018話 ミーナとチェイス
□018話
装備を一新した僕たちはチームキリトのアジトに戻ってきた。
チェイスもベックも不在で、僕たちは各々で自由に過ごすことにした。
僕はのんびりと椅子に腰掛け、モフ吉の様子をボーッと眺めていた。
「あら? キリト君もここにいたのね」
やってきたのはカゴに乗った野菜を持ってきたミーナだった。
ミーナは早速、モフ吉の近くに屈み込み、野菜をモフ吉の口元へ運んでクスクスと笑っていた。
実は、僕には最初の歓迎会の頃から感じている疑問があった。それは――
ミーナとチェイスが付き合っているのではないか?
あるいはまだ付き合っていないが、お互いに思い合っているのではないか?
と言う疑問だ。ここのところ、そのことがずっと気になっていた僕は、意を決した。
「ミーナさんって、チェイスさんと昔からの知り合いなんですか? 受付嬢の頃から随分仲が良いように感じたもので……」
「ウフフ、そうね。チェイスは同級生で戦友。相棒といった感じかしら」
「同級生だったんですか?」
「そう。私はね、妖狐の事件があったから、12歳になったときに授業料免除でギルドの育成学校に入ったの」
モフ吉はミーナの膝の上で、野菜をモシャモシャと食べている。モフ吉の背中をさすりながら、ミーナはこちらを見ながら続けた。
「そこにチェイスもいたの。最初はいっつもケンカ腰でぶつかってきて、嫌な奴だなって思ってたわ。満月の夜以外の私は、どこにでもいる普通の子供だったから、学校でも優等生じゃなかったし、それなのに授業料免除って言うのが気に入らなかったんだと思う」
確かに、そういう子がいたら目についてしまうだろうな。特に、ミーナは美人さんで、猫耳も可愛らしいし。
「でもね、努力家だったところは認めているんだよ。放課後に木剣を素振りしていたり、何故か上半身裸で腕立て伏せをしていたり。同級生の間でも有名人だったし」
確かに。それを聞いてしまうと、人の目を気にせず素振りや腕立て伏せに耽る、子供のチェイスが目に浮かんでくる。今でも、暇さえあればトレーニングしているイメージだから、ずっと変わっていないんだ。あの人は。
「チェイスは御両親の遺産で育成学校に入っていたし、ベックとリージュのために生活費を稼ぐって目的があったみたいだから、休んでいられなかったんだと思う。当時の私はそんなこと知らなかったから、嫌な奴としか感じていなかったけれどね」
あれ? チェイス達のご両親について、ニーナから聞いた話と食い違う。
「あの、チェイスさん達のご両親は遠くの町で暮らしているって、ニーナから聞きましたよ」
「あぁ、ごめんね。この話はニーナとリージュには内緒。内緒にしておいて!!」
「大丈夫です。聞かなかったことにしておきますよ」
こんな所で二人だけの秘密が出来てしまった。
「15歳の年に卒業になるんだけど、卒業試験があってね。森の中で野営をするというものなの。その夜、小さなスタンピードがあって、同行していた職員が刈り損ねたオークが私たちの野営を襲ってきたわ。」
ミーナがここで一度じっくりと間を開けた。
「……私もね、妖狐や白虎と戦ったときの記憶は殆ど残っていなかったから、あの時は恐怖で身体が動かなかったわ。それに、チェイス以外にも冒険者希望の子が二人いたんだけど、その子達と一緒に、テントの中で、ただ抱き合って震えていたの。でも――」
「ひょっとして、野営のパーティメンバーにチェイスさんがいたんですか?」
「そう、皮肉なことにね。パーティ発表の時に思ったわ。神様がいるなら満月まで突き飛ばしてやるって」
困ったような表情で笑うミーナ。
「でも、このときばかりはチェイスに感謝したわ。模擬戦でもテストでも、いつも優等生だったチェイスが剣を抜いて一人で立ち向かってくれたの。とは言え、冒険者見習いに何とかなる相手じゃなかったわ」
「気付けば、チェイスも血だらけにされて倒れてしまって……。次のオークの狙いは私たちだった。最初の一振りでテントの天幕が飛ばされて……その日の満月の光が目に入って――その後は一方的で一瞬の出来事だったわ。妖狐や白虎と戦ったときの力を発揮して、皆を救ったって話ね」
それはそれで度肝を抜かれるような体験だったのではないだろうか。
「冒険者希望の残りの二人は、冒険者になるのは無理だって次の日に冒険者を諦めて去って行ったわ」
諦めてしまったきっかけは何だろう。オークへの恐怖だろうか。それとも、上位ランクの冒険者ですら歯が立たない白虎や妖狐と単独で戦える『月姫』の戦闘を目の当たりにしてしまって、自信喪失してしまったからだろうか。
「でも、チェイスだけはその日から私に付きまとってきてね。戦い方のコツを教えろとか、模擬戦の相手になれとか、うっとうしかったなぁ」
チェイスはその時にミーナに完全に惚れてしまった……ということなのかな。きっと、そうなんだろう。ミーナの方はどうなんだろう。
「だから、腐れ縁とか、戦友とか、そういう感じかな。私はニーナのためにもギルド職員を目指していたから、あくまでそこまでの関係」
受付嬢の時のきっちりした様子も魅力的だったけれど、今の自然体の彼女も魅力的だ。モフ吉の一挙手一投足に、猫耳がピクピクしたり、目を瞑ったり。ミーナは見れば見るほど放っておけない感じがする。
チェイスはこんなミーナと育成学校時代にずっと一緒だったわけだ。そりゃあ仲良くもなるし、ちょっとズルいな。
などと思っていると、カゴの中の野菜が空っぽになったためか、すっと立ち上がるミーナ。
「チェイスとは、あくまで戦友よ。私、脳筋タイプの男の子ってあまり好きじゃないから」
そこで、モフ吉を地面に置くと、僕に近づいてきて、耳元に顔を近づける。
「キリト君がこのままいい男になったら、気になっちゃうかもね」
空のカゴを手に持って、ミーナは退室していった。正直、ドキッとしたし、今も心臓がドキドキしている。
僕は心臓の鼓動を落ち着かせようと深呼吸を繰り返していた。熱がなかなか冷めない。
ようやく少し落ち着きを取り戻してきた所に、ニーナとリージュがやってきた。
「どうしたのキリト? 深呼吸なんてしちゃって」
「と、トレーニングだよ。トレーニング」
「ニーナ。賢者の精神訓練の一つに深呼吸があるんだよ。きっとキリトさんも、精神訓練をしたんだと思う。ね? キリトさん」
「そうそう、精神訓練」
「ですが……キリトさんの耳が赤いような気がしますが……」「確かに……」
ジト目でこちらを見てくるリージュとニーナ。
「キリトさん、精神訓練にしては顔の火照り方も不自然ですね」「確かに……」
視線を右に左に逸らすが、二人で僕の視界を遮ってくる。
「ハッ!? さてはキリト、お姉ちゃんと何かあったんじゃない? さっきここから出てきたお姉ちゃん、なんだかご機嫌だったもん」
「キリトさん、賢者に隠し事をできるとは思わないことです」
「ただいま!! おぉ、何だか賑やかにしているな」
チェイスとベックが帰ってきてくれた。助かったと思ったのもつかの間。
ニーナがチェイスに泣きついた。
「ねぇ、チェイス!! 聞いてよ、聞いてよ。キリトが、キリトがね……」
……終わった。
僕は昔々のボクシングアニメの最終回のシーンのように、椅子にもたれかかり、ただ真っ白になるだけであった。




