第26話:魔界の通販カタログ「デモニゾン」が便利すぎる
「おじ様! これですわ! 魔界最大の通販サイト『デモニゾン』のカタログ!」
食後のお茶の時間。ローズ(魔王令嬢)がドヤ顔でテーブルに広げたのは、分厚い羊皮紙の束だった。
『デモニゾン』。ロゴが某密林サイトに似ている気がするが、矢印が尻尾の形になっている。
「通販ねぇ……。魔界のものなんて、どうせ拷問器具とか毒薬とかだろ?」
「偏見ですわ! 魔界は過酷な環境だからこそ、生活を便利にする魔道具が発達していますのよ!」
ローズがページをめくる。
「例えばこれ! 『全自動洗濯スライム・ヌルリン』! 桶に入れておくだけで、衣類の汚れを分解・消化し、さらに殺菌・漂白までしてくれますわ! 乾燥機能付きです!」
「……なにそれ欲しい」
俺は身を乗り出した。
スローライフの天敵、それは家事だ。特に洗濯は面倒くさい。魔法でやれなくもないが、デリケートな素材は傷む。
「次はこちら! 『瞬間冷凍精霊』! 箱の中に入れるだけで、食材を鮮度そのままに永久保存! アイスも作れます!」
「冷蔵庫か!」
「さらにこれ! 『お掃除スカル・ルンバ』! 床を這い回り、埃を見つけたら食べます!」
俺の目が輝いた。
「ローズ、これ注文できるか?」
「もちろんですわ! わたくし、『デモニゾン・プライム会員』ですので、お急ぎ便が使えますの!」
ローズがカタログの注文欄に魔力を流し込む。
すると――。
ブォンッ!
テーブルの上に小さな黒い魔法陣が現れ、そこからポトッ、ポトッと箱が落ちてきた。
「えっ? もう届いた?」
「空間転移による即時配送ですわ」
ドローン配送もびっくりのスピードだ。
俺たちは早速、箱を開けた。中からプルプルしたスライムや、冷気を放つ小精霊が出てくる。
「なんて邪悪な気配……!」
アイリス王女が震え上がった。
「ジン様! 騙されてはいけません! 魔道具なんて使ったら、魂を吸い取られますわよ! 教会も『悪魔の道具を使うな』と教えています!」
「まあまあ姫様。物は試しですよ」
俺は試しに、泥で汚れた作業着をスライムの入った桶に放り込んだ。
ジュルルルッ。
スライムが服を包み込み、高速回転を始める。
数分後。
ペッ、と吐き出された作業着は、新品同様に真っ白で、しかもフカフカに乾いていた。アイロンがけまでされている。
「……すごいですわ」
「だろ?」
「わ、わたくしのドレスも! このシミ、落ちなくて困ってましたの! お願いしますわ!」
アイリス王女、即陥落。
その後も、俺たちは魔界通販の虜になった。
部屋を適温に保つ『空調結界石』。
肩こりをほぐす『切断された手首型』。
果ては、自動で背中を流してくれる『お風呂用タコ』まで。
配信の視聴者たちも、このオーパーツに食いついた。
『技術力高すぎだろ魔界』
『人間界より進んでる件』
『プライム会員になりたい』
『「魂を売ってでも欲しい」ってこういうことか』
『スローライフがスマートライフになった』
『おっさん、堕落への道を爆走中』
こうして、俺のログハウスは一夜にして「全自動スマートホーム」へと進化した。
快適すぎる。
もう井戸水汲みも、薪割りもしなくていい。
俺は空調の効いた部屋で、冷えたジュースを飲みながら、マッサージの手に肩を揉ませた。
「極楽だ……。ありがとうローズ、お前はいい嫁になれるぞ」
「キャッ♡ おじ様に褒められましたわ! お父様に報告しなきゃ!」
ローズが通信機を取り出し、魔王と長電話を始める。
平和だ。文明開化の音がする。
――だが。
俺たちは油断していた。
あまりに大量の「魔界アイテム」を一度に取り寄せたせいで、この一帯の「魔力濃度」が異常な数値に跳ね上がっていることを。
――同時刻。遥か彼方、宗教国家『聖教国』の大聖堂。
「魔探知の水晶」が、不吉な赤色に染まり、けたたましい警報音を鳴らしていた。
「……なんだ、この反応は?」
純白の法衣に身を包んだ男――異端審問官長が、眉をひそめて水晶を覗き込んだ。
「場所は……東の辺境、廃棄ダンジョンか。かつてないほど強大な『悪魔の気配』を感じる。上級悪魔が大量に召喚されたに違いない」
彼は勘違いしていた。
それは悪魔軍団ではなく、ただの洗濯機や冷蔵庫の魔力反応なのだが。
「……放置しておけば、世界は闇に飲まれるだろう」
男は振り返り、控えていた一人の少女に命じた。
「聖女エレナよ。直ちに出撃せよ。廃棄ダンジョンへ向かい、悪魔と、それに与する愚かな人間どもを『浄化』するのだ」
「はい、審問官様。神の御名において、全て焼き払って参りますわ」
慈愛のかけらもない冷たい瞳をした聖女が、嗜虐的な笑みを浮かべた。
魔界通販の乱用が、最も面倒な敵を呼び寄せてしまったようだ。




