第十二話 洞観者と「夢」
海沿いのお洒落なカフェで、伊織たちと鷲見を助けてくれた女性は涼しげな夏限定ドリンクと共に窓際の席に座っていた。
「改めて、みんな仲良くなイタッ……支援チームの鷲見京斗と申します」
みんな仲良くなろうの会と言いかけた鷲見の足を、机の下で浬が蹴った。クラゲに刺された方ではないところからはまだ優しさを感じる。
「氷室浬です」
「藍川伊織です」
「えっと……天谷涼寧といいます」
「よろしくお願いします。さっそくお話を伺ってもいいですか」
今の真面目な鷲見を見て「海ではしゃいだせいでクラゲに刺されたばかりの人」とは誰も思わないだろう。
「はい。私、高校の時に発現したんですけど意外と安定してて隠せてたんです。友達とは一緒にいたかったし、バイトもしていたので明かす気もなくて」
安定していたら不意発動してしまうことはない。つまり自分から使ったり話したりしなければ、洞観者だと知られることもない。
「でも、ずっとそうはいかない。バイトで大きなミスをしてしまって怒られた時に、怖くて不意発動を起こしてしまいました」
「天谷さんは、真意読取の洞観者でしたよね」
「そうです」
涼寧は目の前のジュースが入ったコップを見つめる。
「ずっと働いてたから最初は大目に見てくれたのか、バレて即クビとまではいかなかったんです。それに、洞観者だって分かってからも変わらず優しくしてくれた先輩もいました」
洞観者の味方をする否観者も、全くいないわけではない。実際に、遠坂さんは否観者だと鷲見が言っていた。
珍しいので簡単に出会えるものではないが。
「でも、ある日の不意発動でその先輩から聞こえたのが『全てはイメージアップのため』といった内容で。洞観者にも優しく出来る心の広い人だって、周りから評価されようとしていただけ。……先輩のこと、好きだったんですけどね。それから、心から味方をしてくれる人はもういないんだって嫌になって、バイトを辞めました」
「真意読取のきついとこですね。否観者は『盗み聞き』とかいいますけど、こっちからしたら知りたくないことを知ってしまうことの方が多い」
この場で涼寧のことを一番理解できるであろう浬が言う。同じ真意読取を持つ者として。
「今は何をされているんですか?」
「……何も出来ていないんです」
鷲見の質問に涼寧は言いづらそうに目を逸らして答えた。
「私、医療系に進むのが夢だったんです。人の役に立てる仕事がしたくて。でも諦めました。さっきの話の後も、将来の学費の為にとバイトに応募はしてたんですけど、同じ経験をするのが怖くて洞観者でも採用してくれるところを求めていたら、どこも駄目でした。その時に、進学も就職も同じだろうなって思って諦めたんです」
話しているうちにこれまで我慢してきた感情が溢れてきたのか、涼寧の頬に涙が伝う。そして震える声を振り絞って言う。
「こんな私でも、誰かの役に立ちたかった」
「……立っていると思います」
涼寧と鷲見と浬、三人が一斉に伊織の方を向く。
(しまった)
涼寧の話を聞いてモヤっとしたのは確かだが、思わず口にしてしまった。
しかしこのまま言葉を取り消すわけにもいかない。
この際、言いたいことは全て言ってしまう方がいいのかもしれない。
「天谷さんは自分が誰の役にも立てていないと思っているみたいですけど、俺はさっき見ました」
伊織は首を傾げる涼寧を気にせず、一気に話す。
「クラゲに刺された鷲見さんを助けてくれたじゃないですか。あの時、俺と浬はどうすればいいか分からなかった。天谷さんが来てくれたから、すぐに処置ができたんです。これって天谷さんの言う『誰かの役に立つ』ではないんですか」
「それは——」
涼寧は核心を突かれたのか、何かを言おうとして言葉に詰まる。
勢いで自分の意見を言ってしまったのでここからどう進めたら良いか迷っていると、鷲見が助けるように話を繋ぐ。
「天谷さんは自分に厳しい方なのかもしれませんね。そういった方は、何かを成し遂げたとしても『まだ駄目だ、もっと出来ないと』と思ってしまって、自分を認めてあげられないことが多いんです。でも、助けられた人はあなたをちゃんと見ている」
伊織が、涼寧を見ていたように。
「僕は偏見というのは相手のことを知らない、知ろうとしないから生まれると思っていますが、天谷さんの『人の役に立ちたい』という気持ちとそれによる行動は、この社会で生きるための強力な武器になります。自分を見てもらう、知ってもらうのが洞観者の始まりなので。それに、あなたのような人材は結構求められるものですよ」
「私、まだ諦めなくていいんですか」
「もちろんです。道は僕が作りますので、また挑戦してみようと思えた時は安心して進んで下さい」
鷲見は涼寧に微笑みかける。気が付けば、彼女の頬はすっかり乾いていた。
「ちなみに、クラゲに刺された時の処置の知識はどこで得たんですか? とても詳しかったですよね」
「海の家のバイトに応募した時に調べたんです。洞観者な分、そういうところで少しでも否観者と差をつけられたらって。ほんと必死でしたね」
「努力家なんですね」
涼寧は少し照れながらへへっと笑った。
***
話を終えた四人は、カフェを出て海沿いの道を歩く。伊織たちは車で来たのだが、カフェから少し離れた駐車場に止めている。そして歩いてきた涼寧の家も同じ方向だったので、一緒に向かうことになったのだ。
「それにしても、ここは素敵な町ですね。海が見えると不思議と時間の進みが遅く感じられて、のんびりできます」
「住んでいるとそうでもないですよ。当たり前になってしまうと、そういうちょっとした魅力に気づかなくなってしまいますね」
鷲見と涼寧が穏やかに雑談を続けているうちに、いつの間にか駐車場に辿り着いていた。
「では、僕たちはここで。また何かあれば連絡してください」
「はい。本当にありがとうございました」
涼寧はこちらに向けて深くおじぎをすると、振り返って再び歩きだす。
伊織たちは、その背中が見えなくなるまで見送る。
しかし涼寧がカーブに差し掛かった瞬間、全員の血の気が引く。奥から剣術使いの男が飛び出してきて、涼寧に襲い掛かったのだ。
(鷹機関……!)
「天谷さん!!! 避けて!!!」
鷲見が叫んだが、涼寧は突然の事態に体が追いついていない。伊織や浬が開花能力を使うにしても、絶対に間に合わない。
伊織が思わず目を瞑った瞬間、その場に高い金属音が響いた。刀同士がぶつかる音に聞こえたが、目を開けると鷲見は伊織の横にいた。
そのまま涼寧の方を見る。彼女の目の前で男の攻撃を防いでいたのは——
「駄目だよ? 情報盗んで勝手に行動したら」
涼寧を襲った男は言う。
「……隊長⁉︎」




