第20話:俺が動くまでもなく、ペットの散歩で戦争が終わった
ガストロン大臣を「餌付け」して数日後。
俺の拠点は、ますます賑やかになっていた。
エルフたちが作ったログハウスには「宿泊予約」が殺到し、アイリス王女は公務の合間を縫って(というかサボって)入り浸り、ガストロンは「食材調達」という名目で毎日通っている。
「平和だなぁ」
俺は縁側で茶を啜った。
だが、そんなのどかな時間を打ち破るように、警報の鐘がけたたましく鳴り響いた。
「じ、ジン殿ォォォ!! 大変ですぞォォォ!!」
ガストロンが、その巨体を揺らして転がり込んできた。顔面蒼白だ。
「どうしました、大臣。また腹が減ったんですか?」
「違います! 敵襲! 敵襲ですぞ! 隣の軍事国家『鉄血帝国』の機甲師団が、国境を越えてこちらに向かってきています!」
「はあ? 帝国?」
俺は眉をひそめた。
帝国といえば、大陸随一の軍事力を誇る大国だ。
「奴らの狙いはここ、『聖地』です! ジン殿の料理……いや、このダンジョンの資源と、フェンリルたちを軍事利用するつもりでしょう! その数、およそ3万!」
3万。
この小さな拠点を踏み潰すには十分すぎる数だ。
ガストロンが震える。
「王都に援軍を要請しましたが、間に合いません! ジン殿、一旦逃げましょう! ここは放棄して――」
俺は茶を飲み干し、立ち上がった。
「逃げる? なんで俺が」
「あ、相手は帝国の精鋭部隊ですよ!? 魔導戦車まで持っているんです!」
「関係ありませんよ。……ちょうど今、シロの散歩の時間なんで」
俺は玄関に掛けてあった散歩紐(アダマンタイト製)を手に取った。
「散歩!? 戦争中ですよ!?」
「シロは決まった時間に歩かないとストレス溜めるんです。行くぞシロ、クロ」
「ワンッ!(散歩!)」
「グルァ(運動の時間か)」
シロが尻尾を振って駆け寄ってくる。クロも巨体を起こして伸びをした。
俺はシロの首輪にリードを付け(形だけだ)、サンダル履きで外に出た。
「ちょ、正気ですかァァァ!?」
ガストロンの悲鳴を背に、俺はいつもの散歩コース――ダンジョンの入り口から平原へと続く道――を歩き出した。
そこは奇しくも、帝国軍の進軍ルートそのものだった。
ズズズズズ……ッ。
しばらく歩くと、地響きと共に地平線を埋め尽くす黒い鉄の塊が見えてきた。
帝国の『黒騎士団』と、魔導戦車の列だ。土煙を上げてこちらへ迫ってくる。
先頭の指揮車に乗っているのは、いかにも偉そうな髭面の男だった。
「……なんだあれは? 村人か? 逃げ遅れたのか」
男が双眼鏡でこちらを確認しているのが見えた。
どうやら俺たちのことに気づいたらしい。男は拡声魔法を使って怒鳴り散らしてきた。
「おい貴様! そこを退け! 我らは偉大なる鉄血帝国軍である! 抵抗するなら轢き殺すぞ!」
やかましいな。
俺は足を止めず、そのまま歩き続けた。
すると、俺の隣にいるシロの姿が完全に見えたのだろう。指揮車の男の顔が、見る見るうちに凍りついていくのが分かった。
「……おい、なんだあの犬は。デカすぎないか?」
男の声がスピーカーを通して聞こえてくる。
さらに、俺の背後からぬっと現れたクロの巨体に気づき、兵士たちがざわめき始めた。
「ど、ドラゴン!? エンシェント・ドラゴンだと!?」
帝国兵たちの動揺が手に取るように分かる。
俺は軍隊の目の前数メートルまで来ると、ようやく足を止めた。
そして、あくまで穏便に声をかけた。
「すいません、ちょっと通りますよ。そこ、散歩コースなんで」
「は……?」
指揮車の男が、耳を疑うような間抜けな顔をした。
3万の軍勢に向かって、「通るから退け」と言われるとは思っていなかったのだろう。
だが、すぐに顔を真っ赤にして激昂した。
「き、貴様、ふざけているのか! これは戦争だぞ! 撃て! 見せしめに砲撃しろ!」
男の命令で、先頭の魔導戦車が砲塔を向けた。
ズドン!!
爆裂魔法弾が、俺に向けて発射される。
直撃コースだ。
「ワフッ(あ、ボールだ)」
パクリ。
シロが空中で砲弾をキャッチし、咀嚼して飲み込んだ。
ドカンという腹の中での爆発音と共に、口からポフッと黒煙を吐く。
「……え?」
全軍が静まり返った。
俺は、呆れたようにシロを叱る。
「こらシロ、拾い食いするな。腹壊すぞ」
「クゥ~ン(ごめんなさい)」
「あと、そこの戦車。道塞いでて邪魔だ」
俺は杖を軽く横に振った。
「グラビティ・アウェイ」
ヒュンッ!
重量50トンはある魔導戦車が、まるで枯れ葉のように真横へ吹き飛び、遥か彼方の空へ消えていった。
キラーン、という星のような輝きを残して。
「な……な、な……ッ!?」
指揮車の男が腰を抜かした。
「ま、魔法無効化装甲を持つ最新鋭戦車だぞ!? それが一振りで……!?」
へえ、あれ魔法無効化だったのか。重力(物理)には関係なかったな。
「グルルルゥ……(主の散歩の邪魔をするか、有象無象ども)」
ここで、クロが首をもたげた。
その口元には、ゆらりと紫色の炎――全てを灰にする『終焉の吐息』の予兆が溜まっている。
「ひ、ひいいいッ!?」
「古竜のブレスだ! 全滅するぞ!」
「逃げろぉぉぉッ!」
「お母ちゃぁぁぁん!!」
帝国の精鋭部隊は、たった数秒でパニックに陥った。
指揮系統など機能しない。目の前の「死」から逃れるために、我先にと回れ右をして逃げ出し始めた。
「待て! 逃げるな! ……ひっ、こっちを見るな化け物!」
指揮車の男もまた、車を捨てて脱兎のごとく逃げ出した。
3万の軍勢が、蜘蛛の子を散らすように消え去っていく。
「あーあ、散らかしやがって」
俺は何事もなかったように、空いた道を歩き出した。
「ほら行くぞ、シロ、クロ。運動不足解消だ」
この様子は、もちろんガストロンが慌てて回したカメラによって、全世界に配信されていた。
『戦争が終わった……』
『散歩(戦略級)』
『戦車がゴミのようだ』
『「ちょっと通りますよ」で軍隊を退かす男』
『帝国軍、最速敗北記録更新』
『これもう、国として独立したほうがいいんじゃね?』
こうして、隣国による侵略戦争は、開始からわずか5分、「ペットの散歩の邪魔だったから」という理由で終結した。
この一件により、諸外国は「あのダンジョンには絶対に手を出してはいけない」という不可侵条約を裏で締結することになる。




