第十八話 喧嘩
二月
鷲見は困っていた。何故困っているか。
「二人ともー、いい加減話してみなよー」
スーパーの菓子パン詰め放題から帰ってきたところ、伊織と浬が喧嘩をしたようでリビングの雰囲気が凄いことになっていた。
祖父母に頼ってばかりでは申し訳ないので、日常生活ではなるべく節約している。塵も積もれば山となる、詰め放題があれば行く。
ちなみに詰め放題といっても鷲見はパンを潰したくはないので、あまり欲張ってはこなかった。パン優先派と量優先派で見事に分かれており、隣の女性はぎゅうぎゅうに詰め込んでいた。あれではせっかくのふわふわが台無しだ。
いや、今はパンどころではない。
問題は目の前の二人だ。
(どうしたものか)
「藍川が開花能力使いました。あと感情感知も」
浬が先に口を開いてくれた。
「いや、浬だって真意読取使った」
鷲見は片手をおでこにつける。呆れてものが言えない。伊織に関しては、この前能力使用を謝ってきたばかりなのに。
「えっと、なんでそうなっちゃったのかな」
浬はあぐらをかいて片肘をつき、伊織は体育座りで丸くなっている。
「能力を一切使うなとまでは言わないけど、むやみな使用は控えようね……?」
「分かってますけど、こはくから借りてる漫画をこいつが凍らせたんですよ」
「あら、こはくちゃんと最近会ったんだ」
「こはく」とは浬の三つ下の妹のことだ。浬は両親と連絡すら取りあっていないが、妹とは仲がいいので親の目を盗んで会える時は会っているらしい。
浬が指さしている方を見ると、確かに氷の塊の中に漫画が入っていた。漫画が凍っているというより、氷が漫画を包んでいる。これは中々見ない光景だ。
そう簡単には会えない大切な妹から借りたのなら、この状態は浬も思うところがあるのだろう。
「これはどうしてこうなったの?」
伊織がチラッと漫画の方を見る。
「……ただ練習してただけです。近くに置いたみかんを少しだけ凍らせて、ついでに冷凍みかんとして食べようとした。そしたら、ちょっとミスっちゃってあんな感じに」
「ちょっとどころじゃねぇだろ。あんなんでどうやって食べるつもりだったんだか」
氷を砕いてやっと、といったところだろうが取り出すのは中々骨が折れそうだ。
「それで喧嘩?」
流石にそれはないと思いたい。
「いや、ここからです。こいつ、その後どうしたと思います? すげぇ勢いの火で塊を溶かそうとしたんですよ」
「ここまできたらそうするしかないだろ……小さい火はまだ簡単に出せないし」
「バカなのか? 家の中で気軽に火を出すやつがいるかよ。そもそも、あんなので燃やしでもしたら中身もきれいさっぱりに決まってるだろうが」
浬が段々ヒートアップしている。これはよろしくないので、一旦鷲見が会話に挟まる。
「じゃあ、そこからなんで基礎能力を使ったのかな」
とりあえず、それぞれの理由を聞く。
「浬が先に使いました」
「こいつがマジで溶かすつもりなのか分かんなかったから念のためです。何か別の物を燃やす気だったらやばいでしょ」
「溶かすって言ってただろ。俺がそんなことすると思ってんのか?」
「だから念のためだって。魔法は怖えんだよ。危ないんだから自覚しろって話」
「はいはい一回落ち着いて」
二人が立ち上がったと思ったら近づいて睨み合いだしたので、鷲見はとうとう物理的に間に入る。
「伊織はなんで基礎能力を使ったの?」
「……すみません。俺は不意発動です。浬がめっちゃキレてるから流石に動揺して、そのせいかと」
鷲見や浬ほど上手くコントロールできず、まだ不意発動を起こしやすいようだ。これは伊織を取り巻く環境を作っている鷲見の責任もあるので仕方ない。
「伊織、開花能力の練習を外でするのは否観者に見られるといけないから、家でやるのはいい。だけど、やり方には十分気を付けること。魔法は危ないからね。物を狙いたいなら、周りに何もないところに置いて行う。今回みたいに、誰かの大切なものを巻き込んではいけないよ。いい?」
「……分かりました」
「浬はもう少し伊織を信じてあげてね。漫画も僕が新しいのを買うから、それをこはくちゃんに返してあげるってことでいいかな?」
「……はい」
(まだまだ子供だねぇ)
普段から一転して、鷲見が大人らしく二人に振舞うという珍しい時間だった。
***
「鷲見さん、スマホ鳴ってますよ」
いつものトースターではない。電話のようだ。
「分かった、ちょっと出てくるから鍋を見ててくれる?」
流石の伊織も鍋の状態の良し悪しくらいは分かる、と思う。
(これは……やばいのか?)
中のスープが泡立ってどんどん上にのぼってきている。吹きこぼれだ。
「え⁉︎ どうすんのこれ!」
「何やってんだ藍川! 火止めろ!」
焦っている伊織に気が付いた浬が、キッチンに駆け込んできた。
言われた通り火を止めたが、コンロ周りがスープだらけになってしまった。伊織は呆然と立ち尽くす。
そこに電話を終えた鷲見が帰ってきた。
「京斗さん……こいつ、やりました」
「何を?」
鷲見がキッチンに来て状況を確認する。
「吹きこぼしちゃった? あらら、火がつかなくなってるね」
ガスコンロだと、吹きこぼした液体のせいで火がつかなくなることは結構ある。
「とにかく、掃除しようか」
「どこかの料理下手のせいで面倒なことに……」
「まあまあ、任せた僕も悪いよ」
ついでにキッチン全体を綺麗にしようということになり、三人で分担して掃除を始めた。
スポンジでシンクをこすりながら浬が聞く。
「京斗さん、さっきの電話はなんだったんですか」
「姉さんだよ。気になっている家族がいるから、その人たちに会ってほしいってさ」
「家族ですか」
「うん。親子共々、全員が洞観者らしいよ。気になるのは子供がまだ八歳で発現したばかりということだね」
「八歳……早いですね」
棚の整頓をしながら、伊織も話に加わる。
基本的に能力が発現するのは十代後半からだ。その家族の子供が小学生となると、相当早いことになる。
それよりも、鷲見に姉がいたことの方が気になるが。
「幼い子供の発現か。過去に一つだけ事例はあるけど……僕も今回は気になることが多いな。一応予定では三か月後、五月のゴールデンウィークに会うことになりそうだよ。結構先だけど姉さんも来たいらしくて、予定が中々合わないみたい」
「分かりました。それで大丈夫です」
「うん、よろしくね」




