第三話 同居人
少しして、二人はシェアハウスに辿り着いた。
「ここが僕たちの家だよ! 中々お洒落でしょ?」
目の前にある二階建ての建物を見上げる。現代らしくシンプルで、白い外壁の綺麗な一軒家だ。
ふと玄関ドアの横を見ると「鷲見洞観者支援チーム」と書かれた小さな看板を見つけた。
これも気にはなるが、それ以前に横にいる鷲見が急にジャンプをしたり、服をひらひらさせたりと忙しない。
どうやら鍵をどこに入れたか忘れたらしい。スマホさえあればコンビニくらい買い物は出来るとのことで、カバンも持っていない。ジャンプをして落ちてきたのも、くしゃくしゃになったレシートだけだ。
困ったように眉を下げる鷲見と目が合う。
「……もしかして伊織が持ってたりする?」
「いや、なんでそうなるんですか。アイス以外は何も受け取ってないですよ」
この家の存在すら知ったばかりの人間だ。流石にそれは無理がある。
結局、鍵は鷲見のデニムのウォッチポケットに入っていた。前側のポケットにある、さらに小さいあのポケットだ。サイズ感がちょうどよかったとのことだが、そこを使う人は初めて見た。
「さあ、どうぞ」
鷲見がドアの鍵を開けて、伊織を先に通す。
「左の引き戸からリビングに入れるよ」
リビングに入って部屋を見渡す。物も片付いていて綺麗な部屋だ。視線を右に向けると、ダイニングとキッチンも直線でひと繋ぎの構造になっていることが分かる。
全体的に物が少なく、家具も白と黒で統一されていてとてもシンプルだ。
「どう? ここが君の新居だよ」
鷲見が後ろからひょこっと顔をのぞかせる。
「鷲見さんは部屋が散らかっているタイプだと思ってました」
「……まあ、間違ってはないね。ここが綺麗なのは浬のおかげなんだ。でも僕の自室も散らかってるというよりは物が多い感じだから、そう酷いものではないよ?」
気まずそうに目を逸らしながら、鷲見は買ってきたアイスを冷凍庫にしまおうとキッチンへ向かう。そしてごまかすように話を切り替えた。
「それより! そんな頼れる浬に伊織を紹介しないとね!」
「そうですね」
「ここにいないなら浬は二階の自室にいると思うから、伊織はソファにでも座って待ってて!」
アイスを全てしまって鷲見が部屋を去ると、周りが一気に静かになった。あの人がいかに騒がしかったかがよく分かる。
ソファに座ると、テレビボードの上に置いてある写真が目についた。満面の笑みでピースする鷲見と、隣でムスッとしているのは例の浬という人だろうか。この家の前で撮ったようだ。
鷲見京斗は掴みどころがない人だ。子供のようにニコニコしていると思えば、怖さをも感じる真剣な目もする。
伊織をここに連れてきたのも何か理由があるのかもしれない。今になって、本当に付いてきて良かったのか不安になってきた。
(でも、命を助けてもらった恩は返さないといけないよな)
考えても全て今更だ。諦めて、久しぶりに座るソファの心地よさに感動しながら二人が来るのを待った。
***
ドアの開く音がして振り返ると、部屋に入ってきた鷲見の横には、つり目で凛々しい顔立ちの青年が立っていた。紫黒のウルフヘアが菫色の目に深みをもたらしている。
鷲見と見比べたところ、身長では浬に勝てそうにない。
「浬、彼が新メンバーの藍川伊織くんだよ! 能力は感情感知。そして伊織、こちらが氷室浬くん。能力は真意読取。僕とは実家が近かったんだ。なんと君たち同い年だよ!」
鷲見の明るい声が部屋に響くが、横の浬はどう見ても眠そうにしている。寝ているところを起こしてしまったらしい。そこまでして今日紹介をしなくても良かった気はするが、もう手遅れなので軽めに挨拶だけする。
「よろしくお願いします。氷室さん」
「よろしく。浬でいい。敬語もいらない」
浬は表情一つ変えずに淡々と話す。
「ご覧の通り、浬はクールな感じでね。でもとても優しいよ!」
(優しいのか……?)
「じゃあ、もう夜も遅いから今日はこれだけにして、また明日色々話そうか。伊織、君の部屋に案内するよ。あ、その前に」
鷲見はテレビボードの棚からメモ用紙とペンを持ってくる。
「伊織の部屋だと分かるように、ドアに貼っておく紙を作ろう!」
それは自分の部屋を手に入れた小学生が嬉しくてやることではないのか。本当に必要なのか。
「……鷲見さん、字めっちゃ綺麗ですね」
「ほんと? ありがとう!——恩師のおかげなんだ」
子供のように楽しそうな目が優しく細められる。その様子から、その恩師にどれだけ敬愛の念を抱いているかが伺える。
手書きお名前貼り紙を書き終えると、鷲見は「付いてきて」と歩き始めた。リビングから出て、左にある階段を上っていく。
二階に上がると、一番奥の部屋に案内された。
「来客用だったからひと通り家具は揃ってると思うけど、何かあったら遠慮せず言ってね」
「ありがとうございます」
一階のようなとてもシンプルな部屋だ。ベッドに棚、机と椅子。ベッドサイドには、お洒落なスタンドライトが置いてある。
このままで何も問題はない。なかったはずの家が出来ただけで十分だ。
「お風呂もトイレも一階。服はとりあえず着れそうなのを適当に選んで置いておくね」
簡単に説明をすると、鷲見は一階へ下りていった。
真っ直ぐベッドに向かい、そのまま倒れて沈み込む。一気に疲労感が襲ってきた。
(すごい一日だったな)
家を失い、目の前で人が斬られ、見知らぬ人に拾われた。一日で経験するには濃すぎるものばかりだ。
高級感漂うマットレスの心地よさにだんだんと瞼が重くなってきたが、流石にシェアハウス一日目で風呂に入らないのは気が引けるので、疲労で重い体を何とか起こして浴室に向かった。




