第五十六話 同行
「は……早いよ三人とも。」
ゼェゼェと肩で息をしながらもトワ、傘都、光に追いつくために必死に足を動かす太郎。そんなトワ達は少しだけ顔を後ろに向けた。
「おいおい太郎。もうギブアップか?」
トワはそうわずかに汗を滴らせながらも余裕の表情で問いかける。
「まだあと五週残ってるが大丈夫なのかよ?」
そんなトワと並列で走っている傘都。傘都もトワと同様まだまだ余裕そうだ。
「分かる…分かるぞ太郎。コイツラの体力おかしいよな。バケモンだよな。」
明確に汗をかいてトワ達とは比べて光はあまり余裕はなさそうだった。
「い……や、光君…も、大概……おかし…いよ。」
しかし置いていかれまいと足を必死になって動かしている。だがそのせいで体力をさらに消耗して太郎は更にキツそうな表情になった。
「あの人たちは馬鹿なんですかね?まだ暑さはマシとはいえ……それでも三十度はありますよ。」
そう遠目から言っていているのはサキだった。サキは日陰の方でゆっくり休みながらお茶を飲んでいる。現在の気温は三十度、まだ初夏とはいえかなりの暑さだ。
「まぁまぁ、元気そうなんだからいいじゃん。」
ユキはユキでサキの隣に座りながらこの猛暑の中走っているトワ達を微笑みながら眺めていた。しかしちょくちょく目線はトワを捉えていたが。
「……よくトワを見ますね。」
チラッと横目でユキを見る。その顔はいつもの真顔だった。
「え!?そ…そんなことないよ!」
そう指摘されたユキは手をブンブンと振りながら否定する。顔は僅かに赤かった。
「……そうですか。ならいいですけど。」
サキは問い詰める気もないのか視線をトワ達四人に戻してお茶を一口飲んだ。
「……というか、もう六月だね。」
ふと思い出したようにユキは口にする。
「そうですね。あの悪魔復活から一ヶ月ですね。」
目線を僅かに下に落とす。
「ね、あのときはどうなるかと思ってたけど……なんか意外とどうにかなるもんなんだね。私あの時死んだと思ったもん。」
そこでサキは思い出したのか、そういえばと言った。
「そういえば、私は避難所の方にいたので知りませんでしたが、そっちはどんな感じだったんですか。」
「こっち?こっちはね……皆怖がってた。クラスの子の大半は教室の隅で固まって震えてたよ。ま、私もその一人だったんだけどね……。」
その声は後悔が確かに滲んでいた。
「…………。」
サキは何も言わなかった。
「でも、そこで助けてくれたのがトワ君なんだよ。その後、校庭にいたデカブツを倒して、スーパーに行ったりして………それで今に至るってわけなんだ。」
ユキは優しい笑顔でサキの方に振り向いた。
「……つくづくトワは主人公みたいですね。」
そう言葉を漏らす。
「……確かに。主人公みたいだよね。……でも、私はそうは思わない。」
もう一度トワを見た。
「何故です?」
その言葉にユキは再び笑みを浮かべて振り向く。
「だって……トワ君は完璧じゃないもん。物語の主人公は完璧に思える人が多いけどさ……トワ君は自分のことを蔑ろにするし、いっつも傘都君と馬鹿したりしてる。」
ユキの声はやけにウキウキとしていた。
「だから私はトワ君を主人公だって思わない。だってトワ君は主人公じゃなくて………人間なんだから!」
ユキは満面の笑みを棒に作る。その表情にサキは僅かに目を見開いたが、すぐに頬を緩めた。
「……それもそうですね。」
その声はほんの少しだけ温かかった。
◆
「それで仁さん、あの件、実行するということでいいんですか。」
それは学園長室の中、祖月輪仁と血南雲剛、そして櫻愛の三人と菅野誠也の一人がソファに座っていた。
「あぁ、もうここの学園も安全ってわけじゃねぇからな。なら……少数の人間を他のところに行かせて、次の拠点を確保しといたほうがいいだろ。」
仁は冷静に剛と愛に向かって目線を移す。
