第七話 鷲と鷹
果音を含む三人は、鷲見の指示通りその場から急いで動き出す。伊織が振り返って見ると、先程いた辺りの地面に矢が刺さっていた。
そしていつの間にか、空いていなかったベンチからも人がいなくなっている。否観者は、洞観者同士の争いに巻き込まれたくないからだ。
「藍川、こっちに寄れ。お前戦闘能力ないだろ。皐月さんもこっちに来てください」
そう言って浬が手招きする。
「……鷹機関の襲撃か」
鷲見は伊織たちより少し前に立つ。気が付けば、出会った時に見た猛禽類のような鋭い目をしていた。そしてその目は、とても遠くを睨んでいる。声もどこか冷たい。
「そこの看板、低木、ゴミ箱、さっさと出てこい」
鷲見がそう言うと、睨んでいた先からどんどん人が出てきた。
「この距離でも気づかれちゃうのね。さすが鷲さん、目がよろしいこと」
集団を率いている女が、手をひらひらさせながら皮肉を言う。
「それはどうも。それで、こんなところに何の用が?」
「鷲さんったら、この前ずいぶん暴れてくれたじゃない? あの使えない下っ端どもがこっそり教えてくれたのよ。『鷲を見つけた』ってね。もう嬉しくって、上に確認もせずに来ちゃった」
「へえ、そいつは怒られそうだな」
女が言っているのは、鷲見が伊織を助けてくれた時のことだろう。そしてあいつらは、目の前にいる奴の仲間だった。
鷲見はあの時、殺していなかったのか。
「……浬、あいつが言ってる『鷲』ってなんのことだ?鷲見さんが言った『鷹機関』っていうのは?」
分からないことを全て隣にいる浬に聞いてみる。弓を出しているので、戦うつもりのようだ。
「『鷲』は京斗さんの異名だ。京斗さんは剣術の腕が並外れてて、めっちゃ強いんだよ。あと今みたいな目つきと視力の良さも関係してると思う。あっちはこの姿しか見たことないからな」
「へえ……」
伊織が思っていた以上に鷲見は凄い人のようだ。
浬は続けて話す。
「『鷹機関』はあいつらが所属している組織だ。トップが『鷹』って呼ばれてる。京斗さんは文句言ってるけど、あっちも俺らを『鷲機関』って呼んでるらしい。俺たちは鷹機関と長い間敵対しているが、細かい話はまた後だ」
***
伊織と浬による質問会の裏では、鷲見と女の挑発が続いていた。
「それで、これだけの人数で僕を狩りにきたわけ? お前ら甘いな」
「そっちこそ甘く見ないでもらえるかしら? お前たち、早いとこ終わらせるわよ。……やっちまいな」
女が指示すると、周りにいる奴らが一斉に襲いかかってきた。鷲見はその攻撃を軽々と避けて刀を出し、どんどん相手を斬っていくが。
(一人も殺していない)
伊織は鷲見を観察していたが、それどころではなかった。相手がこちらにも向かってきている。
「浬! 皐月さんと伊織を守るんだ。できるね?」
「はい」
「僕はこの女をやるから、残りは任せる。そこから全員狙って」
浬は相手と距離を取りながら、一人ずつ確実に矢を当てていく。反撃されても颯爽と矢を避けている。
「あの……これは大丈夫なんでしょうか」
果音が不安そうな顔をして伊織に尋ねてくる。これが普通の反応だ。
「すみません、俺もまだ詳しくなくて。でも必ず二人がなんとかしてくれると思うので、皐月さんは落ち着いて、このまま守ってもらいましょう」
果音は無言で頷いた。
***
刀がぶつかる高い金属音が、昼間の公園に響きわたる。
「幹部が口を揃えて『鷲とは誰も戦えない』とか言ってたけど大嘘ね。全然いけるじゃない」
女はニヤリと笑っている。
「ふあぁ〜……失礼、昨日あまり寝れなかったもんで」
そんな女を気にもとめず、鷲見はのんきにあくびをする。上品に手で口元を隠し、女の力任せな刀を片手で受け止めながら。
「どうしたの鷲さん、やっぱり私を甘く見てたんじゃない?」
「ハッ、なわけないでしょ。昨日寝れなかったって言ったの聞こえなかった? 相手にならないから眠気覚ましに付き合ってもらってるんだよ」
