第十話 体質
八月
本格的な猛暑がやってきた。
夏に何の魅力も感じないタイプの伊織は、自室の椅子に座ってただぼーっとしている。
エアコンをこれでもかと効かせた部屋にいるのに、ジリジリと太陽に焼かれるアスファルトが窓から見えると、何故か体が暑いと訴えてくる。
こんな日に、なんと鷲見はパン屋に新作を買いに行った。あの人のパンへの熱量は、夏の暑さも超えるようだ。
(浬のアイス奪ってやろうか)
この家の冷凍庫には、浬のために常にアイスがストックされている。どうせ沢山あるのだから、一つくらい貰ってもいいだろう。
伊織は自室を出てキッチンへ行き、冷凍庫を開ける。相変わらず種類豊富だ。アイスなら何でもいいのだろうか。
「何してる」
「わああっ」
突然話しかけられて思わず変な声が出てしまった。冷凍庫を一度閉めて横を見ると、無表情の浬が立っていた。
(これはまずいか?)
言い訳しようにも、完全に見られていたので通用しないだろう。相手はどんどんこちらに近づいてくる。
キレられるかと思ったが、浬は冷凍庫からカップアイスを取ってそのままリビングに行った。伊織とすれ違う時に「好きなの食え」と言って。
鷲見が浬を紹介した時に優しいと言っていたのを少し疑っていたが、本当に優しいところもあるのかもしれない。伊織はお言葉に甘えて、棒アイスをいただくことにした。リビングで横に座らせてもらう。
「なあ、聞きたいことあるんだけど」
「何?」
今日は鷲見がいない。今のうちに、気になっていることを浬に聞いてみることにする。
「浬は、鷲見さんに真意読取使ったことあるか?」
浬はスプーンをピタッと止めて、少しためらいながら答える。
「……あるけど、あの人に基礎能力は使えない」
「使えない?」
「京斗さんは特異な体質らしい。能力とかじゃなくて、体質として『基礎能力無効化』ってのを持ってる。おまけに、無効にしている能力の判別もできるらしい。これもあの人の強さだよな」
伊織は目を丸くする。そんなことがありえるのか。
(いや、経験してるな)
出会った時に伊織の能力が感情感知だと当てられた理由を本人はなんとなくと言っていたが、それはこの体質によるものだったと考えると辻褄が合う。色々と混乱していたのもあり、鷲見にも不意発動していたとは気がつかなかった。
ただ、基礎能力無効化ということは開花能力は防げないのだろう。戦えば、傷はつく。
「急に聞いてきてどうした?」
「この前の依頼の時に不意発動しちゃったんだけど、鷲見さんの影が見えなかったからさ」
「ああ、なるほど」
浬が小突いてきたおかげで、鷲見に気を取られていた伊織は使用をやめられたのだ。あれは素直に助かった。
「あの時よりは安定してるだろうけど気をつけろよ。あと、意図的な使用もここではあまり好まれないからやめた方がいい。悪意が無かったとしてもだ」
「分かった」
浬はカップに口をつけて溶けたアイスを飲むように傾けると、立ち上がってスプーンを洗いに行く。
ついでにゴミを捨ててきてくれと渡すと、不満そうだが受け取ってくれた。これは優しいかもしれない。
「鷲見さんは基礎能力を使わないけど、不意発動もしたことないのかな。てか記憶採取って意図的に使う時は記憶選んでるだろうけど、不意発動はどうなるんだろ」
「見せられる記憶は勝手に選ばれるらしい。不意発動した洞観者がそのとき思っていることや、その場の状況に関連するものが優先されるって聞いた。京斗さんの不意発動に関しては俺も見たことないな。あの人は余程のことがない限り、不意発動なんて起こさないと思う」
不意発動は洞観者の心に影響されて起こるものなので、本人のメンタルの強さによって起こりやすさには大きな個人差が生まれる。
麦茶の入ったコップを二つ持って戻ってきた浬が、片方を伊織の前のローテーブルに置いたのを見逃さなかった。やはり優しいかもしれない。
「さっきの話だけど、悪意なしの使用も好まれないっていうのは鷲見さんが能力嫌いってことなのか?」
「多分だけど、基礎能力を良く思ってないんだと思う。俺も京斗さんについては知らないことの方が多いから、詳しくは分からん。それこそ真意読取を使うわけにもいかないし、そもそも使えないしな。あの人はあまり自分のことを話さないけど、だったら無理に聞くのも違う。変に考えすぎない方がいいと思うぞ。少なくとも俺はめちゃくちゃいい人だと思ってるし、尊敬してる。……たまにムカつくけど」
浬の言う通りだ。洞観者だと忘れがちになるが、普通は相手が明かさない限りその人の内面を知ることなどできない。明かさないのには必ず理由がある。その壁を破られるから、否観者は洞観者を嫌って避ける。
深刻そうな顔をする伊織を見かねてか、浬はチラッと伊織を見て言う。
「代わりにどうでもいいこと教える」
「え?」
「京斗さんは元々保育士になるつもりだったらしい。そのために短大も出てる」
「え⁉︎」
驚きはしたが、伊織は段々納得する。鷲見が可愛らしいエプロンを着て子供たちの相手をしている様子が、容易に目に浮かぶからだ。
「あと実家が金持ち。もう今は手を引いたらしいけど、昔は大企業の経営をしてたんだよ」
「……まじ?」
これも段々納得した。鷲見はたまに金遣いが荒いということに、最近気が付いたのだ。
「実家といっても、正確には京斗さんの祖父母らしいけどな」
依頼人が必ず願い出るので気持ち程度の報酬は受け取っているが、三人が生活できるような額ではない。それでもこうやって生活できているのは、鷲見の祖父母が支援してくれているおかげのようだ。
「そういえば、魔法はどうなった」
「色々試してみたよ。治療と多分攻撃もいける。手からバッて撃てる感じ。鷲見さんにも話した」
「バッ……?」
開花能力が分かった日から、どんな魔法が使えるかを自室で何度か試してみた。魔法といっても属性は火、雷、氷だけのようだ。しかしこれが中々上手く使えない。部屋を壊しでもしたら今度ばかりは家無しになってしまうので、気をつけなければ。
(昨日壁紙焦がしたとは言えない)
さらに防御としてバリアも張れたのだが、これに関しては一瞬しか張れなかった。使うとしたら、ほとんど反射神経勝負になる。
使用上限を表しているペンダントの液体については、伊織が寝た分だけ回復すると判明した。
「……例えばどんなのが使えるんだ?」
浬が目を泳がせながら聞いてくる。
「かっこよさそうだったから、とりあえず火と雷を試したけどいけた。あとは氷だな」
「ガキかよ」
ギリギリだが伊織もまだ十代だ。男子の好みはいつまで経っても変わらない。
「バリアも張れたぞ」
「ガキの鬼ごっこかよ」
「なんだよさっきから。バカにしてんのか?」
そっちから聞いておいて子供呼ばわりとは。「別にそんな興味ないですけど」みたいな雰囲気を出しているが、浬だって伊織と変わらないだろう。
二人の視線がぶつかり、その間に見えない稲妻が走る。
「ただいまー! いやー、今日は本当に暑いね! チョコ系のパンは諦めるしかなかったよ。これだから夏は駄目だ!」
鷲見が帰ってきて、リビングのドアを勢いよく開けながら入ってきた。
「……何この状況。違う意味で熱くない?」
まだまだ若い二人に鷲見は欠かせなかったようだ。




