第25話:魔界の食材「ヘル・ラディッシュ」が美味すぎた
「……これ、本当に食べ物ですの?」
アイリス王女が、引きつった顔で鍋の中を指差した。
大鍋の中では、ドロリとした紫色のスープがグツグツと沸騰し、そこから瘴気のような湯気が立ち上っている。
そして何より問題なのは、具材だ。
「ギャァァァァァ……ッ!」
魔王から送られてきた『地獄大根』。
人面のような模様があり、煮込まれるたびに断末魔のような悲鳴を上げている。
「失礼ね! これは魔界の最高級食材よ!」
ローズ(魔王令嬢)が腰に手を当てて反論する。
「この悲鳴こそが鮮度の証! そしてこの『魔豚』の脂身の黒さ! お父様が厳選してくれた極上のサシが入ってますわ!」
確かに、魔豚の肉は漆黒だ。どう見ても腐っているか、呪われているようにしか見えない。
だが、俺の食材鑑定(主夫の勘)は告げていた。
こいつは、化ける。
「まあ待て。見た目で判断するのは素人だぞ」
俺は鍋の前に立った。
普通に煮込めば、この大根は硬くて臭い。肉も筋張っているだろう。
だが、俺には重力魔法がある。
「仕上げだ。重力圧力鍋」
ズンッ!
俺は鍋の中だけに100倍の重力をかけた。
超高圧。
悲鳴を上げていた大根の細胞を一瞬で崩壊させ、スープの旨味を強制的に吸い込まされる。
筋張った魔豚のコラーゲンがゼラチン質へと融解し、とろとろに変化する。
シュゥゥゥゥ……。
圧力を解除すると、先ほどまでの毒々しさは消え失せ、鍋の中は黄金色に輝く極上の角煮大根へと変貌していた。
「えっ……? 色が……変わった?」
「いい匂い……ですわ……」
二人の喉がゴクリと鳴る。
シロ(フェンリル)とクロ(古竜)は、既にヨダレの海を作って待機していた。
「さあ、食うぞ。冷めないうちにな」
俺が皿に盛り付けると、箸で触れただけで肉がほろりと崩れた。
まずはローズが一口。
「んっ……!?」
ローズの赤い瞳が見開かれた。
「嘘……! これ、魔界で食べていたものとは別物ですわ! あの硬い地獄大根が、舌の上で雪のように溶ける……! それにこのお肉、噛まなくても飲めますわ!」
次に、恐る恐る口をつけたアイリス王女。
「……んんん~っ!!」
カシャン。
王女の手からスプーンが落ちた。
「な、なんですのこれ!? 見た目はあんなに最悪だったのに! 口に入れた瞬間、暴力的な旨味が爆発しましたわ! 濃厚なのにしつこくない、悪魔的な美味しさです!」
二人は夢中で匙を動かし始めた。
お代わり。お代わり。またお代わり。
「どっちが正妻か」なんて争いはどこへやら、今はただ「どっちが多く食べられるか」の争いだ。
「シロ、クロも食えよ」
「ワフッ!(うめぇ!)」
「グルァ(魔界の生物も悪くないな)」
二匹もバクバクと食べている。
俺も一口食べてみたが、確かにこれは絶品だ。重力調理との相性が良すぎる。
魔王の親バカも、たまには役に立つな。
ふと見ると、満腹になったローズとアイリスが、縁側で並んでお腹をさすっていた。
「ふぅ……負けましたわ。魔界の食材、認めざるを得ません」
「ふふん、でしょう? でも、これをここまで美味しくしたのはおじ様ですわ」
「ええ。……ジン様の料理、毎日食べたいですわね」
「そうですわね……」
二人が顔を見合わせ、ふわりと微笑み合った。
美味しいものは世界を救う。
配信のコメント欄も、その平和な光景に涙していた。
『これが世界平和か』
『飯テロからの友情エンド』
『地獄大根の悲鳴は忘れてあげよう』
『おっさんの胃袋掌握術がエグい』
『魔王もこれ見てニッコリだろ』
こうして、魔王令嬢の襲来という危機は、鍋を囲むことで(とりあえず)平和的に解決した。
だが、魔界の便利さは食材だけではなかった。
「おじ様! 食後のデザートの前に、これを見てくださいまし! 魔界の最新通販カタログ『デモニゾン』ですわ!」
ローズが取り出した分厚い本。
そこには、俺のスローライフをさらに加速させる、とんでもない魔道具たちが載っていた。




