第九話 恩師
予想外の襲撃に見舞われたが、無事依頼を終わらせた三人はシェアハウスに帰ってきた。
そして今は、外に出て何故か家の玄関の前にいる。この家では誰かのせいで、何故かが本当によく起こる。
「みんなで写真が撮りたい!」
豪華な料理が並ぶ食卓で、鷲見が突然言い出した。
「写真ですか?」
「そう! 伊織も見たことあると思うけど、リビングに僕と浬で撮った写真があるでしょ? あれをアップデートしないとね」
つまり、そこに伊織を追加したいということだろう。伊織は別にそういうことを気にする性格ではないので、正直どちらでもいい。
「てことで、ご飯食べたら玄関集合!」
そして今に至る。
「伊織のスマホで撮るぞ」
「なんで俺?」
「最近買ってもらったばかりだろ。最新機種とかずるぃ……」
「え? なんて?」
後半はぶつぶつと言っていて聞こえなかった。
「まあまあ! 浬は伊織のスマホが一番綺麗に撮れるって言いたいんだよね!」
言われてみれば確かにそうだ。最新機種である伊織のスマホのカメラ性能が一番いいのは間違いない。
それにしても、スタンドがあるわけでもないのにどうやって三人の写真を撮るつもりだろうか。
「お、先生来たね!」
「どこですか」
「何も見えない」
こんな調子なので鷲見が言い出してから想像以上に時間はかかったが、先生と呼ばれる女性が伊織たちのもとへやってきた。鷲見の視力の良さには本当に驚かされる。
「こちらは遠坂こずえさん! 否観者ではあるけど、とにかく懐が深い優しい方なんだ。僕たちが住んでる家の大家さんでもあるよ」
遠坂さんは小柄で雰囲気も柔らかく、失礼かもしれないが可愛らしいなと伊織は思った。
どうやら写真を撮ってもらう為だけに呼んだらしい。これは申し訳ない。
「彼のスマホを使ってください! 前撮ってくれた時の物と使い方は同じです」
「分かったわ。任せてちょうだい」
「すみません、お願いします」
伊織は遠坂さんにスマホを渡す。鷲見と浬の二人の写真も遠坂さんが撮ってくれたようだ。
スマホを受け取った遠坂さんが、こちらにカメラを向ける。
「はいはい二人ともこっち寄ってね。あと笑顔大事! さあ、笑って!」
「……どうかしら?」
遠坂さんが撮った写真を見せてくれたので、三人で確認する。
「うん、いいね! ありがとう先生!」
真ん中に鷲見、左右に伊織と浬。前の写真と違って浬も軽く口端を上げ、伊織もぎこちないが笑顔だ。
鷲見は相変わらず満面の笑みを浮かべている。
「いつでも頼ってね」
遠坂さんはそう言うと「このあと友人とお茶を飲みに行くから」と本当に写真だけ撮って帰ってしまった。
遠坂さんの姿が見えなくなると、伊織は気になっていた事を聞いてみる。
「鷲見さん、遠坂さんの事をなんで先生って呼んでるんですか?」
鷲見はスマホを伊織に返しながら答える。
「先生は昔、習字教室をやっていたんだ。僕は子供の頃そこに通っていた」
「俺の部屋の貼り紙を書いている時に言っていた恩師は、遠坂さんのことだったんですね」
「そうそう。習字の先生でもあるし、人生の恩師でもある」
「人生の……?」
遠坂さんが歩いて行った先を見つめる鷲見。その姿を見ていると、不思議と伊織はそれ以上話しかけられなかった。
***
チンッ。
パンは焼いていないが、パンが焼けた。
「依頼が来たよー」
鷲見はダイニングでメールを確認した後、リビングの伊織と浬にスマホを振りながら声をかける。
「今回は海沿いの町だね。日帰りで行ける距離だから、この前みたいに荒れることはないはず」
「それは良かったです」
ホテルでのベッド争奪戦と熱湯風呂は記憶に新しい。
帰ってからも伊織が風呂の湯を張ると、浬が警戒してくるのだ。ちなみに家の風呂はオートなので全く関係ない。ただボタンを押しているだけなのに睨まれるのは、本当に納得できない。そろそろ文句を言ってやろうか。
「九月にカフェで待ち合わせになったよ」
「分かりました」
伊織は海を見たことがない。いい機会だと思うのは、依頼人に失礼だと分かってはいるが。
(少しだけ楽しみだ)




