第十五話 雪合戦
ようやくゲームを中断した鷲見は、首を痛そうにしながらスマホを取りに行った。画面の見過ぎだ。
「今回は三十代の男性からだね。どうやら気揺人というわけではなさそうだけど」
片手でメールを読み、顎に手を添えながら鷲見が内容を説明する。後ろではゲームのほんわかとした音楽が流れ続けている。
「そういう依頼も受けてるんですか?」
「もちろん。どんな依頼も断ることはないよ。気揺人でなくても大きな悩みやストレスがあるなら、そこから気揺人になってしまう可能性だってあるからね。洞観者にとって一番大切なのは、心の安定だ」
鷲見はスマホの代わりに再びゲーム機を手に持つ。それと同時に、風呂上がりの浬も部屋に入ってきた。
「お、浬。新しい依頼が来たよ。来月くらいに行くつもりだからよろしくね」
「分かりました」
浬は頷いた後、冷蔵庫に飲み物を取りに行った。ちなみに伊織は、浬が絶対に牛乳を選ぶという自信がある。
(ほらね)
予想通り牛乳をコップに注ぎ始めた。少し前だが、浬のこの習慣に気づき始めた頃に鷲見に聞いたことがあった。
***
「浬っていつも風呂上がりに牛乳飲んでますよね」
「ああ、あれはね……」
鷲見がニヤニヤ悪い顔をしている。これは浬をいじる時の顔だ。
「浬の身長聞いたことある? 言うわけないと思うけど」
「ないです」
「だよねー。彼一七九センチなんだけど、これだけで予想つくんじゃないかな?」
つまり、一八〇に届きたいということだろう。
「お子様だよねぇ浬も。身長のために牛乳を飲むのを試すのは、せめて中学生くらいまでだと思ってたよ」
「……鷲見さん、この件について浬には何も言わないようにしましょう。怖いので」
「えー」
***
といった感じだ。
そういうわけで、今もキッチンにいる浬に声をかける気はない。
(今回はどんな依頼だろ)
シェアハウスに来て、大体五カ月は経った。依頼も二回同行して、伊織も段々と支援チームとしての活動に慣れ始めている。
今までの依頼を頭の中で振り返っていると、ふと疑問が浮かんだ。
「鷲見さん」
「はーい」
ゲームを再開したところ悪いが、やりながら答えてもらおう。
「今まで俺が会った依頼人は、どちらも気揺人だったんですよね。皐月さんも言ってましたけど、どうして俺たちと話しているときに不意発動が起きなかったんでしょうか。天谷さんは涙も流してましたよね」
「うーん、そこって結構曖昧なところなんだよね。本人のメンタルの強さもあるから、個人差はあるし……。でも、依頼してくれる人たちはみんな『一人でたくさん悩んだけど、どうすればいいか分からない』みたいな状態だから、依頼してるんだと思う。だとすると、沢山悩んで一人で抱えてきたものを僕たちに話すことで、気持ちが解放されて少し楽になったりするんじゃないかな? 抱え込みすぎると人は潰れてしまう。そこから抜け出せたという安心感が、話している時の感情とかよりもずっと強いのかもしれないね。まあ、これは僕個人の見解だけど」
伊織には想像も出来ないところまで、鷲見は人の心を深く理解している。
「京斗さんの接し方や、かける言葉のおかげでもあると思いますよ」
牛乳を片手に持った浬も会話に混ざる。
「いやあ、ほんと? 照れちゃうなぁ」
鷲見は誤魔化すように、くねくねと変な動きをしだした。
「……気持ち悪い。さっきの取り消す」
「えー! ひどい!」
今度は頬を膨らませている。
(分かりやすい)
感情が豊かで大変分かりやすいので、仮に鷲見に能力が使えたとしても感情感知だけは必要なさそうだ。
***
十二月
依頼を翌日に控える伊織たちは、積もった雪の上を歩いて宿泊先の旅館に向かっている。
「雪だ! 二人とも! 雪だよ!」
「見ればわかります……ちょっ! 京斗さんそれはまじでやばいですやめてください」
しっかり積もった雪に飛び込もうとする鷲見の首根っこを、浬が子猫を掴むようにして捕まえる。
「えいっ」
鷲見が反抗するように、雪玉を浬に投げた。
「京斗さん!」
「浬が悪いんだよ! ちょっとくらいはしゃいだっていいじゃないか」
「ちょっとのレベルを超えてるからです!」
仕返しとでもいうように浬も鷲見に雪玉を投げるが、鷲見はそれを華麗に避けて浬を挑発している。
(そうだよねー)
鷲見は強い。つまり身体能力も高い。その才は、このふざけた雪合戦でも発揮されている。
しかしよく見ると、そもそも浬の雪玉が意味の分からない方向に飛んで行っている。これは相手の強さ以前の問題なのかもしれない。
冷めた目で目の前の喧嘩のようなものを見ていたが、流石に長いので止めに入る。
「はいはい、そこまでにしましょう。ほら、雪しっかりはらって! 旅館に持ち込んじゃだめです」
「お母さん?」
「違います」
鷲見の戯言を即否定し、伊織は二人を置いてスタスタと歩いて行く。
「待ってー!」
鷲見と浬は急いで雪をはらってそれを追いかけた。
夜
「枕投げしようよ!」
「嫌です」
「旅館に迷惑かけないでください」
「……二人ともつまんないよ」
鷲見は敷布団に大の字で寝転がる。二対一ではどうしようもないが、毎回この流れなので流石に可哀想になってきた。
「鷲見さん、さっき行ったコンビニでトランプを見かけました。買ってくるのでみんなでやりましょうか」
「え⁉︎ やりたい!」
「浬は?」
「トランプならいい」
「やったー! 二人ともありがとう!」
その後三人でババ抜き最弱決定戦が行われたが、何度やっても全て表情に出る鷲見が最弱となって終わった。