鷲見も女と共に笑う。相手を嘲笑うような、悪い笑み。そして隙をついて、先程の言葉を証明するように、いとも簡単に女の横腹を斬った。殺さない程度に。
「……噓でしょ?」
鷲見からすれば、この女は足元にも及ばない。
勝敗は呆気なく決まった。
「浬、そっちはどう——」
刀を振って血を落とすと、鷲見は浬たちの方を見て青ざめる。急いで刀をしまい、三人のもとへ走る。
浬が、斬られている。
敵は全員片付けたようだが、浬は左肩から臍のあたりまでばっさりと斬られ、両膝を地につけている。伊織がハンカチで圧迫しているがサイズが小さすぎて追いついていない。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
近づくと、浬の横で果音が震えていた。ひたすら謝り続けている。
「……伊織、何があったの?」
鷲見は冷静に状況を整理する。周りの人を焦らせないように、落ち着いた声で。
「浬が、皐月さんを庇いました」
伊織は簡単に説明するが、強い無力感に襲われていた。自分が戦えたら、こうはならなかったかもしれない。
「皐月さんは……悪くありません。俺が……近づいてきた剣術使いに……気づかなかった……から……」
浬が掠れた声で詳細を話す。
体でも言葉でも果音を庇う。
「皐月さん、大丈夫ですよ。僕が離れていたのも悪かったです。浬は皐月さんを守るために戦っていたので、あなたは何も悪くないです。大丈夫」
果音の目が光っている。不意発動だ。
鷲見は果音の背中に手を添えると、優しく声をかけ続けて落ち着かせる。目の前で人が斬られる衝撃は伊織も体験したが、斬られたのが自分を庇った人となると、これだけ動揺するのも当然だ。
***
しばらくすると、浬の出血はなんとか落ち着いた。
見た目の割にあまり傷は深くなかったようだ。そのおかげもあり、果音の様子もだんだん戻っていった。
空はすっかり茜色に染まっている。
「日も暮れてきましたし、そろそろ解散しましょうか。浬はこちらでちゃんと手当てします」
「助けていただき、本当にありがとうございました」
「本当に、絶対に、一切気にしないでください」
浬は果音を安心させようと、畳み掛けるように念を押す。しつこいほどだが、自責しやすい彼女には強く訴えかけたいのだろう。
「……はい」
浬があまりに必死そうに言うので、果音も少し頬を緩ませた。そしてそのまま、公園の出口に向かって歩き出す。
「何かあったらまた連絡くださいねー!」
鷲見が呼びかけると、果音は振り返っておじぎをした。
「鷲見さん、トドメささなくていいんですか」
果音が離れたのを確認して伊織が聞く。
「うん。僕は人を殺したりしない」
「それは……何か理由があるんですか」
「そうだね。誰かのためでもあるし、自分のためでもある。でも、僕が勝手に約束しているだけかな」
そう言って細められた鷲見の目が、笑っているのかどうかも伊織には分からなかった。
***
三人はホテルに戻ってきた。
「浬、怪我大丈夫そうかな」
「そんなに深くないですし、放っておいたら治ると思います」
「それを? 放っておいたら?」
鷲見は冷やしておいた無料サービスの水をコップに注ぐ。こういう時、ペットボトルに口はつけないタイプのようだ。
何か考えているのか、コップから視線が外れている。
「京斗さん、溢れます」
「おっと危ない。失礼失礼」
慌ててペットボトルの角度を戻しキャップを閉めると、鷲見は風呂に湯を張りに行っている伊織を呼ぶ。
「伊織、ちょっと来てもらってもいいかな?」
「すぐ行きます」
「僕と初めて会った日のペンダントのこと、覚えてる?」
そういえばそんなこともあったなと伊織は思い出す。
「はい、覚えてます」
「砂時計みたいなのを握った時と同じ感じで、胸の辺りで手をぎゅっと握ってみてほしいな」
「今ですか?」
「今です」
伊織は言われた通りに、手を胸の前で握る。
すると、あの時のペンダントが手の中に現れた。
「伊織、それを使ってみようか」




