第49話:魔王が暴走して、城を改造しようとしている
「……ここが、魔王城ですの?」
アイリスが、目の前にそびえ立つ巨城を見上げて、ゴクリと喉を鳴らした。
黒曜石でできた鋭利な尖塔。
城壁には無数の棘が生え、空には雷雲が渦巻き、時折、翼竜の鳴き声がこだまする。
まさに、ラスボスの居城。恐怖と絶望の象徴だ。
「さあ、着きましたぞ。荷物を下ろしてもよろしいか?」
ツアーガイド(兼荷物持ち)にされた四天王ヴォルカンが、ゼェゼェと息を切らしながら俺たちの荷物を地面に置いた。
「ご苦労。チップ代わりに、後で俺の特製『魔界芋ようかん』をやるよ」
「お、おお! それはありがたい……って、ワシは餌付けされたペットか!」
ヴォルカンがノリツッコミをする横で、巨大な城門が重々しい音を立てて開き始めた。
ギギギギギギ……ッ!
隙間から、禍々しい紫色の瘴気が溢れ出す。
「パパ! おしろ! おっきい!」
「ああ、立派な家だな。固定資産税が高そうだ」
フタバ(7歳)は興奮し、俺は建築費の心配をし、ローズ(魔王令嬢)はなぜか額を押さえて嫌な予感に震えていた。
「……変ですわ。静かすぎます。いつもなら、門番のガーゴイルたちが騒ぐはずなのに」
「サプライズじゃないか? ほら、行くぞ」
俺たちは門をくぐり、城の中へと足を踏み入れた。
その瞬間。
パンパカパーン!!!!!
けたたましいファンファーレが鳴り響き、天井から大量の紙吹雪(骨粉製ではない、普通の紙)が舞い落ちてきた。
「「「えっ?」」」
俺たちが呆気に取られていると、レッドカーペットの向こうから、マントを翻して一人の男が走ってきた。
魔界の支配者。恐怖の王。魔王ヴェルザードだ。
ただし、その顔はデレデレに崩れ、手には「ウェルカム☆フタバちゃん」と書かれたファンシーなプラカードを持っていた。
「ようこそ我が城へ! 待ちわびたぞ、愛しの孫よぉぉぉッ!!」
魔王がスライディング土下座の勢いで滑り込み、フタバを抱き上げようとする。
「じいじー!」
「グハッ!」(尊死)
フタバが無邪気に飛びつくと、魔王は幸せそうに胸を押さえてよろめいた。
「お、お父様……? 何ですの、この内装は?」
ローズが震える声で周囲を指差した。
かつては冷たい石畳だった廊下には、フカフカの高級魔獣の毛皮カーペット(ピンク色に染色)が敷き詰められている。
壁に飾られていたドクロや武器は撤去され、代わりに可愛いぬいぐるみやお花(人食い花だがリボン付き)が飾られていた。
「ふっふっふ、気づいたかローズよ!」
魔王がドヤ顔でマントを広げた。
「フタバちゃんが来ると聞いてな、城を全面改装したのだ! 殺風景な魔王城など、幼子の教育に悪かろう? 今日からここは『暗黒城』改め、夢と魔法の王国『フタバランド』だ!!」
「正気ですかァァァァッ!?」
ローズの絶叫が城内にこだました。
「見てみろフタバちゃん! じいじが頑張って改造したぞ!」
魔王が得意げに案内を始めた。
まずは謁見の間。
かつて勇者たちを威圧した、あの禍々しい魔王の玉座が――。
「ブランコになってる!」
フタバが目を輝かせた。
ドラゴンの骨で作られた玉座は、天井から鎖で吊るされた、巨大なブランコに改造されていた。クッション性は抜群だ。
「わーい! パパ、おしてー!」
「よしよし」
フタバが玉座に座り、俺が背中を押す。
ビュンッ!!
