第27話:「悪魔を祓え」と教会から異端審問官がやってきた
魔界通販生活、三日目。
俺の拠点は、かつてないほど快適で、そして清潔だった。
「いい天気だ。絶好の洗濯日和だな」
俺は庭に張ったロープに、真っ白に洗い上がったシーツを干していた。
『全自動洗濯スライム・ヌルリン』の仕事は完璧だ。頑固な泥汚れも、シロのよだれも、完全に分解されている。
隣では、ローズ(魔王令嬢)が『お掃除スカル・ルンバ』をペットのように散歩させている。
「よしよし、そこにも埃がありますわよ! お食べ!」
「カチカチカチ」(顎を鳴らす音)
骸骨が床を這い回る光景は少々ホラーだが、機能性は抜群だ。
平和だ。文明の利器(魔道具)バンザイ。
――しかし。
その平和は、唐突な聖歌の大合唱によって破られた。
ハ~~~~ッ♪ ハァァァァ~~~ッ♪
「……なんだ? 空耳か?」
「いえ、ジン様。空をご覧ください」
アイリス王女が険しい顔で空を指差した。
そこには、純白に塗装された巨大な飛空艇が浮かんでいた。船体には金色の装飾で、過剰なほど大きく『聖なる十字』が描かれている。
BGM(聖歌)は、船に取り付けられた巨大スピーカーから流されているようだ。
「うるさいな。近所迷惑だぞ」
俺が耳を塞いでいると、飛空艇からスポットライトのような光が降り注ぎ、一人の少女がふわりと舞い降りてきた。
背中に光の翼(魔法演出)を生やし、純白の修道服に身を包んだ、人形のように美しい少女だ。
彼女は空中に浮遊したまま、冷たい瞳で俺たちを見下ろした。
「……見つけましたわ。世界を穢す、汚らわしい魔の温床を」
少女は芝居がかった仕草で手を掲げた。
「私は聖教国の聖女、エレナ。神の代行者として、この地に蔓延る『悪魔』を浄化しに参りました」
「悪魔?」
俺は首を傾げた。
エレナの視線は、俺の足元にいる『お掃除スカル』と、桶の中でプルプルしている『洗濯スライム』に釘付けになっていた。
「見なさい! 死者の頭蓋骨を使役し、不定形の魔物を飼い慣らす……。まさに悪魔崇拝の証拠! なんというおぞましい光景でしょう!」
「いや、これ掃除機と洗濯機ですけど」
「黙りなさい汚らわしい!」
エレナは聞く耳を持たない。典型的な狂信者タイプだ。
彼女の視線が、次にローズに向いた。
「そして、そこにいるのは魔族の娘ですね? その禍々しい角……存在そのものが罪です。神の名において、塵に還りなさい」
「あら、失礼な聖女様ですこと」
ローズが不機嫌そうに黒い魔力を立ち昇らせる。
アイリス王女が慌てて前に出た。
「待ちなさい! ここは王国の聖域ですわ! 他国の教会が勝手に武力介入するなど、国際法違反ですわよ!」
「王国? ああ、あの『魔物に魂を売った』と噂の堕落した国のことですか?」
エレナは鼻で笑った。
「教会の権威は国家の上にあります。異端者を匿うなら、王族とて容赦はしません。……総員、構えなさい!」
飛空艇のハッチが開き、白装束の異端審問官たちが武器を構えた。
おいおい、マジかよ。
「問答無用です。……まずはその『悪魔の洗濯機』から消し去ってあげますわ!」
エレナが杖を振るう。
高密度の光魔法が収束していく。
「聖なる消滅光!」
極太のレーザーが、俺の愛用する『洗濯スライム・ヌルリン』に向かって放たれた。
直撃すれば、スライムごと庭が蒸発する威力だ。
「させん」
俺は瞬時に動いた。
ヌルリンの前には、さっき干したばかりの真っ白なシーツがある。あれが燃えたら今夜の安眠はない。
「グラビティ・リフレクション」
キィィィィン!!
俺が指先で空間を歪めると、迫りくる光の奔流が、鏡に弾かれたように直角に曲がった。
ビームは彼方の空へと飛んでいき、雲を散らして消滅した。
「……は?」
エレナが目を丸くした。
「な、何をしたのです? 私の最大出力の浄化魔法が……消えた?」
「危ないな。洗濯物が焦げるところだっただろ」
俺はホッとしてシーツの無事を確認した。
そして、冷ややかな目で空中の聖女を見上げた。
「人の家の洗濯機を壊そうとするなんて、神様はそんな教育をしてるんですか?」
配信のコメント欄は、聖女の暴挙に大ブーイングだ。
『いきなりぶっ放してきやがった』
『スライムになんの罪が』
『こいつ、話が通じないタイプだ』
『おっさん、シーツ守ってて草』
『聖女(笑)』
『宗教勧誘が強引すぎる』
「くっ……! 悪魔の力で神の光を弾くとは……やはり貴様、相当な高位の異端者ですね!」
エレナの顔が怒りで歪む。
彼女はプライドが高いらしく、自分の魔法が防がれたことが許せないようだ。
「いいでしょう。ならば、私自身の『聖なる力』で、その穢れた魂を直接浄化して差し上げます!」
エレナが降下してくる。
だが、俺が動く前に、犬小屋からノソリと白い巨体が這い出してきた。
昼寝を邪魔されたシロ(フェンリル)だ。
「……ん?」
シロはエレナを見ると、クンクンと鼻を鳴らした。
そして、不思議そうな顔で首を傾げた。
「ワフッ?(こいつ、神様の匂いがするけど……なんか臭い?)」
神獣であるフェンリルには、本質が見えているようだ。
聖女のメッキが剥がれるまで、あと数秒。




