第3話:廃棄ダンジョンに行ったら、そこは「食材(Sランク)」の宝庫でした
ライオネルから投げつけられた権利書を頼りに、俺は王都から馬車で三日ほどの距離にある『辺境』へとやってきていた。
目の前に広がるのは、鬱蒼とした森と、その奥にぽっかりと口を開けた洞窟。
入り口には「立入禁止」「廃棄済」というボロボロの看板が倒れており、その周囲には不法投棄されたゴミの山が築かれていた。
「……こりゃ酷いな」
俺は眉をひそめた。
壊れた家具、錆びた剣、誰かが捨てた生活ゴミ。
足の踏み場もないとはこのことだ。
だが――俺は口元を緩めた。
「まあ、人目につかないなら好都合か」
俺は杖を軽く振るった。
詠唱はいらない。イメージするのは、目の前の空間における「重さ」の定義を書き換えることだけ。
「グラビティ・プレス」
ズズズ……ッ!
重低音が響き、目の前に積み上がっていたゴミの山が、まるで巨大な見えざる手に掴まれたかのように宙へと浮き上がった。
数トンはあるであろう瓦礫の山が、空中でギュウウウッと音を立てて一点に圧縮されていく。
数秒後。
そこには、ピンポン玉サイズにまで超高圧縮された「元ゴミの塊」がポロリと落ちただけだった。
「よし、掃除完了。整地もしておくか」
続けて地面に重力をかけ、凸凹だった地面をプレスして平らにならす。
ものの数分で、荒れ果てていたダンジョン入り口は、高級ホテルのエントランスのように美しく整地された。
「便利だな、やっぱり重力魔法は」
俺は満足げに頷き、洞窟の中へと足を踏み入れた。
魔素が枯渇した廃棄ダンジョン。そう聞いていたが……。
「……ん?」
一歩入った瞬間、肌にビリビリとした感覚が走った。
濃い。
魔素が枯渇しているどころか、王都のS級ダンジョンよりも濃密な魔力が漂っている。
「どうなってるんだ? ……まあいい、探索ついでに夕飯の材料でも探すか」
少し歩くと、通路の脇に青白く光る草が生い茂っていた。
「お、これは『月光草』か。市場じゃ雑草扱いだが、煎じて飲むと疲れが取れるんだよな」
俺は無造作にそれをむしり取り、マジックバッグに放り込む。
俺は知らなかったが、これは王都の錬金術師が見れば卒倒するような最高品質の『上級マナ回復薬』の原料だった。辺境の魔素を吸って変異した最高級品だが、俺にとってはただのハーブティーの素だ。
さらに奥へ進むと、地面が揺れた。
ドシン、ドシン。
角を曲がった先から現れたのは、全身が鋼鉄のような体毛で覆われた、巨大な猪だった。
体長は3メートルほどあるだろうか。
「おっ、イノシシか。……腹減ってる時にちょうどいいな」
それは、通常の冒険者なら即座に逃げ出すSランクモンスター『アダマンタイト・ボア』だった。
その突進は城壁をも砕き、その毛皮は魔法すら弾く。
だが、俺には関係ない。
ボアが俺を見つけ、猛烈な勢いで突進してくる。
時速100キロ近い質量弾。
俺はあくびを噛み殺しながら、人差し指を下に向けた。
「ヘヴィ・ダウン」
ドォォォォォン!!
ボアの直上の重力を、一瞬だけ「100倍」にした。
ただそれだけで、突進してきた巨大な猪は地面に叩きつけられ、ビクンと一度痙攣して動かなくなった。
外傷はない。肉も傷んでいない。完璧な狩りだ。
「よしよし。今夜は猪鍋だな」
俺は巨大なボアを、今度はゼロ・グラビティ(無重力)で風船のように浮かばせ、片手でひょいと引っ張りながら拠点に戻った。
――焚き火を起こし、肉を解体し終わった頃には、日はすっかり落ちていた。
俺はふと思い出し、配信用のドローンを取り出した。
「一応、回線のテストだけしておくか」
これからはソロで食っていく必要がある。
ダンジョン配信で稼ぐつもりはないが(地味だと言われたし)、生存報告くらいはしておこう。
俺は「辺境でのんびりテスト配信」という適当なタイトルをつけて、配信を開始した。
カメラが起動し、俺と、焚き火で焼ける肉が映し出される。
ジューーーッ。
脂の乗った極上のボア肉が、焚き火で炙られ、食欲をそそる香ばしい音を立てている。
「あー、テステス。こちら元裏方、現在は無職のジンです。聞こえてますかね」
俺はカメラに向かって気安く話しかけ、焼けた肉をナイフで切り取って口に運んだ。
口いっぱいに広がる肉汁。噛むほどに溢れる野生の旨味。
「うん、美味い。やっぱり鮮度のいい肉は違うな」
俺は一人ごちる。
視聴者数は「5人」。
おそらく物好きか、たまたま検索で引っかかった暇人だろう。
だが、俺は気づいていなかった。
そのコメント欄が、静かにざわつき始めていることに。
『え、ここどこ?』
『画質良すぎだろ、映画か?』
『ていうか、後ろに転がってる死体……あれアダマンタイト・ボアじゃね?』
『は? 物理無効のSランクモンスターだぞ? ソロで狩れるわけないだろ』
『いや、よく見ろ。外傷ゼロだぞ。どうやって倒したんだ?』
『このおっさん、あの「放送事故」のパーティの裏方じゃね?』
Sランクモンスターを「ただの食料」として扱い、最高画質で飯テロを垂れ流す謎のおっさん。
その異様な光景は、SNSを通じてじわじわと拡散され始めていた。
俺はそんなこととは露知らず、シメのハーブティー(超高級ポーション並の効果)を啜り、夜空を見上げた。
「静かだなぁ……。最高だ」
こうして、俺のバズりライフが幕を開けたのだった。




