第33話:神様による公開説教、そして同居へ
教皇との通信が切れた後も、俺のタブレットはまだ配信を続けていた。
全世界の視聴者が、固唾を呑んで「神」の挙動を見守っている。
「あ、まだ回ってますねこれ」
ルミナ(神様)はカメラに気づくと、咳払いを一つして、スカートの裾を整えた。
そして、カメラ目線でニッコリと微笑んだ。
「えー、全世界の信者の皆さん、こんにちは。創造神ルミナです。いつもお祈りご苦労さまです」
軽い。アイドルの挨拶かよ。
「さっきの教皇さんの件で、誤解がないように言っておきますね。……私、あそこの教会、あんまり好きじゃないんですよ」
ルミナがあっさりと爆弾発言をした。
「なんか『清貧であれ』とか『娯楽は悪だ』とか勝手なルール作ってますけど、私そんなこと一度も言ってないですからね? 人生は楽しんでナンボでしょ? 美味しいもの食べて、よく寝て、推しを愛でる。それが一番の祈りです」
神様、カメラに向かってピースサイン。
「というわけで、今後『神の名において』とか言ってジンさんの邪魔をする人がいたら、全員『天罰』します。雷落とします。来世はダンゴムシにします。いいですね?」
ニコニコしながら放たれた絶対的な宣告。
この瞬間、数千年続いた聖教国の権威と正当性は、神本人の口から完全に否定された。
世界中の教会関係者が、膝から崩れ落ちる音が聞こえるようだ。
「よし、言いたいことは言った! 配信終了!」
プツン。
ルミナはタブレットの電源を切ると、満面の笑みで振り返った。
「さあジンさん! 説教も終わったし、ご飯にしましょう! お腹ペコペコなんです!」
「……あんた、本当に神様か?」
俺は呆れながらも、冷めてしまった料理を温め直した。
メニューは先ほどの続き、魔界食材の『角煮大根』と『ダンジョン芋のポタージュ』だ。
「いっただっきまーす!」
ルミナがスプーンを口に運ぶ。
その瞬間、彼女の背中から六枚の光の翼がバサァッ! と広がった。
「んんん~っ!! 美味しいぃぃぃッ!!」
神様が悶絶した。
全身からキラキラした粒子(神の祝福)が放出され、周囲の花が一斉に開花し、枯れ木に実がなった。
食レポのリアクションが奇跡レベルだ。
「なんですかこれ! 天界で食べてる『神の雫』より全然美味しい! この深み! コク! これが……『推しの手料理』の味……!」
「大袈裟だな。ただの芋だぞ」
「この芋がすごいんです! 私の作った大地よりイイ土で育ってますよこれ!」
ルミナは夢中で皿を空にしていく。
その横で、ローズ(魔王令嬢)とアイリス王女が、引きつった笑顔でヒソヒソ話をしていた。
「……ねえ、ローズさん。神様って魔族の天敵じゃありませんこと?」
「ええ、そうですわね。本来なら顔を合わせた瞬間に消滅させられるはずですけど……」
「なんか、ただの食いしん坊に見えますわ」
二人の視線に気づいたルミナが、口元を拭ってニヤリと笑った。
「あら、魔王の娘さんと王女さん。仲良くやりましょうね? 私、ジンさんのファン同士なら種族とか気にしないタイプなんで」
「は、はあ……」
「ただし!」
ルミナの目が鋭く光った。
「『同担拒否』はしませんが、マウント取るなら容赦しませんよ? ジンさんの古参リスナーとしての知識量なら、あなた達には負けませんから!」
「……っ! 望むところですわ!」
「負けませんことよ!」
なぜか「誰が一番のファンか」という謎の争いが始まってしまった。
やれやれ、騒がしくなるな。
食事を終え、日が暮れ始めた頃。
俺はルミナに向かって言った。
「さて、神様。腹も膨れたし、そろそろ天界に帰ったらどうだ? 信者たちが混乱してるぞ」
すると、ルミナはキョトンとした顔をした。
「え? 帰る? 何言ってるんですか?」
彼女は当然のように、エルフたちが作った一番大きなソファーを陣取って言った。
「私、ここに住みますけど?」
「……はい?」
俺と、その場にいた全員が固まった。
「だって、天界って退屈なんですよ! 娯楽ないし、ご飯まずいし、Wi-Fi飛んでないし! 下界の様子を見るには水晶玉しかないし! 画質悪いし!」
「いや、仕事は?」
「有給です。ここ千年くらい休み取ってなかったんで、まとめて消化します。たぶん百年くらい」
百年。
人間の寿命より長い有給休暇だ。
「それに、ここならジンさんのご飯が毎日食べられるし、シロちゃんモフり放題だし、配信も見放題! ここが私の新しい『天界』です!」
ルミナが指を鳴らすと、ログハウスの屋根の上に、光り輝く小さな神殿が出現した。
「部屋も作りました! 家賃代わりに、この辺一帯に『神の加護(絶対防御結界)』と『豊穣の祝福(作物が爆速で育つ)』をかけておきますね!」
有無を言わせぬ強制入居だ。
俺は天を仰いだ。
フェンリル、古竜、エルフの大工集団、王国の王女、魔王の娘。
そして極めつけに、創造神。
この「聖域」は、名実ともに世界で最も手出しできない、最強にして最恐の魔境と化してしまった。
もう、どの国も軍隊も、ここを攻めようなどとは思わないだろう。
攻めた瞬間に、神と魔王とドラゴンと国家権力に同時に喧嘩を売ることになるのだから。
「……はぁ。好きにしろ」
俺は諦めて、冷えたお茶を啜った。
こうして、世界を揺るがせた大騒動は、神様の移住という形で幕を閉じた。
俺のスローライフは、静けさとは無縁だが、まあ……賑やかで悪くはないかもしれない。
――と、思った矢先のことだった。
「おーい! ジンー! いるかー!」
入り口の方から、聞き覚えのある野太い声がした。
振り返ると、そこにはボロボロの鎧を着た、懐かしい顔ぶれが立っていた。
「……勇者ライオネル?」
俺を追放し、落ちぶれたはずの元パーティメンバーたちが、なぜか涙目で立っていた。




