第19話:ダンジョン産「激ウマ食材」で飯テロ外交
エルフたちが勝手に住み着いてから数日。
俺の拠点は、劇的な進化を遂げていた。
カンカンカン! トントントン!
軽快なリズムと共に、ログハウス群が増築され、畑には美しい柵が設けられ、シロの犬小屋に至っては「神殿かな?」と思うような彫刻が施された豪邸になっていた。
「師匠! 本日の作業工程、終了しました!」
「腹が減っては良い仕事ができん! 師匠、飯にしましょう!」
エルフたちがキラキラした目で俺を見てくる。
彼らは建築技術を提供する代わりに、俺の「飯」を目当てにしている節があった。
「はいはい。今日は収穫祭だ。肉を焼くぞ」
俺が巨大な鉄板(元は勇者の鎧だったミスリルを重力で延ばしたもの)を用意し始めた時だった。
上空から、またしても飛空艇が降りてきた。
「……また国か。懲りないな」
今回降りてきたのは、逮捕されたゲルマンに代わる、新しい特使だった。
丸々と太った体に、見るからに高そうなシルクの服。
王国の食糧事情を管理する、ガストロン伯爵だ。
「フン……ここが噂の『聖地』ですか。なんと薄汚い。獣と土の臭いがしますな」
ガストロンはハンカチで鼻を覆いながら、露骨に顔をしかめた。
出迎えたアイリス王女がムッとする。
「ガストロン、言葉を慎みなさい。ここはジン様とエルフたちの楽園ですわ」
「お戯れを、姫様。所詮は廃棄ダンジョン。魔素に汚染された土地で育った作物など、家畜の餌にもなりませんよ」
ガストロンは俺の方をチラリと見て、鼻で笑った。
「ジン殿と言ったか。国からの命令だ。貴殿には食料の献上を命じるが……正直、私の舌に合うものがあるとは思えん。私は王都の三ツ星シェフの料理しか口にしないのでね」
典型的な「嫌味な食通キャラ」だ。
俺は肩をすくめた。
「そうですか。じゃあ、俺たちは勝手に食べるんで、アンタは帰っていいですよ」
「なっ!? 特使に対するその態度は……!」
「シロ、クロ。飯だぞー」
俺はガストロンを無視して、調理を開始した。
本日の食材は、ダンジョン深層で獲れた『エンペラー・ボア』のロース肉。
そして、付け合せは畑で採れた『クリスタル・オニオン』だ。
「グラビティ・テンダライズ」
俺は肉の塊に、微細な重力振動を与えた。
通常なら数週間寝かせて旨味を引き出す熟成を、重力による細胞膜の破壊と圧縮で、わずか数秒で完了させる。
赤身の肉に、美しいサシ(脂)が網の目のように走る。
ジュワァァァァァァァッ!!
熱したミスリル鉄板に肉を乗せた瞬間、暴力的なまでの音と香りが爆発した。
焦げた脂の甘い香り。
焼けた玉ねぎの香ばしさ。
それらが混然一体となって、周囲の空気を支配する。
「なっ……!?」
帰ろうとしていたガストロンの足が止まった。
彼の鼻が、意思に反してヒクヒクと動く。
(な、なんだこの香りは……!? 芳醇で、それでいて野性的……! 私の知る最高級の牛肉よりも、遥かに食欲をそそる……!)
「さあ、焼けたぞ。エルフたち、姫様、食っていいぞ」
「わーい! いただきますわ!」
「感謝する!」
アイリス王女とエルフたちが、焼きたてのステーキに食らいつく。
ハフッ、ハフッ。
「んん~っ!! 美味しいですわぁ~!!」
「この脂! 口の中で溶けるぞ!」
「玉ねぎが甘い! フルーツみたいだ!」
その光景を見て、ガストロンの喉がゴクリと鳴った。
胃袋がギュルルルと悲鳴を上げる。
だが、食通としてのプライドが邪魔をする。
「ふ、ふん。どうせ味付けが濃いだけのジャンクフードだろう……」
俺はニヤリと笑い、皿に一切れの肉を乗せて、ガストロンの前に突き出した。
「どうです? 『家畜の餌』ですけど、毒見くらいしてみますか?」
「くっ……! そ、そこまで言うなら、一口だけ評価してやろう!」
ガストロンは震える手でフォークを取り、肉を口に運んだ。
そして、噛んだ。
――ドォォォォォォォン!!!
ガストロンの脳内で、宇宙が爆発した。
「ぬおおおおおおおおっ!?」
彼は目を見開き、天を仰いだ。
「なんだこれはァァァッ!!! 柔らかい!! 噛む必要がないほどに!! そして溢れ出す肉汁の洪水! 濃厚な旨味が舌を蹂躙し、飲み込んだ後も爽やかな余韻が残る!」
ビリィッ!!
あまりの衝撃(と、最近太ったせい)で、ガストロンの着ていたシルクの服の背中が弾け飛んだ。
「う、美味い! 美味すぎるぞぉぉぉぉッ!!」
ガストロンはその場に崩れ落ち、涙を流しながら肉を貪り始めた。
プライドもへったくれもない。ただの食欲の奴隷だ。
「こ、これは何の肉だ!? 王室御用達のドラゴン牛か!?」
「いえ、そこの森で獲れたイノシシですけど」
「イノシシだと!? この極上の肉が!?」
「あと玉ねぎも、そこの雑草まみれの畑で作ったやつです」
「これが雑草!?!? 『聖霊の球根』の間違いではないのか!?」
ガストロンは皿まで舐め尽くす勢いで完食すると、俺の前に土下座した。
「ジン殿! いや、料理長殿! 前言撤回します! ここはゴミ捨て場などではない、食材の宝庫……いや、世界最高の美食の聖地だ!!」
配信を見ていた視聴者たちも、この飯テロには耐えられなかったようだ。
『あかん、腹減った』
『深夜に見るんじゃなかった』
『大臣の服が弾けたwww』
『「服が弾け飛ぶほどの美味さ」って比喩じゃなくて物理かよ』
『イノシシ肉で大臣を陥落させる男』
『俺もその肉食いたい……通販やってないの?』
こうして、食料管理大臣ガストロンは、俺の料理の熱狂的な信者となった。
後日、彼の手引きによって、俺の元には世界中の美食家や王侯貴族から「ぜひその店を予約したい」という手紙が殺到することになるのだが……。
「うちは定食屋じゃねえよ」
俺のささやかな抗議は、肉を焼く音にかき消されたのだった。




