第29話:教皇の陰謀「聖域を焼き払え」
聖教国、中央大聖堂。
地下深くに封印された「禁忌の間」に、教皇グレゴリウスの怒号が響き渡っていた。
「おのれ、おのれぇぇぇッ!! 異端者ごときが、この神の代行者たる私に恥をかかせおって!」
彼は水晶玉に映る映像――聖女エレナが犬に吠えられて白目を剥く姿――を杖で叩き割った。
教会の権威は地に落ちた。
SNS(魔道具通信)では「教会よりフェンリルの方が神々しい」「聖女(笑)」といった書き込みが溢れている。
「許さん……このままでは、世界中の寄付金が減ってしまうではないか!」
動機は極めて俗物だった。
教皇は、祭壇の中央に鎮座する、巨大な金色の石板に手をかざした。
古代文明の遺産、戦略級魔導兵器『天の雷』の制御端末だ。
「もはや慈悲など不要。あの薄汚いダンジョンごと、周辺の地図を白紙に戻してやる! これは『神罰』という名の演出だ!」
教皇が魔力を注ぎ込むと、石板がブォンと重低音を響かせ、光を放ち始めた。
遥か上空、大気圏外に浮かぶ古代の「衛星砲」が、数千年ぶりに目を覚ます。
「ハハハハ! 見よ! これが神の怒りだ! 消え失せろ、ゴミ屑どもめぇぇぇッ!!」
◇◇◇
一方その頃。聖域。
「あーん♡ おじ様、これ美味しいですわよ」
「ジン様! そっちの毒々しいお菓子じゃなくて、この王室御用達のマカロンを食べてくださいまし!」
俺は縁側で、ローズ(魔王令嬢)とアイリス王女に左右を挟まれながら、優雅なティータイムを過ごしていた。
平和だ。
聖女を追い返してから数日、教会からの接触はない。諦めたのだろう。
「今日はいい天気だな。洗濯物もよく乾く」
庭には、洗い立てのシーツが風に揺れている。
シロとクロは日向ぼっこをし、エルフたちは新しい倉庫の屋根を葺いている。
完璧なスローライフだ。
――ズズズズズ……ッ。
突然、空気が震えた。
風が止まり、鳥たちのさえずりが消える。
不自然な静寂。
「……ん?」
俺が空を見上げると、太陽とは違うもう一つの光が、天頂に輝き始めていた。
最初は小さな星のようだった光が、見る見るうちに拡大し、黄金色の輝きで空を覆っていく。
「な、なんですのあれ……?」
アイリス王女がティーカップを取り落とした。
彼女の顔から血の気が引いていく。
「まさか……古代文献にある『天の雷』!? 聖教国が保有するという、伝説の戦略兵器ですの!?」
「戦略兵器?」
「一撃で都市を消滅させる、衛星軌道上からの極大魔法砲撃ですわ! あんなものを使えば、ここはおろか、王国の一部まで巻き込まれてしまいます!」
王女が悲鳴を上げる。
空の輝きは既に臨界点に達し、雲が渦を巻いて逃げていく。
圧倒的な魔力の質量。
これは、シロやクロがどうこうできるレベルではない。物理的な距離が遠すぎる上に、範囲が広すぎる。
「おじ様! 逃げましょう! 魔界へ転移すれば助かりますわ!」
ローズが俺の腕を引く。
だが、俺は動かなかった。
「逃げる? せっかく作った家や畑を置いてか?」
「命あっての物種ですわ! あんなの、防ぎようがありません!」
空が金色に染まる。
直感で分かった。あと数秒で、全てを焼き尽くす光の柱が降り注ぐ。
エルフたちが絶望して天を仰ぎ、シロとクロが主を守ろうと咆哮を上げる。
だが、俺はイラッとしていた。
恐怖ではない。純粋な苛立ちだ。
「……眩しいな」
俺はゆっくりと立ち上がった。
せっかくのティータイムだ。
洗濯物を取り込んだばかりだ。
それを、顔も知らない奴が、空の上から土足で踏み荒らそうとしている。
「おい、教皇だか何だか知らんが」
俺は杖を構えず、素手で天を指差した。
「人の家にゴミを投げるな。教育がなってないぞ」
カッッッ!!!!
上空の光が弾けた。
直径数キロメートルにも及ぶ極太の光熱ビームが、音速を超えて俺たちの頭上に降り注ぐ。
世界が終わる光。
「きゃあああああああっ!!」
「おじ様ぁぁぁぁぁぁッ!!」
ヒロインたちの絶叫が響く中、俺は静かに魔力を練り上げた。
全てを押し潰す重力の腕を、空へ向けて伸ばす。
「投げ返してやるから、キャッチしてみろ」




