬れるものなんだな。しかも、斬られた影が繋げられず消失しちまった」
「も、もしかして、おれ……すごいのでは!?」
「おぉ!!凄いぞ、わっぱ!!」
(凄いぞ、じゃねぇよ!?陽光身傷を用いずに影を斬るとか…。 ただでさえ、存在するだけで害悪みたいな鳳炎家の価値が完全に無くなるぞ!? まぁ…俺はそれでもいいんだが……)
三者三様——いや、神楽を除き「すげぇ」しか言っていないので正確には三者一様の反応を示していた。
「ノア、お前なにもんだよ?」
神楽の質問に対し魔人は戦闘に必要なことかと疑問符を浮かべ、ノアは哲学かと頭を悩ませる。
「いや、分かんないならいい…。戦闘に戻ろ——ノア、お前メインでやってみないか?」
「へ?」
「ん?わっぱが前衛をやるのか?まぁ、戦えるなら何でもいいが」
神楽の意外な提案に驚きつつも、鬼や妖怪以外の種族との初戦闘にわくわくしていた。
「おっし!!そんじゃさっそく——『原始星』!!」
「お?わ、わ、わ、わっぱぁぁぁぁぁぁ!!!」
白く発光した拳により、超至近距離から放たれた衝撃は一瞬にしてその場を打ち砕いた。
「ゲホッ…ゲホッ…ノア?ノア!!」
「こ、ここにいるぞぉ……。うぅ、前より威力上がってる…なんでだ?」
戦闘スタイルの確認。それと影を斬り裂いた攻撃の他にどの様な技があるのかを把握しておきたかったので神楽はノア主体の戦闘に切り替えたのだが……僅か一分でノアが自爆した…。
「ヤハハ……わっぱ…強ぇな。はぁ…はぁ…半分消し飛んだぞ」
「立てるかノア? 無理なら寝ながら聞いてくれ。
さっきの一撃でアイツは体の半分持ってかれて今は殆どの影を欠損を埋めるのに使ってる。
だから攻撃に転用出来るほど残ってねぇ。」
「じゃあ、このまま倒せんのか?」
「影で覆ってない方を燃やし尽くせば死ぬだろな。
だからって余裕ぶっこいてちんたらしてたら、夜になって逆転されちまう。
最初に言った通り魔人は影を操る種族だ、夜になれば影は広がる自分の影も人の影もあったもんじゃねぇ、溶けて混じって等しく敵になる。
だから魔人はなるべく午前に相手しろ」
神楽の説明に感心すると同時に違和感を覚える。
「神楽、さいしょ、ごごに来いって言ってなかったか?」
ノアの疑問は当然だった。だが神楽のことだからきっと、理由があるのだろう。そんな事を思い神楽の顔を覗き、気づく……目が泳いでる事に…。
(いやいや、仕方ないだろ、いきなり訪問して来たんだぞ!?
常識的に考えて食事時を避けるのはマナーだろ!?
あー、やばい、なんて言って誤魔化そう……)
「いいかノア、魔人が言ってただろ?俺は昼夜問わずで魔人を狩ってるって、俺はある程度経験詰んでるから夜でも対処できるって事だ!!」
「・・・」
(無理か……)
「なるほどな!!」
(セーフ!!)