「えぇ、その通りですね。この学園も襲撃され、死者も出ている。もうゆっくりしている時間もないでしょうし、私も賛成です。」
愛はいつも通り母性を秘めている柔らかい声色で言う。
「私も、賛成です。今避難民達はいつ悪魔に襲われるのかも分からない恐怖を抱えている。なら、少しでも和らげるためにもそうするのが吉だと、私も思います。」
ゆっくりと、それでも確かに自分の意志で言葉を発した。
「なら満場一致か。だが問題は……誰に行かせる?」
仁のその言葉に二人は黙りこくった。誠也は邪魔しないよう口を挟まない。
「……俺としちゃあトワあたりがいいと思っているがな。」
わずかに視線を下に移す。
「……それは安牌かもしれませんが、少々私達は彼に頼り過ぎでは?」
愛の言葉には棘が含まれていた。剛は気まずそうに少し目をそらす。
「だが、現実問題どうすんだ。トワ以外……まぁ、うちの組員を連れて行くのはいいが、この方前市から出るんだから外にヤバい敵がいた時、誰が対処できる。」
仁の言葉に愛は言葉を詰まらす。当然だ、それはあまりにも正論だったからだ。
「…………。」
愛は必死に思考を回す。そして一つの結論に辿り着いた。
「…なら、私も一緒に付いていきます。」
愛の目つきが変わった。それは誠也が前見た冷たい大人の目だった。
「なんでアンタも行く必要があるんだ。そんなにたくさん心配か?」
仁は愛の目を見る。
「えぇ、心配です。それに………泉野市は私の生まれ故郷でもあります。トワ君達を見守るついでに、と。」
その目の奥には僅かに翳りがあった。
「……そうか。まぁいい。ついていくなら好きにしろ。俺も組員を数人だけ連れて行かせるつもりだからな。」
「あら……それは頼もしいですね。」
すると、愛は安心したのかふわっと雰囲気が軽くなる。
「おい、アンタはどうする。」
仁は顎をクイッと動かして剛に訊いた。
「私は……学園で待機します。何かあった時のために私がいなくてはいけませんから。」
仁はそうか、と言わんばかりに静かに頷いた。
「なら俺も学園で待機。組員の大半はここに残しておくから攻められても対処も指示もできるからな。」
愛と剛は首を下に動かす。
「なら、方針はそれで。」
すると仁は誠也を寄らせて耳打ちした。
「トワをここに連れてこい。説明する。」
その言葉に誠也はハッ、と返事をして学園長室の扉を開けて外に出た。
◆
そして数分後、学園長室の扉が開かれ、そこには誠也とトワが立っていた。
「その……何かあったんですか?」
状況を理解してないのか訝しげに仁を見るトワ。トワは剛と愛の存在にも気がついたのか、更に訳が分からない様子だった。
「お前を呼んだのは他でもない……泉野市のことだ。」
仁の目つきにいつもの空気を押し込め、トワは真剣な眼差しを向ける。そうして仁は話し始めた。愛のこと、拠点探しのこと、それらすべてを事細かく伝える。
「………なるほど。」
顎に手を当て状況を整理していた。
「何か分かんねぇところはあるか。」
「……なら二つほど。その少数の組員とは、大体どれくらいの人数なんですか?」
仁は一瞬だけ考え、すぐに答えを口にする。
「…五人だ。その程度あれば問題ねぇだろ。」
「……あとは、こちらで行く人を決めても?」
仁は特に思い至った様子はないが人差し指を出した。
「別にそれは構わねぇが……自分たちが守れる範囲で連れてけよ。」
トワは首を縦に動かす。
「他にねぇならもう行ってこい。集合は明日の九時。それまでには決めてこい。」
愛はトワを見ていたが、トワはそれに気づきながらも特に問い詰めずに扉の方へと歩き出す。
トワが学園長室を出ると、真っ先に傘都達の元へと歩き出すのだった。
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