第23話:魔王令嬢が「押し掛け女房」に来たんですが
『……あ、すまんジンよ。娘が部屋から消えた』
タブレットの向こうで、魔王ヴェルザードが焦った声を上げた。
嫌な予感がした。
背筋がゾワリとするような、物理的な悪寒。
「消えたって、まさか……」
俺が空を見上げた、その瞬間だった。
――パリィィィィィンッ!!
快晴だった聖域の空が、ガラスのように砕け散った。
次元の裂け目から、紅蓮の炎と漆黒の雷が溢れ出す。
世界の終わりかのような光景に、エルフたちが腰を抜かし、アイリス王女が「ひぃっ!」と俺の背中に隠れる。
だが、その裂け目から落ちてきたのは、隕石でも軍勢でもなかった。
「おじ様ぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
フリルたっぷりのゴシックロリータドレスに身を包んだ、小柄な少女。
透き通るような白銀の髪に、真紅の瞳。頭には小さな黒い角。
彼女は重力加速度に任せて、真っ直ぐ俺に向かってダイブしてきた。
「危ないな!」
俺は反射的に杖を振った。
激突する寸前で、ゼロ・グラビティを発動。
少女の体はふわりと綿毛のように減速し、俺の腕の中にすっぽりと収まった。
「……あ」
少女――魔王の娘、ローズは、俺の顔を至近距離で見上げて、頬を林檎のように赤く染めた。
「キャァァァァッ!! 本物のおじ様ですわ! このやる気のない死んだ魚のような目! ボサボサの髪! そして華奢に見えて頼りになる腕! 解釈一致ですわぁぁぁッ!!」
ローズは俺の首に抱きつくと、猫のように顔を擦り付けてきた。
甘い香りがする。魔族特有のフェロモンか?
「初めまして、ジン様! 魔王ヴェルザードの娘、ローズ・ヴェルザードです! 父とのコラボ配信が決まったと聞いて、居ても立っても居られず嫁入りに来ました!」
「嫁入り?」
俺が呆気に取られていると、背後から氷点下の殺気が放たれた。
「……ちょっと。どいてくださる?」
アイリス王女だ。
笑顔だが、目が笑っていない。王家の威信をかけたロイヤル・プレッシャーを放っている。
「あら? どなたかと思えば、王国の第二王女様じゃありませんこと?」
ローズが俺から離れ、スカートの埃を払いながら優雅に微笑んだ。
「人間ごときが、わたくしのおじ様に近づかないでくださる? 魔族の寿命は長いですのよ。おじ様の老後のお世話から看取りまで、全てわたくしがやる計画ですの」
「なんですって……!?」
アイリス王女のこめかみに青筋が浮かぶ。
「ここ『聖域』は、わたくしが第一発見者ですわ! それに、わたくしは古参リスナー『マジカル☆アイリス』! ぽっと出の新規ファンが、デカい顔をしないでいただけます!?」
「ハッ! 古参? 笑わせないでくださいまし! わたくしなんて、おじ様が勇者パーティの裏方時代に一瞬だけ映り込んだ『手』だけでファンになりましたのよ!」
「て、手だけで!? くっ……やるわね……!」
謎のマウント合戦が始まった。
二人の間に火花が散る。物理的にも、王女の神聖魔力とローズの暗黒魔力が衝突し、バチバチと火花を上げている。
俺はそっとその場を離れ、タブレットを確認した。
この修羅場は、当然のように全世界配信中だ。
『魔王の娘キターーー!』
『ゴスロリ美少女とか属性盛りすぎだろ』
『王女 vs 魔王令嬢』
『ファイッ!』
『「手だけでファンになった」は強すぎるwwwww』
『おっさん、世界を救う前に女性関係をどうにかしろ』
『魔界からの嫁入り(物理)』
コメント欄はお祭り騒ぎだ。
俺は大きく溜息をついた。
「おい、二人とも。俺の家の前で喧嘩するな。シロが怯えてるだろ」
見ると、シロ(フェンリル)とクロ(古竜)は、「女って怖いな……」という顔で犬小屋に退避していた。
「申し訳ありません、ジン様! でも、この泥棒猫を追い出さないと気が済みませんわ!」
「泥棒猫ですって!? この雌豚!!!」
ギャーギャーと言い争う二人。
そこへ、空の裂け目から、魔王の情けない声が響いた。
『あー、すまんジン殿。娘は一度言い出したら聞かんのだ……。頼む、しばらくそこで預かってやってくれんか? その代わり、報酬の「地獄大根」と「魔豚」は倍にして送る』
「倍?」
俺の耳がピクリと動いた。
魔豚が倍。つまり、角煮もチャーシューも生姜焼きも作り放題ということか。
「……はぁ。仕方ないですね」
俺は二人の間に割って入った。
「喧嘩するなら飯抜きだぞ。あと、ここに住むならルールを守れ」
「「ルール?」」
二人の美少女が同時に俺を見る。
「働かざる者食うべからずだ。ローズ、お前も今日から畑仕事を手伝え」
「は、畑……? このわたくしが土いじりを?」
「嫌なら帰れ」
「やります! 愛の共同作業ですわね! やらせていただきますわ!」
ローズが目を輝かせて即答した。チョロい。
アイリス王女が焦る。
「ず、ずるいですわ! わたくしだって負けませんことよ! 芋掘りのスキルなら、この数日で磨きましたもの!」
こうして、俺のスローライフに「魔王令嬢」という劇薬が投入された。
聖域の住人は、俺、フェンリル、古竜、エルフ集団、王女、魔王令嬢。
……カオスにも程がある。
「とりあえず、今日は歓迎会だ。魔王から送られてきた食材で鍋にするぞ」
俺の言葉に、二人はようやく矛を収め(一時休戦し)、エプロンを取り出して「どっちが俺の隣に座るか」でまた揉め始めたのだった。




