第十七話 従姉の影
「年越しそばって何の意味があるんでしょうね」
大晦日の夕食、伊織は温かいそばを啜って浮かんだ疑問を口にする。
「長寿、縁切り、金運、健康……なんかサイトによって書いてること違うし、結局よく分かんないね」
伊織に聞かれて、鷲見がスマホで調べている。流石にそこまで博識ではないようだ。
「一つの料理にめっちゃ詰め込まれてますね」
「このサイトは薬味のネギの意味まで書いてあるよ。浬、入れといたら?」
「結構です」
「えー」
浬はネギが嫌いだ。鷲見はスマホを置いて、食事を再開する。今日は大晦日ということで、一段と食卓が豪華だ。
「明日初詣行こうと思うんだけど、みんなで行かない?」
「元旦なんて凄い人だと思いますけど……」
「元旦にしかない良さがあると思ってる」
いつも通り伊織が折れる形となり、明日の予定は初詣に行く事となった。
***
一月
電車に揺られ、有名神社の最寄り駅で一斉に人が降りていく。行き方を調べなくても流れに任せて歩くだけで目的地に着けるので、その点は楽だ。
人の熱気で寒さが和らぐほどの境内を何とか歩いて、鳥居の前でお辞儀をする。さらに歩いてようやく拝殿にたどり着いた。
(二礼二拍手一礼……)
来る途中、鷲見に教えてもらった。伊織にとって神社の参拝は慣れたものではない。そもそも来たことがないからだ。誰かと出かけること自体が、シェアハウスに来る前はなかった。
「さて、おみくじ引こう!」
三人それぞれ御籤箱を振り、出てきた棒の番号を授与所で伝える。そこから少し離れて、おみくじを開いた。
「末吉⁉︎」
「ここは凶とか無いらしいので、結果としては末吉が一番良くないですね」
「うそでしょー」
鷲見はがっくりと項垂れる。
「二人は?」
浬が小吉、伊織は中吉だった。
「なんかみんな微妙なところだったね」
帰り道、歩きながらおみくじの結果を話す。もちろん全員おみくじは結んできた。
「まあ、ただの運勢だと思えば気になりません」
「浬は相変わらずあっさりしてるね」
「心の持ちようとか言うじゃないですか。決まってる事ではないなら、変えられます」
「確かに。変えることがいっぱいだな」
「……そんなにあるものですかね?」
「うん、あるよ」
三人は再び人に揉まれながら駅へ行き、シェアハウスに帰った。
***
「浬ー、これ先生のとこに持って行ってくれない?」
何かというと、鷲見の祖父母から送られてきた和菓子詰め合わせの一部だ。遠坂さんは和菓子が好きらしく、おすそわけしたいらしい。
「分かりました。行ってきます」
遠坂さんの家までは歩いて行ける距離なので、浬が持っていくようだ。
鷲見はリビングの床に座って洗濯物を畳んでいる。伊織はお茶の入ったコップを持ってソファに座った。
「……鷲見さん、少し話してもいいですか」
「いいよ! 何でも言って!」
洗濯物を畳む手を止めて、鷲見はこちらを見る。
「結構前の話になっちゃうんですけど、皐月さんと会った時のことです」
皐月果音。両親に裏切られたことで人を信じられなくなり、壁を作って孤独を選んだ。
「鷲見さんは気づいてなかったと思うんですけど、俺あの時、感情感知使っちゃって……すみません」
以前の浬との会話で、鷲見が基礎能力をあまりよく思っていないことを知った。
「うん、いいよ。別に怒ったりなんてしないから気にしないで。それに僕は絶対に気がつくよ」
「あっ」
鷲見は基礎能力無効化によって、基礎能力の判別ができる。つまり、能力を使われていることも感覚的に分かるということだ。出会った時に似たようなことをやっていたのに、すっかり忘れていた。
「でもその様子だと、不意発動だったのかな。大丈夫? 何かあった?」
この人は本当によく人の話を聞いているし、話し相手を見ている。そして感覚が鋭い。
「えっと……なんというか、俺にちょっと似てたんですよ。皐月さんが」
「うん」
こちらが話そうとしなければ、これ以上は聞いてこない。しかし、伊織も前とは違う。鷲見に出会い、変わっていった。この人になら、自分について話すことが出来る。
「俺、親にほとんど放置されて育ったんです。早い段階で興味がなくなったみたいで。まあ、父親も母親も周囲に見栄を張るために、金だけは出してたんですけど。ちゃんと子育てしてるって見られたかったんでしょうね」
鷲見は無言で話を聞く。
「表に出る最低限の物だけ用意して、普段は少ない金を渡すだけ。それ以外は何もしない。俺は親が好きなように生活してるのを、目の前でただ見てました」
伊織はその少ない金で、一日一食しか食べない日もあった。コンビニでも、ちゃんとしたものを買おうとすると意外に高い。
鷲見が飲んでいたゼリー炭酸飲料のように、子供心に負けてたまに欲しいものを買ったこともあったが。
「そんな中、一人だけ俺を見てくれていた人がいたんです。八つ上の従姉なんですけど、その人が就職した時に『伊織が自立するまで支援してあげる』と言ってきました。ちょうどその頃、ついに親が金を渡してこなくなったんですよね。だから、俺はそれに縋った」
それからは、以前よりずっとマシなご飯が食べられるようになった。ちなみに成長期にそうあれたおかげで、ちゃんと身長も伸びてくれた。
でも、それは一時の幸せに過ぎなかった。
「十八で感情感知が発現して、従姉の影が見えるようになりました。そしたら、俺と一緒にいる時はずっと紫だったんです。どれだけ優しくても、どれだけ笑っていても」
紫は、嫌悪を表している。
「すぐに色の意味を調べました。思わず笑っちゃいましたよ。『ああ、この人も上っ面だけの人間だった』と。そして見事に、俺が洞観者だと知ったら露骨に態度を変えてきた」
『お前の親が押し付けて来たんだ』
『いい子ぶるのは、もううんざりだ』
『金を返せ』
ここぞとばかりに罵詈雑言を浴びせた後、勝手に満足して従姉は伊織から離れていった。
ここで、黙っていた鷲見が口を開く。
「それで、僕と出会った時みたいになったのかな」
「はい。本当に皐月さんと似ています。従姉に裏切られて誰も信じられなくなって、人と関わりたくなくなりました。……俺にとって、唯一頼れる存在でしたから。支援がなくなり金もない。外にも出ずに引きこもった。腹が減っても、昔と変わらないと思って気にしない」
「伊織は、この家に来て何か変われた?」
こういう時に人がよく言う同情の言葉を、鷲見は口に出さない。伊織もそれは求めていない。だから話しやすいのだろう。
「……そうですね。今こうやって鷲見さんと話せていることが、何よりの証拠になるんじゃないですか」
「そうだね。僕も伊織にとって信頼できる相手になれたのは嬉しいよ」
誰かに聞いてもらえたというだけで、意外と心は軽くなる。確かに、鷲見が言っていた通りだ。
人を拒絶していたのに、人に助けられた。考えてみれば不思議な話だが、伊織は確かにそれで変わることが出来た。
「鷲見さん、本当にありがとうございます」
「おお! 珍しく素直だね。どういたしまして!」
自覚があるかは分からないが、一人の人間を救った人物は嬉しそうに笑って、再び洗濯物を畳み始めた。




