第八話 魔法
「使う? これをですか?」
「そう。とりあえず浬の前まで行って、片手でも両手でもいいから手のひらを浬の傷に向けてみて」
訳が分からないが、鷲見は何かやりたいことがあるようなので指示に従う。椅子に座っている浬の前に行き、傷に向けて右手を伸ばす。
「あの、これはどういう……」
浬もよく分かっていないようだ。困惑した表情を見せている。
「うん、そんな感じでいいよ。じゃあそのまま『治れー』って念じてごらん」
「は……?」
「京斗さん、ふざけないでください」
「え? ふざけてなんかいないよ。はい! どうぞ」
何を言ってもやらなければ鷲見の気が済まなそうなので、少し恥ずかしいがやってみるしかない。
(治れー?)
伊織が念じると、手のひらから緑色の光が放たれた。そしてそれは浬の傷口へと伸びる。
「おー! すごいね!」
鷲見は目を輝かせてはしゃいでいるが、他二人はとんでもない光景を見ているようで言葉も出ない。
これは一体、何が起きているのだろうか。
少しすると光は消えたが、その瞬間伊織と浬はハッと息を呑んだ。
浬の傷が、治っている。
「すごいねー!」
鷲見は二人と違って言葉を発している代わりに、語彙力が低下している。
「えっと……鷲見さんこれは……?」
「僕も実際に見るのは初めてだよ! これは伊織の開花能力だね」
(俺の開花能力? いつ開花なんか——)
ふと思い出す。輩に暴力を振るわれていた時の、糸が切れたようなあの感覚。あれがもしかして、開花の瞬間だったのか。
「でも、鷲見さんは開花能力は戦闘向きだって言ってましたよね」
「この開花能力の使い方はこれだけじゃない。ちゃんと戦闘向きだよ。伊織はとても珍しい能力を開花させたんだ——魔法というね」
「は!?」
「魔法!?」
思わず大きな声が出てしまった。
この世に様々な能力はあれど、魔法は少し別物な気がする。実在するものなのか。
固まる二人をよそに鷲見は話を続ける。
「あの日僕が伊織を見つけた時、君は既にペンダントを首から下げていた。本当にびっくりしたよ。まさかコンビニで魔法使いに巡り合えるなんて、思ってもみなかった。いま伊織が使ったのは治療の魔法だね。あの時、暴力を受けたはずの伊織の傷がいつの間にか治っていたのも、君自身の力によるものだよ。無意識に自分を守ったんだ。僕も分からないことは多いけど、きっと他にも色んな魔法が使えると思うよ」
「じゃあ、俺も戦えるんですか?」
「もちろん! これから攻撃にも使える魔法を会得していけばいい。他の開花能力と違って、練習は必要かもしれないけどね」
(二人の力になれる)
今日みたいに、ただ見ているだけなのはもうごめんだ。
「無意識に使えるくらいだし、頑張れば『治れー』も必要なくなるんじゃないかな。パッと使えたらかっこいいよね……!」
誰かに聞かれるわけでもないのだが、念じるのはなんだか恥ずかしい。あとダサい。これは嬉しい情報だ。
鷲見がずいっと伊織に近づいてきて、ペンダントをじっと見つめている。
「この砂時計みたいなのに入っている液体が、伊織が使える魔法の限界を目に見えるようにしたものみたいだね。流石に使い放題とはいかないか」
伊織もペンダントを掴んで、自分の目線に持ってくる。砂時計のような形の上側に沢山の液体が入っているが、よく見ると下側にも少しだけ溜まっている。
魔法を使うと、ぽたぽたと下へ落ちていくのだろう。
そうして全ての液が下に落ちたら、おそらく魔法は使えなくなる。
「魔法が開花するのはどれくらい珍しいんでしょうか」
「どうだろうね。——僕は伊織以外だと、一人しか知らないかな」
「俺は会ったことないな。初めて見た」
伊織は鷲見の様子が少し気になった。いつも必ず相手の目を見て話している鷲見が、今の会話では視線を逸らしてきたのだ。
「よし! 伊織、帰ったら豪華なご飯でも食べよう。開花しないに越した事はないけど、珍しい能力だからとプラスに捉えてみるのもいいかもしれない」
鷲見がガシッと肩を組んできた。
「流石に大袈裟な気がしますけど……」
「そうかな。こういうちょっとしたイベントまで大切にすると、結構人生って楽しくなるものだよ?」
これは本当にやることになりそうだ。
***
夜
「ア゛アッツウ゛ッッッ!!!」
突然の叫び声に、スマホを見ていた伊織と鷲見は目を丸くして顔を上げた。バタバタと物音がした後、バスルームから浬が鬼の形相で顔だけ覗かせる。
「おい藍川ふざけんな! なんだこの風呂の温度!」
(あっ)
伊織は思い出す。風呂に湯を張っている時に鷲見に呼ばれたのだが、その時はまだ熱湯の蛇口だけ回していたところだった。
オーバーフローのおかげで溢れはしなかったが、代わりに熱湯風呂が完成したようだ。
「鷲見さんが呼ぶから」
「え、僕のせいなの?」
「京斗さん」
「……僕のせい?」




