第4話:無自覚バズと、伝説のフェンリル(野良犬)
翌朝。
小鳥のさえずりで目を覚ました俺は、大きく伸びをした。
「ふあ……よく寝た。野宿も悪くないな」
昨夜は焚き火のそばでそのまま眠ってしまったらしい。
俺は寝ぼけ眼で、まだ起動したままだった配信タブレットを覗き込んだ。
「ん? 故障か?」
画面の隅に表示されている同接数のカウンターが、『1,204』という数字を示していたからだ。
昨夜の「5人」から、なぜか200倍以上に膨れ上がっている。
コメント欄も、俺が寝ている間ずっと動いていた形跡があった。
『おっさん起きろ』
『寝顔配信とか需要ないぞw』
『でも画質良すぎて環境映像として優秀』
『この焚き火の音、癒やされるわぁ』
「……なんだこれ。バグか?」
俺は端末を軽く叩いたが、数字は変わらない。
まあいい。どうせ暇人が集まっているだけだろう。
俺は気にせず、朝食の準備に取り掛かることにした。昨日の猪肉の残りを炙り、香草を振る。
その時だった。
ゾワリ。
肌を刺すような冷気が、森の奥から漂ってきた。
あたりの鳥たちが一斉に飛び去り、森が不気味なほどの静寂に包まれる。
『え?』
『なんか雰囲気変わった?』
『おい、奥! なんかいるぞ!』
『嘘だろ……あの銀色の毛並み……』
『逃げろおっさん! 死ぬぞ!!』
コメント欄がパニックで加速する。
俺も視線を上げた。
森の暗がりから、音もなく現れた「それ」は、優美で、そして圧倒的な威圧感を放っていた。
銀色に輝く体毛。
大人の背丈ほどもある巨躯。
そして、全てを見透かすような黄金の瞳。
「……でかい犬だな」
俺は呟いた。
『犬じゃねえよ!』
『フェンリルだああああああ!!』
『災害指定モンスターSランク! 国が動くレベルだぞ!』
『終わった。この配信は遺書になる』
視聴者たちが絶望する中、その銀色の狼――フェンリルは、俺を睨み据え、低い唸り声を上げた。
敵意ではない。これは……。
「グルルルルッ!!」
フェンリルが地面を蹴った。
速い。
音速を超えたその動きは、雷光のように俺の喉元へと迫る。
――グゥンッ。
だが、俺の目の前数センチで、フェンリルは急停止した。
いや、強制的に止められたのだ。
「グラビティ・ダウン」
俺は箸を持ったままの指を、軽く下に向けただけだ。
それだけで、フェンリルの背中には数トンの重力がのしかかり、その巨体を地面に縫い付けていた。
「キャンッ!?」
フェンリルが情けない声を上げて、地面にペシャリと伏せる。
四肢を踏ん張り、起き上がろうともがくが、俺の重力鎖はビクともしない。
「いきなり飛びかかってくるなよ。危ないだろ」
「クゥゥン……」
俺は肉を焼きながら、困ったように溜息をついた。
「腹が減ってるのか? まあ、そんなデカい図体してりゃあな」
俺は焼けたばかりの猪肉を一切れ、放り投げてやった。
フェンリルの鼻先に落ちる肉。
俺は重力を解除する。
「食え」
フェンリルは警戒するように俺を見て、それから恐る恐る肉に食いついた。
瞬間、その黄金の瞳が見開かれる。
ハグハグ、ガツガツ!
すごい勢いで肉を平らげると、フェンリルは尻尾をブンブンと振りながら、俺の方へ擦り寄ってきた。
「なんだ、もっと欲しいのか? しょうがないな」
俺が追加の肉をやると、あろうことかこの伝説の魔獣は、俺の足元にごろんと寝転がり、腹を見せたのだ。
服従のポーズ。
「よしよし。毛並みがいいな、お前は」
俺はフェンリルの首元をワシャワシャと撫でた。
フェンリルは「くぅ~ん」と甘えた声を出し、俺の手に顔を擦り付けてくる。
さっきまでの殺気はどこへやら、完全にただのデカい愛玩犬だ。
「一人暮らしも寂しいし、ちょうどいいか。お前、俺んとこで飼ってやるよ」
俺は適当に決めた。
「名前は……白っぽいから『シロ』でいいか」
『ネーミングセンスwww』
『フェンリル捕まえてシロてwww』
『嘘だろ……あのフェンリルがお腹見せてる……』
『俺たちが見てるのって、神話の映像だっけ?』
『フェンリル制圧とか、このおっさん何者だよ』
『【速報】伝説の魔獣、餌付けされる』
コメント欄が爆発的な速度で流れているが、俺は肉を焼くのに忙しくて気づかない。
シロ(フェンリル)は俺の足元で幸せそうに肉を貪り、時折カメラに向かって「ヴゥーッ(撮るな)」と威嚇している。
「こらシロ、視聴者さんに失礼だろ」
「キャン!」
俺が叱ると、シロはお利口に座り直した。
うん、しつけも楽そうだ。
「さて、朝飯も食ったし、今日はこのダンジョンの奥でも探索してみるか。なあシロ?」
「ワンッ!」
こうして、俺とシロ(元・人類の脅威)の、奇妙な同居生活が始まった。
この時点で、同接数は『5万人』を突破。
SNSのトレンドには「#フェンリル餌付け」「#シロちゃん」「#謎のおっさん」が並び始めていた。
一方その頃。
王都のギルド本部では、緊急招集がかかっていた。
「おい! この配信を見ろ! 辺境でSランク指定個体のフェンリルが確認された!」
「討伐隊を……いや待て、なんだこの映像は?」
「手懐けられてる!? 誰だこの男は! すぐに特定しろ!」
俺の平穏なスローライフ(予定)は、知らぬ間に、国家規模の騒動へと発展しつつあった。




