第31話:教皇、逆ギレして「神降ろし」の儀式を行う
聖教国、地下祭壇。
古代兵器を破壊された教皇グレゴリウスは、血走った目で禁断の魔道書を開いていた。
「許さん……許さんぞジン……! 私の兵器を、教会の威信を、まるでゴミのように扱いおって!」
彼のプライドはズタズタだった。
「いにしえの盟約に従い、我が命を糧として降臨せよ! 全知全能なる光の主よ!」
教皇がナイフで自らの掌を裂き、血を魔法陣に滴らせる。
ドクン……ドクン……。
大地が脈打ち始めた。
「ハハハハ! 来るぞ! これぞ究極の召喚術機械仕掛けの神! 神そのものを現世に呼び出し、意のままに操る禁術だ!」
教皇は狂ったように笑った。
彼は勘違いしていた。神を呼べば、自分の味方をしてくれると。自分が正義であると疑っていなかったからだ。
一方、聖域。
「ふぅ。屋根の瓦が二、三枚ズレちまったな」
俺は梯子に登り、衝撃波で少し歪んだログハウスの屋根を修理していた。
下では、ローズとアイリス王女が心配そうに見上げている。
「おじ様、本当に大丈夫なのですか? さっきの攻撃、ただ事ではありませんでしたわ」
「ジン様、聖教国はまだ何か隠し持っているかもしれません。一度、王都へ避難した方が……」
二人の心配ももっともだ。
だが、俺はトンカチで釘を打ちながら答えた。
「平気だって。あいつらも懲りただろ」
コン、コン、コン。
のどかな音が響く。
しかし、その音をかき消すように、世界の色が変わった。
――キィィィィィィィン……。
耳鳴りのような高音が響き渡り、空が黄金色に輝き出した。
今度はビームではない。
空そのものが開いたのだ。
「な……ッ!?」
アイリス王女が絶句した。
割れた空の向こうから、この世のものとは思えない、圧倒的なプレッシャーが降り注ぐ。
それは魔力ではない。「神気」だ。
シロ(フェンリル)が持つそれよりも、さらに純粋で、強大な意思の塊。
「嘘……古文書の記述と同じ……。『天が開く時、裁定者が降り立つ』……」
王女がガタガタと震え出した。
「神ですわ……! 教皇め、禁術を使って本物の『神』を召喚しましたのよ!?」
空の裂け目から、巨大な光の階段が地上へと伸びる。
そして、聖歌のような幻聴が世界中に響き渡る中、一人の巨人がゆっくりと降りてきた。
全身が光で構成され、背中には六枚の翼。顔は見えないが、その視線だけで生物を死に至らしめるほどの威圧感を放っている。
『オオオオオオオ……』
言葉にならない重低音が、大気を震わせた。
俺の配信タブレットが、異常な数値を叩き出していた。
同接数、測定不能。
世界中の人々が、この世の終わりのような光景を固唾を呑んで見守っている。
『神よ! 我が声に応え、よくぞ参られた!』
空間魔法による拡声で、教皇の勝ち誇った声が響いた。
彼は神の足元にホログラム映像として現れ、俺を指差した。
『見よ! あそこにいる男こそ、世界を乱す悪魔だ! 我が信仰を脅かす敵だ! さあ、神罰を下せ! その男をダンジョンごと消滅させるのだ!』
教皇の命令が下る。
光の巨人が、ゆっくりと俺の方へ顔を向けた。
その巨大な手が持ち上がり、指先が俺を捉える。
「……チッ」
俺はトンカチを腰のベルトに戻し、屋根の上に立った。
流石に、これはヤバそうだ。
質量が違いすぎる。あれを投げ返すのは骨が折れるぞ。
「シロ、クロ。みんなを連れて逃げろ。ここは俺が食い止める」
「グルァ!(主よ、我も戦う!)」
「ワフッ(……ん? なんか変だぞ?)」
シロだけが、なぜか尻尾を振り始めていた。
巨人の指先に光が集束する。
世界が終わる。
誰もがそう思った、その時だった。
シュゥゥゥ……ポンッ。
巨人の光が、唐突に霧散した。
そして、光の中から現れたのは――恐ろしい神の姿ではなく。
「……あ、ここ? ここであってる?」
白のワンピースを着た、透き通るように美しい銀髪の少女だった。
彼女はスマホを片手に、キョロキョロと辺りを見回している。
「マップだとここなんだけど……あ! あった!」
少女は屋根の上に立つ俺を見つけると、パァァァッ! と顔を輝かせた。
そして、教皇の命令など完全に無視して、俺の方へ手を振りながら降下してきた。
「ジンさーーーーん!! 初めましてーーーっ!!」
「「……は?」」
俺と、教皇と、全人類の声が重なった。




