第十六話 洞観者と「嘘」
翌日
三人は依頼人の実家だという建物を探している。
「あれじゃない?」
「どこですか」
「何も見えない」
前にも同じやり取りをした気がするが、ここまで来ると非常に役に立っているので気にしない。
鷲見を頼りに歩いて行くと、昔ながらの日本家屋があった。これが依頼人の実家なのだろう。引き戸の玄関の前に立ち、インターホンを鳴らす。
「はい」
筋肉質でがっしりとした体格の男性が引き戸を開けてくれた。短髪で、見るからに体育系だ。
「こんにちは。支援チームの鷲見京斗と申します」
前回の浬の蹴りを覚えていたのか、今回は正式名称を名乗っている。
「ああ、こんにちは。どうぞ上がってください。寒いでしょう」
男性は玄関の引き戸を開けると、伊織たちを中へ案内する。居間に入ると目の前には囲炉裏があった。
「囲炉裏があるお宅ですか! 素敵ですね」
珍しいものを前にして、鷲見が目をキラキラ輝かせている。確かに囲炉裏は、今では中々見ることができない。囲炉裏を売りにするカフェがあるほどだ。
「昔からある家なもので。でも、もうほとんど使っていません。ただのインテリアみたいなものですね」
火は着いていないが、せっかくあるならと四人で囲炉裏を囲うように座った。
「申し遅れました。私は阿久津謙吾と申します」
そう言うと、阿久津は名刺を取り出して三人に渡す。名刺を受け取って見てみると、名前と一緒に会社名や部署名、役職なども書かれていた。
「……就職されてるんですね」
浬も同じことを思ったようだ。
「はい、会社員をやっています」
天谷のことを思い出す。彼女は最初、洞観者だからと進学も就職も諦めていた。その後の鷲見との会話でも、洞観者にとってそれらは難関であると知った。
そして、安定していて能力の悪用もしない一部の人は、ほとんどが洞観者であることを隠していると。
それを踏まえて聞いてみる。
「もしかして、ずっと隠しているんですか」
「そうですね。今まで誰かに明かしたことはありません。両親にも、妻にも。全員否観者なので……」
「結婚していらっしゃるんですね」
これまで多くの洞観者と接してきたであろう鷲見も、流石に目を丸くしている。
「すごいよ。これが——」
鷲見が小さな声で呟いている。
なんだか、様子が少しおかしい。
確かに、これは大変珍しいことだ。就職をして、結婚までする。否観者の人生と、ほとんど変わらない。
もちろん洞観者も、それぞれ生きてきた道は違う。環境が良かったのか、阿久津のメンタルが強かったのか、そのどちらもか。少なくとも、これまでずっと能力を隠せていたのはとてもすごいことだ。
「鷲見さん?」
「……ああ! すみません、少し取り乱しましたね。失礼しました」
伊織が声をかけると、鷲見はいつもの様子に戻って話を再開した。
「阿久津さん、そんなあなたが僕たちに依頼してくるということは何か理由があるんですよね」
「……もうすぐ、娘が生まれるんです」
三人は阿久津の言葉に息を呑む。
「私が発現したのは、高三の時でした。記憶採取です。進学する気はなかったので、ちょうど就活している最中で。驚きはしましたけど、当時は割と軽い性格だったので『まあ、いっか』と変わらず生活していました。逆にそのおかげで気揺人にもならず、今に至ることが出来ているのかもしれません。ただ、これまで洞観者であることを隠すために、周りには沢山の嘘をつきました。今日だって、妻を一人にしないように両親と妻に嘘をついて一緒に出かけてもらっています。……大切な人たちを、ずっと騙しているんですよ」
話を聞く限り、阿久津は罪悪感に耐えられなくなってきたようだ。結婚をし、さらに父親になる。それぞれを節目に、少しだけ大人になる人もいる。彼はきっとそのタイプなのだろう。簡単に言うと、責任感が強い。
「阿久津さんは、どうしたいですか」
鷲見が阿久津をまっすぐ見据えて聞く。
「私は……」
阿久津は肩を震わせて俯いた顔を上げない。気持ちや思考の整理がつかない様子だ。
「生まれてくるお子さんに嘘をつきたくないんでしょう。周りの方への罪悪感も、もちろんあると思います。でも、あなたがこのタイミングで依頼をしたのはそういった理由ではないですか」