フタバの身体能力と俺の加減知らずな力が合わさり、ブランコは音速を超えて天井付近まで跳ね上がった。
「たのしー!」
「……玉座が……魔界の権威が……」
ローズが膝から崩れ落ちる。
次は、地下の拷問部屋だ。
鉄の処女や、吊り天井があった恐怖の部屋は――。
「ボールプールだ!」
色とりどりのボール(スライムの核や、磨き上げられた魔石)で埋め尽くされていた。
「痛くないぞ! いくら暴れても怪我ひとつせん! さあ飛び込め!」
「きゃー!」
ザブーン!
フタバとポチ(ケルベロス)が魔石の海にダイブする。
俺も一つ手に取ってみた。
……これ、全部Sランクの魔石じゃないか? このプールだけで小国が買えるぞ。
「どうだジン殿! 我が孫への愛は!」
「ああ、狂気を感じるレベルですごいな」
俺は素直に感心した。
そして、俺の鼻がある匂いを捉えた。
「……ん? この匂いは」
俺はボールプールで遊ぶフタバたちを置いて、匂いの元へと歩き出した。
辿り着いたのは、城の厨房兼、大食堂だ。
そこには、山のように巨大な肉塊が鎮座していた。
「こ、これは……『魔界マンモス』!?」
全身が霜降りと言われる、伝説の食材だ。
しかし、その周りにいるオーク族のコックたちが、困り果てていた。
「だ、ダメだ……皮が硬すぎて包丁が通らねぇ!」
「丸焼きにするにも、火力が足りないぞ!」
せっかくの極上食材が、調理できずに放置されている。
農家兼料理人として、これを見過ごすわけにはいかない。
「どけ。俺がやる」
俺は袖をまくり、厨房に入っていった。
「あ? 誰だテメェは! 人間が入っていい場所じゃ……」
「グラビティ・カッター」
スパァァァンッ!!
俺が指を振るうと、オークたちが切れなかったマンモスの皮が、一瞬で綺麗に剥がれ落ちた。
美しいピンク色の赤身と、網の目のようなサシが露わになる。
「なっ……!?」
「さあ、晩餐会の準備だ。最高の肉を、最高の方法で食わせてやる」
俺はニヤリと笑い、リュックから愛用の調理器具(ミスリル製)を取り出した。
数時間後。
「フタバランド(旧魔王城)」の大広間では、盛大な晩餐会が開かれていた。
「おいしー! このおにく、とろけるー!」
フタバがマンモスステーキを頬張り、満面の笑みを浮かべる。
魔王ヴェルザードは、その様子を見て涙を流していた。
「うむ、うむ! たくさんお食べ! 魔界の全てはお前のものだ!」
「お父様、甘やかしすぎですわ! ……でも、このシチューは絶品ですわね」
ローズも文句を言いながら、おかわりをしている。
案内役だったヴォルカンや、厨房のオークたちも、俺の料理に食らいついていた。
「なんだこの柔らかさは! 重力で筋繊維をほぐしたのか!?」
「人間にしておくには惜しい腕だ……!」
俺はグラス(中身は魔界の湧き水)を傾け、満足げにその光景を眺めた。
魔王の威厳は地に落ちたが、まあ、こういうのも悪くない。
宴が盛り上がる中、ふと、足元でポチが俺のズボンの裾を引っ張った。
「クゥ~ン……」
「ん? どうしたポチ。肉が足りないのか?」
ポチは首を横に振り、窓の外――城のさらに奥にある、荒涼とした岩山の方角を見つめていた。
そこには、巨大な『地獄の門』がそびえ立っている。
「……そうか。里帰りだったな」
ポチの故郷。
野生のケルベロスたちが群れをなす、魔界でも有数の危険地帯だ。
「よし。明日はポチの実家に行くか」
「ワンッ!(里帰り!)」
ポチが嬉しそうに吠えた。
だが、俺たちはまだ知らなかった。
人間に飼い慣らされ、芸を覚えたポチの帰還が、野生の群れにどれほどの衝撃を与えるかを。




