第22話:魔王から着信が来た件
王国と帝国による「不可侵条約」が締結され、俺の住む廃棄ダンジョン周辺が正式に『聖域』として認定されてから数日。
「平和だ……」
俺は完成したばかりのエルフ製ログハウスの縁側で、湯呑みをすすっていた。
目の前には、美しく整備された畑と、シロ(フェンリル)とクロ(古竜)がじゃれ合うのどかな光景。
エルフたちは師匠の像(黄金)を彫ろうとして俺に止められ、アイリス王女は「公務? 聞こえませんわ」と居座り続けているが、まあ許容範囲内だ。
これぞスローライフ。
誰にも邪魔されず、ただ美味しいものを食べて寝る。最高だ。
――ザザッ。
突然、手元の配信タブレットがノイズを発した。
「ん? 電波が悪いのか?」
俺が画面を叩こうとした瞬間、画面が漆黒に染まり、禍々しい紫色の稲妻が走った。
同時に、空の色が変わった。
晴天だった空が急速に曇り、重苦しい威圧感が辺り一帯を包み込む。
「ワフッ!?(敵か!?)」
「グルァ……(この魔力、まさか……)」
シロとクロが飛び起き、牙を剥いて空を睨む。
アイリス王女が顔面蒼白で駆け寄ってきた。
「ジ、ジン様! 大変ですわ! この魔力波長、間違いありません……『魔界』からの干渉です!」
「魔界?」
タブレットのスピーカーから、地底の底から響くような重低音が轟いた。
『……聞こえるか、人間よ』
画面に映し出されたのは、燃え盛る玉座に座る、巨大な影。
ねじれた角。燃えるような赤い目。そして、世界を絶望させるほどの覇気。
『我は魔界を統べる者。魔王ヴェルザードである』
「ヒッ……!」
王女が悲鳴を上げて腰を抜かす。
魔王。人類の天敵。数百年に一度現れ、世界を恐怖に陥れる災厄の王。
なるほど、次は魔王軍のお出ましか。
『貴様がジンか。……ふん、見たところ魔力も感じぬ貧弱な男よ』
魔王が鼻を鳴らす。
俺は冷静に湯呑みを置いた。
「で? その魔王様が何の用です? 世界征服なら他所でやってください。うちは今、芋の収穫で忙しいんで」
「ジン様!? 相手は魔王ですのよ!? 挑発しては国が消し飛びますわ!」
王女が震え上がるが、俺は引かない。
どうせまた「配下になれ」とか「ダンジョンをよこせ」とか言うんだろ。
『ククク……威勢がいいな。だが、貴様には拒否権はない。我の要求を聞け』
魔王が身を乗り出し、画面いっぱいにその恐ろしい顔を近づけた。
そして、ドスの効いた声で言った。
『単刀直入に言う。……我と「コラボ」せよ』
「…………はい?」
時が止まった。
シロが首を傾げ、クロが瞬きをし、王女が口を開けたまま固まった。
俺も耳を疑った。
「コラボ? えーと、世界征服の共同戦線とかそういう?」
『違う! 動画のコラボだ! 配信だ!』
魔王がバンッと玉座の肘掛けを叩いた。
『実はな……我の娘、ローズが貴様の大ファンなのだ』
魔王の声が、急にバツの悪そうな、モゴモゴとした口調に変わった。
『娘がな、毎日貴様の配信を見ておるのだ。「シロちゃん可愛い」だの「おじ様の枯れた雰囲気が最高にエモい」だのと、勉強もせずにタブレットにかじりついておる』
「はぁ」
『先日など、「私、魔王継承権を放棄して聖域に行く!」などと言い出してな……。我は困り果てておるのだ。可愛い一人娘が家出などしてみろ、我は悲しみで人間界を半分くらい焼き尽くしてしまうかもしれん』
迷惑な親バカだな、おい。
『そこでだ。貴様が我とコラボ配信を行い、そこで娘に「お父さんの言うことを聞きなさい」とメッセージを送ってくれれば、娘も落ち着くと思うのだ』
魔王は咳払いを一つした。
『もちろん、タダとは言わん。報酬として……魔界特産「地獄大根」と「魔豚」の最高級部位を用意しよう。どうだ?』
俺の目の色が変った。
地獄大根。煮込むととろけるような食感になり、出汁を吸いまくる幻の食材。
魔豚。脂の融点が極めて低く、飲めるような甘みを持つという伝説の豚肉。
「……話を聞きましょうか」
「ジン様!?」
「ワフッ(肉!)」
俺は即座に姿勢を正した。
「コラボ、受けましょう。どんな企画がお望みで?」
『おお、話が早くて助かる! では早速、回線を繋ぐぞ! あ、待て、カメラ映りは大丈夫か? 角が曲がってないか?』
魔王が慌てて髪(?)を整え始めた。
その様子に、視聴者たちのコメント欄がカオスなことになっていた。
『魔王降臨!?』
『と思ったらただのパパだった』
『娘(魔王令嬢)も視聴者かよwww』
『「枯れた雰囲気がエモい」って、娘さんのセンス鋭いな』
『食材で買収される英雄』
『世界平和』
『歴史的瞬間すぎる』
こうして、人類史上初となる「人間と魔王のコラボ配信」が決定した。
タイトルは【魔王様と対談! 子育ての悩みから魔界グルメまで】。
だが、俺はまだ知らなかった。
その配信を見ていた娘本人が、「お父様ずるい! 私も行く!」と、空間転移魔法で聖域に突撃してくるまで、あと数分だということを。




