第二話 新居決定
警戒していたところに随分と軽い返事をされて拍子抜けした。そんな伊織を横目に、鷲見は戦う前に置いてきたレジ袋を取りに行く。
「好きなのどうぞ!」
袋の中を見せてきたので覗いてみると、大量のアイスが入っていた。棒アイス、カップアイス、氷菓まであって種類豊富だ。
「……いいんですか」
「もちろん! あ、スプーンもらってくるの忘れちゃった。ごめんね、カップアイスは諦めて」
鷲見はニコニコと笑う。そんな顔をされては断りづらいので、遠慮なくいただくことにする。
(どれにしようか)
「うーん。でもこれだったら外の紙が硬そうだから、もしかしたらスプーン作れるかもしれないね」
カップアイスの一つを指さして鷲見が言う。何故そこまでして推してくるんだ。
「じゃあ、これにします」
「えっ」
伊織はアイスキャンディーを選んだ。何か聞こえた気がするが、気にしないことにする。言われた通り好きなのを選んだだけだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
アイスを渡すと鷲見は先ほど話していたカップアイスを袋から取り出して、本当にスプーンを作り始めた。あれだけ推してきた理由はただの好みだったらしい。
「伊織くんはこの辺に住んでるの?」
「……住んでました」
鷲見の質問に答えつつ、アイスの角を齧る。氷菓だからか、放置された時間の割に溶けていなかった。
ひんやりとした甘さが、夏の外に長時間さらされていた体に染み渡る。
「引っ越したとか? 車や自転車で来た感じではないよね」
もちろん、そんなものを持っているわけがない。
持っているものといったら、現代に染まりすぎたせいで手放せなかった古いスマホだけだ。それもバッテリーの持ちが最悪なので、正直使い物にならない。
横でスプーン作りに苦戦している鷲見が気になるが、聞かれたからには答えないと失礼な気がして、とりあえず話を進める。
「家はもう無いです。金がなくなったので家賃払えなくて。今日の昼の話です」
「なるほど。それでとりあえずコンビニにいたんだね」
歪だがスプーンらしきものを完成させた鷲見はなんとかアイスを口に運ぶと、何かを考えるように空を見上げる。
「君、うちに来ない?」
「え?」
突然こちらを見たかと思えば、突拍子もない提案をしてきた。
「僕が住んでるところ、シェアハウスなんだよね! 僕ともう一人しかいないけど。もちろん食事つきだよ! どう?」
「どうと言われても、俺何かあっても金出せないですよ?」
「大丈夫! 代わりにやってもらいたいことがあるから」
いや待て、伊織はある日を境にもう人を信じないと決めたのだ。関わる気もない。しかしこのまま野垂れ死ぬのも面倒なことになりそうなので、それはそれで困る。
これらを天秤にかけて、伊織が選んだのは——
「……知らない人には付いて行っちゃいけないんで」
「え、伊織くんって小学生?」
「冗談ですよ。すみません、お世話になります」
「お! 来る? やったー!」
代わりにやってもらいたいことは気になるが、今はまともな生活ほど欲しているものはない。
「うわ! アイス服に垂れた! そっか戦ってるとき置きっぱだったもんね……溶けるよね……」
ぱあっと満面の笑みで喜んだと思ったら、すぐにしゅんとしている。そんな鷲見の方が、ずっと小学生に見えた。
***
アイスを食べ終わり、二人は鷲見が暮らしているというシェアハウスへ向かう。
「どうしよう、全部ドロドロだよね」
「冷凍庫に入れちゃえば、なんとかなるんじゃないですか?」
「そうだね。でも、待っている人がいるんだ。固まるまでお預けになっちゃうな」
棒アイスの袋を触って、溶けているか確認しているようだがあまり触らないほうがいい気がする。
「それって、もう一人の?」
「そう。氷室浬って言うんだけど、浬はアイスが好きなんだ」
「なるほど、パシリですか」
「えっ。いや、そういうわけではないと思うよ。……多分。僕の方がずっとお兄さんだからね」
ふふん、と胸を張って歩き出す鷲見を見てふと思う。
「鷲見さんって何歳なんですか?」
整った顔のせいもあってか、年齢が全く読めない。伊織よりずいぶん背が高いのもあり、性格を置いておけばそれなりに大人らしくも見えるが。
「二十五だよ。伊織は?」
「十九です。鷲見さん、思ったより上ですね」
「失礼だなぁ。そこはお世辞でも、若く見えますねとかでいいと思うんだけどな」
年齢に反して子供らしい一面があることからそう答えたのだが、老けて見られたと解釈したらしい。
(でも、助けてくれた時は——)
戦っている時の所作や表情。目の前にいる人を見ていると疑わしくなるが、あの時は全てがこの上なくかっこよかった。
束の間のイケメン鷲見を頭に浮かべていると、残念なイケメン鷲見が顔を覗いてくる。
「さっき顔も結構殴られてたけど、もう治りかけているみたいだね。腫れがだいぶ引いてる」
「え?」
言われてみると、体のあちこちが痛んでいたのが先程と比べるとずいぶん楽だ。
鷲見が突然、真剣な顔をして尋ねる。
「その首に下げてるペンダントは君の物?」
視線を追って自分の胸元を見てみると、確かに首からペンダントを下げていた。瑠璃色で砂時計のような形をしているが、中身は砂ではなく液体に見える。
伊織は何も持っていなかったはずだ。それどころか、こんな高価そうなものを人生で手にしたことなんて一度もない。
「なんだ……これ」
鷲見は困惑する伊織を見て小さく頷き、何か確信したような顔をしている。
「じゃあ、その砂時計みたいなところを手で握ってみてもらってもいいかな」
何も分からないので、とりあえず言われた場所を右手で握る。すると、ペンダントは光って消滅した。
気がついたらその場にあり、そして消えている。伊織は似たような物を思い出す。
「鷲見さん」
「ん?」
「さっき戦っていた時に鷲見さんが持っていた刀も、これと同じなんですか」
「うん、そうだよ。でもこれについては、落ち着いてから詳しく話そうかな」