なんとか誤魔化せた神楽は安堵するように胸をなでおろす。一方で魔人は呼吸を荒くし胸を抑えている。先程までの元気は見る影もなくなっていた。そこに神楽は違和感を覚えた、次の瞬間。
「はぁ…はぁ…ヤ…ハハ…まじぃな……影で覆えば内臓ぐらいはどうにか…なるかと……思ったんだ…が……」
静かにその場に倒れ込む……。
「あ?何してんだ、散々戦えって言っておいて寝る気か?」
神楽の呼びかけに一切の反応は無い…。
「おい、まさか死んだなんて言わねぇよな?」
沈黙は続き、周囲の波の音だけが……その場に響く。
「内臓がなくなっただけだろ? それに影で塞いでいたはずだ…まさか…本当に死んだのか…」
死人に口無し…。魔人の灯火は…既に吹き消えていた。
その呆気ない終わりに、勝利への歓びよりも、死因に対する疑問だけが胸に残った。
「神楽……ナイゾウがなくなったら人は死ぬんだぞ?しらなかったのか?」
「知っとるわ!!俺が言ってんのは魔人の場合の話だ! 魔人は影を操るが、それは特性だからじゃない。特徴だからだ」
魔人という種族にとって影とは肉体の一部であり、影を操る事は手足を動かす事と同じであった。
そのことをよく知る神楽にとって、魔人の死因はこれ以上ない程に違和感のあるものであった。
「アイツは欠損部位を影で補っていた。それはつまり、移植による修復と同義だ。なのにも関わらずアイツは死んだ…ノア、お前の攻撃を食らった直後に…だ。お前は本当に何者だ?」
その質問に一拍の静寂を置き、高らかに答える。
「しらん!!」
「!?」
「おれはノアだ!!すくなくともデストと蒼龍にとってはノアだ!!ワラベでもワッパでもボウヤでもない!!神がハコブネとかよぶけど、そんなのしらん!!分かんないものは分かんない!!」
ノアにとって、呼び方などさして重要な事ではない。
それ以上に誰が呼んでくれるのか、それこそが重要であり。
想いを込めて呼ばれたものこそ名乗るべき名前で、その結果こそノアをノアたらしめる事実であり、ノアがノアである意味なのだ。
「だからいくら聞かれてもこたえらんな——」
「ちょっと待て……ノア、お前…今、神って言ったか?」
「え?うん、いったぞ?それが?」
「それがじゃねぇよ!?
呼ばれたってことは神に会ったことがあるって事だろ……。護身家当主ですら会うのは稀な事だぞ……」
ノアの何気ない一言から、思わぬ事実が……。
蒼龍の説明では護神家は神に仕える名家という話であった。そのため、当主ともなれば神に会うのも当たり前のものだと予想していたのだが…。
「ノア、お前が自分の事を知らないのは、よく分かった。その上で絶対に理解しておくべき事がある。それは…。」
「それは?」
「それは、お前が神に認知される程の名持ちって事だ」
またも聞き慣れない単語に首を傾げ、疑問符を浮かべる。
「ネームドってなんだ?」
「神は基本的に名前を呼ばず、独自の呼び方をするんだ。そんでその呼び名をつけられたやつのことをネームドって呼ぶんだ。ノアの場合はハコブネ?ってやつだな」
「ほーん」
「ほーんって……」
はぁ、と軽くため息を吐く。その表情は決心と、どこか晴れ晴れとしたものであった。
「ノア、お前が何者かは分からねぇ。だが、きっと悪いやつじゃないだろ?俺は世界を…この広い世界を目一杯楽しんで土産話を作りてぇ。お前がいればもっとおもしれぇ話ができそうな気がするんだ…だから、俺と旅しねぇか?」
「あ…」
●●●
「復讐なんて考えず、この森よりもずっと広いこの世界を目一杯楽しんで来い!
そんで、あの世に来たら思い出話を沢山聞かせてくれ!!」
●●●
それは…あの日、交わしたデストとの最後の約束。
そして、この旅の原点にして終点。
神楽からの打診……。ノアの答えは決まっていた。
「よろしく、神楽!!」
ご覧いただきありがとうございます。
『神世界のエスカトロジー』第二章・第二話、楽しんでいただけたでしょうか?
今回は派手な戦闘ではありませんでしたが、魔人の生態や神楽の戦闘スタイルなんかが確認できた回となっていましたね♪
新たな仲間として神楽が正式加入!
今後の冒険がどのように転がるのか楽しみですね。
それでは、また次回。お会いしましょう。シースー!!
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