第32話:降りてきた神様は、俺のチャンネルの「古参リスナー」でした
「ジンさーーーーん!!」
光の粒子と共に屋根の上に降り立ったのは、白のワンピースを着た銀髪の少女だった。
年齢は15歳くらいに見える。
だが、その全身から溢れ出るオーラは、先ほどの巨人と同じ――いや、凝縮されている分、もっと濃密な「神気」だった。
「は、初めまして! うわぁ、本物だ! 本物のジンさんだ! 画素数が無限だぁ!」
少女は俺の手を両手でギュッと握りしめ、ブンブンと縦に振った。
その瞳は、推しを目の前にしたオタク特有の輝きを放っている。
「えーと……誰?」
俺が恐る恐る尋ねると、少女はハッとして姿勢を正した。
「申し訳ありません! 興奮してしまって! 私、この世界を管理している神、ルミナと申します! ハンドルネームは『創造神(本物)』でコメントしてます!」
「……あ」
俺は記憶を検索した。
『創造神(本物)』。
毎回、配信のたびに「神です。スパチャ投げたいけど天界の通貨が対応してなくて泣いてます」とか「今日も尊い……世界作ってよかった」とかコメントしてくる、痛いロールプレイの荒らしかと思っていた奴だ。
「あれ、あんただったのか。てっきり中二病のニートかと」
「ひどい! 本物の神ですよ! ジンさんの配信を見るために、千年ぶりに下界に降りてきたんですから!」
神様が千年ぶりの降臨に使った理由がオフ会ってマジかよ。
屋根の下では、アイリス王女とローズが口を開けて固まっていた。
そして、空中に浮かぶホログラム映像の中で、教皇グレゴリウスが発狂していた。
『な、な、な……何をしておられるのですか、神よぉぉぉッ!!』
教皇の絶叫が響く。
『そいつは悪魔ですぞ! 世界を乱す異端者ですぞ! なぜ親しげに話しているのですか! さあ、早くその薄汚い男に天罰を! 焼き殺してください!』
教皇が唾を飛ばしてまくし立てる。
その瞬間。
ルミナ(神様)の表情から、一瞬で笑顔が消えた。
スッ……。
彼女は冷徹な無表情で、教皇のホログラムを睨みつけた。
「……うるさいですね」
ボソリと言った一言。
だが、それは絶対的な言霊となって世界を圧迫した。
『ヒッ……!?』
「今、推しと話してるんですけど? 邪魔しないでくれませんか? あと、ジンさんは悪魔じゃなくて『尊い供給源』です。訂正しなさい」
『は……? お、推し……? きょうきゅう……?』
教皇が理解不能でフリーズする。
ルミナはため息をつき、ゴミを見るような目で教皇を一瞥した。
「あなた、私の名前を使って偉そうにしてる『教皇』とかいう人ですよね? 前から思ってたんですけど、私の解釈違いなことばかり広めるのやめてくれません? 特に『清貧であれ』とか。私、美味しいものと楽しいことが大好きなんですけど」
『そ、そんな……! 教義が……数千年の歴史が……!』
「あと、さっきジンさんにビーム撃ちましたよね? あれ、私のコレクションなんですけど。勝手に壊さないでくれます? 弁償してくださいね」
『ぐ、ぐふっ……!』
教皇が胸を押さえてよろめく。
自分が生涯を捧げ、崇めてきた絶対神から、これ以上ないほどの「拒絶」と「ダメ出し」を食らったのだ。精神的ダメージは計り知れない。
ルミナは興味なさげに視線を切り、再びキラキラした笑顔で俺に向き直った。
「それよりジンさん! 見ましたよ昨日の『魔界通販』の回! あの洗濯スライム、私も欲しくて! でも天界への配送がエリア外で……!」
「あー、神様も洗濯するんだ……」
「しますよ! 白い服ばっかりだから汚れが目立つんです! あと、シロちゃんとクロちゃん! モフらせてください!」
ルミナが屋根から飛び降り、犬小屋に向かってダイブした。
「きゃー! シロちゃん! 大きくなったねー! 昔に作った時より毛並みがいいよー!」
シロが「うげっ」という顔をした。
どうやら、創造主と被造物の感動の再会(?)らしい。
「ワフッ(おい主、こいつやっぱりあの『変な創造主』だぞ)」
「グルァ(我の角を『かっこいいから』ってねじ曲げた元凶か……)」
シロとクロは迷惑そうにしているが、ルミナはお構いなしに顔を埋めて深呼吸している。
……完全に変態だ。
俺は呆れて屋根から降りた。
ホログラムの向こうで、教皇が膝から崩れ落ちていた。
『嘘だ……こんなの嘘だ……。私が信じてきた神は、厳格で、無慈悲で、絶対的な存在のはず……。こんな、こんなミーハーな小娘が神であるはずが……!』
「失礼な人ですね」
シロの腹に顔を埋めたまま、ルミナが低い声で言った。
「そんなに『厳格な神』がいいなら、来世は岩にでも転生させましょうか? それなら永遠に黙って祈ってられますよ?」
『ヒィィッ!? お、お許しをぉぉぉッ!!』
教皇の悲鳴と共に、通信がプツンと切れた。
どうやら、彼の精神(と信仰心)は完全に崩壊したようだ。
「ふぅ。やっと静かになりましたね」
ルミナはパッと顔を上げ、満面の笑みで俺に言った。
「さて、ジンさん! 邪魔者も消えたことですし、コラボしましょうコラボ! 私、ジンさんの畑で採れた『神の味がする芋』を食べてみたいんです!」
俺は天を仰いだ。
魔王の次は神様かよ。
俺の聖域は、どうしてこうも世界の頂点ばかり引き寄せるんだ。
「……はぁ。分かったよ。芋ならあるから、勝手に食ってくれ」
「やったー! 神降臨コラボだー!」
こうして、世界を揺るがす宗教戦争の危機は、神様本人の聖地巡礼によって、呆気なく幕を閉じたのだった。




