第48話:「あっちむいてホイ」で首をへし折ってしまった
ゲートを抜けた先は、まさに地獄の釜の底だった。
「あ、暑いですわ……! なんですかこの湿気と熱気は!」
アイリスがハンカチで汗を拭いながら悲鳴を上げる。
視界を埋め尽くすのは、赤黒い荒野と、噴き出すマグマ。空は暗く澱み、呼吸をするだけで肺が焼けるような硫黄の臭いが充満している。
「ふむ。気温45度、湿度80%ってところか。サウナだな」
俺は平然と呟いた。
重力魔法で周囲の空気密度を操作し、俺たちの周りだけ快適な温度に保っているからだ。
フタバ(7歳)に至っては、この環境すら楽しんでいるようだった。
「パパ! 見て! 地面がプニプニしてる!」
「こらフタバ、それは溶岩が冷え固まりかけた場所だ。靴が溶けるぞ」
フタバはキャッキャと笑いながら、真っ赤なマグマ溜まりを「石渡り」のようにピョンピョンと跳ねて渡っていく。
落ちたら即死だが、彼女の身体能力なら落ちる心配はないし、落ちてもマグマの方が避けるだろう。
「さて、魔王城はあっちか」
遠くに見える禍々しい尖塔の城を目指して、俺たちが歩き出した時だった。
ズズズズズ……ッ!
行く手の地面が隆起し、巨大な炎の柱が立ち昇った。
炎の中から現れたのは、全身が燃え盛る岩石で構成された、巨漢の魔族だった。
「待てェェェイ!!」
大気を震わす怒号。
巨漢は巨大な炎の斧を地面に叩きつけ、俺たちの行く手を阻んだ。
「我は魔王軍四天王が一人! 『灼熱の将軍』ヴォルカン! 貴様ら、人間風情がこの神聖なる魔界に何用だ!」
ヴォルカンと名乗った将軍は、威圧感たっぷりに俺たちを睨みつけた。
ローズが一歩前に出る。
「お久しぶりですわね、ヴォルカン。相変わらず暑苦しいですわ」
「むっ、その声はローズ様!? ……なんと! 人間どもに拉致されたと聞いておりましたが、ご無事でしたか!」
「拉致じゃありませんわ。里帰りですの。通しなさい」
ローズが冷たく命じるが、ヴォルカンは頑として動かなかった。
「なりませぬ! 魔王様からは『人間が来たら、その力が魔界に相応しいか試せ』と仰せつかっております! 弱き者は、この場で灰にしてくれよう!」
ヴォルカンが全身の炎を激しく燃え上がらせる。
Sランク上位に相当する魔力だ。普通の人間なら、対峙しただけで炭化するだろう。
だが、俺が出るまでもなかった。
「ねえねえ、おじちゃん!」
トコトコと、フタバがヴォルカンの足元に歩み寄った。
「ん? なんだこの豆粒のような幼女は」
「フタバだよ! ねえ、あそぶの? フタバとあそんでくれるの?」
フタバはヴォルカンの殺気を「遊びへの誘い」と解釈したらしい。金色の瞳をキラキラさせている。
「遊ぶだと? 笑わせるな! これは死の試練……」
「やるー! フタバ、まけないもん!」
フタバは聞く耳を持たず、右手を高々と挙げた。
「じゃあね、『あっちむいてホイ』で勝負! 負けたらそこどいてね!」
「は? あっちむいて……ホイだと?」
ヴォルカンが毒気を抜かれたように戸惑う。
魔界の将軍ともあろう者が、幼女とジャンケン遊びなどできるか。そう拒絶しようとした時だ。
フタバの背後から、シロ(フェンリル)とクロ(古竜)が「ヌッ」と顔を出して、ヴォルカンを無言で睨みつけた。
((……遊んでやれよ。断ったら食うぞ))
絶対強者たちの無言の圧力が、ヴォルカンを襲う。
冷や汗(蒸発して消えるが)を流しながら、ヴォルカンは震える手を出した。
「わ、分かった……。勝てばいいのだろう、勝てば!」
将軍としてのプライドをかなぐり捨て、ヴォルカンはフタバと向き合った。
「いくよー! じゃんけん、ぽん!」
フタバ:グー
ヴォルカン:チョキ
「かったー!」
フタバが喜ぶ。そして、間髪入れずに叫ぶ。
「あっちむいてーーー……」
フタバが人差し指を構えた。
その指先に、とてつもない魔力と気迫が収束していく。
(くっ、来るか! 右か、左か!?)
ヴォルカンは全神経を集中させた。
(幼女の遊びと侮るな。この指の動きを見切り、逆を向けば俺の勝ちだ!)
「……ホイッ!!!」
シュパァァァンッ!!!!
フタバが指を右に振った。
だが、それはただの指差しではなかった。
音速を遥かに超えた指の移動は、衝撃波を発生させ、ヴォルカンの顔面に空気の壁を叩きつけたのだ。
「ぶべらっ!?」
ヴォルカンの顔が、衝撃に釣られて強制的に右へ持っていかれる。
だが、彼の屈強な首の筋肉は、本能的に「正面」を維持しようとした。
超高速の回転力 vs 頑強な首の筋肉。
勝負は一瞬だった。
バキィィィィッ!!!
嫌な音が響き、ヴォルカンの首がグルン!と360度以上回転した。
「あ」
ヴォルカンが白目を剥いて、どうと倒れた。
「……やりすぎですわ、フタバちゃん」
ローズが呆れたように杖を振るい、回復魔法をかけた。
ボキボキッという音と共に首が元に戻り、ヴォルカンが「はッ!?」と目を覚ます。
「な、何が起きた……? 今、三途の川を……」
「おじちゃん、よわいね! フタバのかち!」
フタバが無邪気に笑う。
ヴォルカンは震え上がった。魔法でも武力でもない。「遊び」で殺されかけたのだ。
「さあ、約束通りどいてくださいまし。それとも、もう一回遊びます?」
「ひぃッ! め、滅相もございません! 通りくだされぇぇ!」
四天王が土下座して道を開けた。
だか、一行のリーダーであるはずの男――俺の姿がない。
「あれ? パパは?」
フタバが振り返ると、少し離れた溶岩だまりの方から、「ふぅ……」というリラックスした吐息が聞こえた。
「……え?」
ヴォルカンが二度見した。
そこには、あろうことか溶岩流をせき止め、重力魔法で岩をくり抜いて作った「即席露天風呂」に、肩まで浸かっている俺の姿があった。
「い、いい湯加減だ……」
俺は手ぬぐいを頭に乗せ、真っ赤なマグマ(表面温度1000度超)に平然と浸かっていた。
隣ではポチ(ケルベロス)も気持ちよさそうに浸かっている。
「き、貴様ァァァッ! 何をしておる! そこは処刑用のマグマだぞ!?」
「ん? ああ、ちょっと熱かったから、水魔法で42度くらいに調整したぞ」
「調整できるわけあるかァァァ!」
俺はザバァとマグマから上がると、肌をツヤツヤさせて言った。
「硫黄成分が濃くていい湯だった。腰痛に効きそうだ」
「……バケモノしかおらんのか、この一行は」
ヴォルカンは心が折れた。
戦う気力などとうに消え失せた。
「……荷物、持ちましょうか?」
「おお、すまんな。案内頼むよ、赤い人」
こうして、魔王軍最強の四天王・灼熱のヴォルカンは、聖域一行の「ツアーガイド兼荷物持ち」へと転職したのだった。