ハッと息を吸う音が聞こえた。次第に震える肩は落ち着き、力の入っていた手も緩む。
「……そう、なんだと思います」
「阿久津さんが怖がっているのは何でしょうか。周りが洞観者だと知って、あなたを避けるかもしれないこと? 嘘をつき続けて、もし将来お子さんにバレた時に、嫌われるかもしれないこと?」
こう言っているが、鷲見の口調は決して阿久津を責めるようなものではない。阿久津を見る目も、語り掛ける声も優しい。
「阿久津さん。あなたは自分自身を縛り付けていると僕は思います」
「……え?」
阿久津が上目遣いで鷲見のことを見る。
「あなたには、これまで作ってきた努力の結晶があるではありませんか。ご両親も奥様も、これまでずっとあなたを見てきた。『洞観者の阿久津さん』ではなく、『本来の阿久津さん』を。否観者が洞観者を嫌い避ける原因は、相手を知らずに固定観念で見ていることです。いわゆる偏見ですね」
「でも、ずっと嘘をついていて……」
「それは、本来の阿久津さんの優しさだと思います。ついていい嘘もあるって言うでしょう? 先程も言ったように、みなさんはあなたを見ています。知っています。その時点で、洞観者という事実が結晶を壊すことはありません」
阿久津はすっかり顔を上げて固まっている。
「ガキは気にする必要ないですよ。先入観にとらわれていなければ、考え方なんていくらでも変えられる。まっさらな赤ちゃんなんて最強だ。洞観者以前に、あなたは父親になれる」
「浬、言葉選びに気をつけようねー。ガキは良くないなぁ」
浬を横目で見ながら鷲見が指摘する。
「なんか……全部俺の思い込みだったんですね。これじゃ否観者と変わらないな」
そう言って、阿久津は眉を下げながら笑った。
「ありがとうございます。いろいろと気づかされました。自分が目を逸らしていたみたいですね。もっと周りを信じて、能力のことも話してみようと思います」
阿久津が姿勢を正して深々とお辞儀をする。鷲見もそれに応えるように、微笑みながら軽く頭を下げた。
***
「さて! せっかくだし食べ歩きでもして帰ろう!」
「転ばないでくださいねー」
阿久津と別れると、鷲見は軽い足取りで雪道を歩く。
その後ろで、伊織は先程の話を聞いていて浮かんだ一つの不安を口に出す。
「……阿久津さん、皐月さんみたいにならないといいですけど」
彼女の場合、洞観者になったことを両親に明かしたら「もう関わらないでくれ」と言われたという話だった。
鷲見が歩く速度を落として、伊織の横に並ぶ。
「これは少しの違いなんだけど『洞観者になりました』というのと『実は洞観者でした』では、明かされた側の受け取り方もまた変わってくるんだよね」
言われてみれば、確かに二人の状況は少し違う。
「パンが好きで、甘い物が苦手な人が『チョコレートが入っている』と言ってパンを渡された時、その人はそれをどうすると思う?」
「甘い物が苦手なら食べないと思います」
「じゃあ『何も入っていない』と嘘をついて渡されたら?」
「ただのパンとして食べるんじゃないですか」
「中に入っているのは、甘くないハイカカオチョコレートなんだけどね」
鷲見は何の話をしているのだろう。
気がつけば、浬まで横に並んで話を聞いていた。
「チョコレートが入っていると知って、甘いパンだと思い込んで食べない。甘くないなんて知らないから。洞観者になったと知って、能力を使われると思い込んで関わらない。使わない洞観者がいるなんて知らないから」
後半は果音の話だ。
「実はチョコレートが入っていたと言われた。でも甘くなかったし、パンが好きで食べたから気にならない。実は洞観者だと言われた。でも能力を使われたことは無いし、この人が好きだから気にならない」
こちらは阿久津のようだ。
「物事を知る順序って重要だよね」
「いつ知るかで、人ってこんなに考え方が変わってしまうんですね」
洞観者になった自分を見てもらうのと、ずっと洞観者だった自分を見てもらうのとでは、全く難易度が違うということだ。そしてきっと、パンを食べてもらっている阿久津なら大丈夫だろう。
伊織の不安も拭われ、鷲見の要望通り三人は食べ歩きをして帰った。




