第五話 開花能力
テーブルを挟んだ向かい側に立つ鷲見の手には、昨日見たあの刀が握られている。
「不思議でしょう? これは『開花能力』というもので、開花させた人のことは『開花人』と言うんだ。そして、さっき浬が言った『基礎能力』は伊織もよく知る三種類の能力のこと。はい、危ないからしまおうね」
鷲見が取り出した位置と同じ場所に持っていくと、刀は自然と消滅した。
開花能力とやらを使っても、目は光っていなかった。基礎能力とは違って能力が可視化されるからかもしれない。
「僕は剣術だけど、浬はまた違うんだ。浬、見せてあげて」
浬も椅子から立ち上がると、鷲見とはまた違う動きを見せる。
左手を背中に回した瞬間、これもまた何かをかたどるように光が現れる。今度は弓のようだ。いつの間にか矢筒も背負っている。
「見ての通り、浬は弓術だよ。はーいしまってしまって」
鷲見に振り回されて、浬の表情から不満がにじみ出る。刀といい弓といい、急に物騒なものを見せられて伊織は唖然とした。
「……この開花能力というものは、誰でも持っているものなんですか」
「うん、洞観者は全員持っているよ。開花しないと使えないけどね。開花せずに一生を終える人もいるけど——それはとても幸せなことなんだ」
「え?」
言っていることがよく分からない。基礎能力は洞観者の人生を狂わすほど厄介なものだが、開花能力は言葉だけだと良いものに聞こえる。結局は名前だけで基礎能力と変わらないのだろうか。
「開花能力の開花条件は、洞観者が限界まで追い込まれること。追い込まれた洞観者が、自己防衛のために開花させる。それが開花能力だよ」
「限界まで追い込まれる……」
つまり、開花していないのは限界に至ったことがないから。それならば、確かに開花しないに越したことはない。
先程の鷲見の言葉を思い出す。開花していないのは、その人が幸せな証拠ということか。
「僕たちのを見て分かると思うけど、開花能力は戦闘向きなものがほとんどなんだ。剣術が一番多くて、次いで弓術だね。自分で開花させるから、ちゃんと自分に合った扱いやすいものになる。つまり、必ずその武器の才を持っているということ。自己防衛として開花するものだから、ちゃんと自分を守れるものでないとね」
自分の胸をぽんぽんと優しくたたいて鷲見は言う。
しかし、伊織は考える。鷲見からすれば武器は防衛のための物かもしれないが、開花能力を攻撃手段として使用する者もいるはずだ。そうなると、洞観者はどんどん悪い方向へ向かっているのではないか。
こちらの不安を無視するように、鷲見が手を挙げて大きな声を出す。
「さあ、突然ですがここで二人に聞きたいことがあります!」
「突然だな」
「だね」
この調子で今度は何を話すのだろう。そう思ったが、鷲見は再び真剣な顔に戻った。
ここまで話していて気が付く。鷲見は洞観者に関することには、普段とは見違えるほどに真剣かつ慎重になるのだと。何がこうさせているのかは分からないが。
「二人は洞観者として、今の世の中をどう思っているのかな。伊織、どう?」
「え? えっと……」
この偏見社会で洞観者として生きていれば正直不満しかないが、いざ話そうとすると言い淀んでしまう。自分のことだってほとんど話していない。
(何を言えば……)
チンッ。
頭を悩ませていると、突然部屋に響いた音が場の空気を壊す。あまりに急な展開に、率直な感想が思わず口からこぼれる。
「トースターの音……? なんで?」
誰もパンなんて焼いていない。
「……京斗さん、通知音変えてって何回言えばいいんですか」
「え、パンが焼けた音だよ? これほど幸せな音はないでしょ」
どうやら鷲見のスマホから聞こえた通知音らしい。これは余程のパン好きなようだが、通知音のチョイスとしては微妙だ。
「依頼だね。今回は大学生みたい。七月の末くらいに行こうと思うんだけど、二人は大丈夫そうかな?」
「大丈夫です」
「俺も」
二人の返事に頷くと、鷲見は立ち上がって三人分のマグカップを片付け始めた。
「今日はここまでにしよう。日帰りはちょっと大変だから、宿をとらないとね」
問いかけに困っていたので正直助かったが、そこからどういう話をしたかったのか疑問が残る形となった。
***
七月
「僕は今、窮地に立たされている。大ピンチだ」
鷲見がやけにシリアスに語っているここは、とあるホテルの一室だ。依頼のためにやって来たのだが、何故かこうなっている。
伊織と浬がベッドに座り、その前に立つ鷲見に見下ろされている形だ。
「なんでか分かる⁉︎」
アンケートを記入する用に置いてあったボールペンをマイクのように向けられる。
「なんのことでしょう」
浬がいつもの冷めた声で聞くと、鷲見はビシッと勢い良く二人の奥を指をさす。
「これだよ! なんでベッドが二つはくっついてて、一つだけ離れてるの?」
鷲見の言いたいことはよく分かる。確かにこれは不思議な配置だ。全てがシングルベッドではあるが、二つはくっついており、もう一つはそこから少し間をあけて置いてある。
「いやそもそもですよ。何が良くて男三人でこんな狭い部屋に泊まらないといけないんですか」
「伊織、今がどんな季節か分かってて言ってる? もう世の子供たちは夏休みだ。おまけにここは人気テーマパークの近くでしょ? もちろん広い部屋は取りたかったけど、僕が取る頃にはもう部屋が空いてなかったんだよ」
そこまで必死な理由が分からないが、鷲見は手を合わせて頼み込んでくる。
「二人とも、お願いだから僕に離れてる方をちょうだい」
「嫌です」「嫌です」
二人の声が揃う。それは誰でも離れている方を望むだろう。
「……君たちは自分の寝相の悪さを自覚していないの? 僕は二人より寝るのが遅いから、部屋の両サイドから壁にぶつかる音がよく聞こえてくるんだけど」
シェアハウスでの鷲見の部屋は、伊織と浬に挟まれた真ん中に位置する。どちらも鷲見の部屋側にベッドを置いているせいで、騒音被害を与えていたらしい。
「それを知ってて隣で寝るのはお断り! 二人で仲良く殴りあってくれると助かる」
「寝てるときに殴られて困るのは鷲見さんに限った話じゃないです。諦めてください」
「そうですよ。諦めてください」
浬が反論をしてくれたので、それに同意する。
「はあ、わかったよ……てことはじゃんけん大会だ! いくよ! じゃーんけーん——」
***
「伊織、暴力反対。いいね?」
「寝てる間は難しいかと。おやすみなさい」
「……おやすみ」




