第五十三話 光(ヒカル)
「ちぃ!!」
トワは何度も何度も植物を弾く。
「……以外にしぶといね。」
僅かに驚きつつも紅は攻撃の手を止めない。ありとあらゆる方向から来るせいで少しでも手を止めた瞬間串刺しになる。それをトワは理解してるからこそ止められない。
植物を受け止めた。すると、がっ!という音がナイフの刃から鳴った。そしてトワの視界の端に金属の欠片が映り込む。
「刃毀れ……!」
トワが後ろに下がり一瞬だけ確認してみると刃先が僅かに欠けていた。
「よそ見してる暇があるの?」
紅の声が聞えてすぐ、トワは振り返った。そこには眼前まで迫る植物の先端があった。
―まずい。
トワはそれしか考えられなかった。しかし時間は待ってくれない。コンマ数秒、確かに近づいてきている。
「だらぁぁ!!」
トワがその声の方に目を動かすとそこには投げ終えたポーズの傘都がいた。その瞬間、ガキン!という音がトワの耳を刺激した。
「……投擲、か。その程度で何ができるの?」
紅は傘都に問いかける。傘都の投擲したナイフが地面に落ち、カランカランと音を鳴らした。
「はっ、何ができるって?んなこと簡単だろうが………時間を作れる!」
その声を聞いて紅はトワのいた方向を見たがそこにトワはいなかった。
「私としたことが、ちょっと油断しすぎてたな。」
しかし紅はすぐにトワを見つけた。あの植物から逃れて距離を取っていた。
―でも、いかんせん五人はやっぱり面倒くさいな。すぐに決めるにしてもあの赤目の男の子が能力者となれば、いつ覚醒するかも分からない。
紅はため息をつく。
―あの短時間でここまで出力をあげれたんだ。やっぱり一番気をつけるべきはあの男の子。その他は取るに足らないって感じかな。
冷徹な目で五人を回し見る。
「…………なんで動かない。」
トワは焦っていた。迎撃が来ると踏んで構えていたのにいつになっても来ないからだ。それがかえって不気味に感じ、不安がだんだんと募っていく。
「……………。」
サキは構えたまま動かない。いや、動けないのだ。下手して動けば殺されるのはこちらであるからだ。
「…………なら、少しだけ割くか。」
紅がそう小さく呟いた瞬間、トワに一斉に襲っていた植物の二体を分断させる。そしてその片方の二体はトワへ、もう片方の二体は傘都達四人へと向けた。
「分断……!」
傘都は踵を浮かせる。動くたびにあの痛みが襲ってくるが気にしている暇はなかった。
「お前ら、固まるな!足を止めるな!」
誠也は傘都、ヒカル、サキの三人に警告を放った。その言葉を聞いた直後、三人は一斉に互いとは別の方向に走り出す。
―二本……!!ついさっきよりは少なくなった!
数が少なったことに安堵しつつも傘都のナイフへと視線を向けた。そしてその落ちている傘都のナイフを持った。
―くそ!武器がなけりゃ何もできねぇ!取れるか?いや、無理だ!この状況でそれを見逃してくれるわけがねぇ!
傘都の額に焦りがにじむ。
「傘都!!!」
反射でその声の方向に振り向く。するとナイフが傘都の近くの地面に向けて投げられていた。
「……トワ?」
わずかに驚いた表情になるがすぐに気を引き締め、地面に刺さったナイフを手に取った。
「サンキュー!!助かったぜトワ!」
迫り来る一本の植物を身をかがめて避ける。それに紅は舌打ちをした。
「避けられた。本当に面倒なことこの上ないね。」
その声には確かな苛立ちが乗っている。それに応えたのか植物の速度がわずかに速くなる。
「突破口がねぇ…………!」
誠也は苦しい顔をしながら植物をさばく。しかし体力尽きかけのトワ達と余裕飄々の紅とではあまりにも差がありすぎた。
「このままだと先に死ぬのはこっちか……。」
誠也は険しい顔をしてひたすら頭を回転させる。どうやったら勝てるのか、その勝機をどうやって掴むか。
しかしだからといって攻撃の手が止まることはない。その二本だけで四人を確かに追い詰めていた。
「腕がしびれて………!」
ヒカルは何度も攻撃をいなしていたのと走り回っていた末の体力の消耗の二つの原因によって限界が近づいていた。
「ヒカル、あとはこっちに任せて体力を回復してください!」
サキがヒカルと植物の間に入ってヘイトを買った。
「……でも!」
一度足を止めてしまう。
「でもじゃないです!ここにいられても邪魔なだけなんですよ!」
切羽詰まったように、苛立ちを含んだ言い方をする。
「……分かった。」
歯を食いしばって紅からできるだけ距離を取ろうとした。
「させると思う?」
紅はヒカルを見る。
―嘘だろ!追われてる……逃げなきゃ!
ヒカルは疲れのたまった足を無理やり動かして出口へと向かう。
「……嘘。」
サキが抑えていた植物はサキを無視してヒカルへと迫る。
「ヒカル!避けてください!!」
その言葉に反射的に後ろを振り向くヒカル。そのには眼前に迫った植物の先端があった。
◆
あれ、なんでこんなに近いんだ。だって俺は走ってたはず…………。そうか、足が思うように動かないんだ。だからこうやって追いつかれようとしてる。
あぁ……死ぬんだ、俺。嫌だなぁ、死にたくないなぁ。まだ、十六年しか生きてないよ………。俺だっけ結局、何の役にも立てなかった。この戦いに参加して、何かしら自分でもできることがあると思ってた。
でも現実はそうじゃない。サキに邪魔だって言われた。俺は………何もできなかった。本当に、クソ兄貴の言うとおりだったなぁ。
平凡で、平均の俺がそんなこと期待するんじゃなかった。何か人の役に、為になれるだなんて幻想……抱くんじゃなかった…………。俺は何者にもなれない中途半端だったんだ。
クソ兄貴のことは嫌いだけど、言う事信じてれば良かったなぁ。あの時、クソ兄貴に呼ばれた時だって……お前は平均の人間なんだから、お前の周りのような平均以上の人間になれると思うなよ………あぁ、本当にその通りだったよ。
ごめん…母さん、父さん。俺、とんでもない親不孝者だよ。親孝行も出来ずに死んでいく息子なんて……恥ずかしいだろうなぁ。
それと……クソ兄貴とも、もっと話せばよかった。
なんでだろうなぁ、いつもの言葉は厭味ったらしく俺のことを蔑むような言葉使いに思えるのに、なんでか……俺のことを心配してくれてるように思えてくるよ。
あれだけ嫌だったアイツの言葉が……どうしてこうも心にしみるんだろう。でも……そういえばクソ兄貴からの、周りの評価ってなんであんなに低くなかったんだろ。
あんな奴、信頼が地に落ちていてもおかしくないのに。なんで…………。父さんも、母さんもクソ兄貴ばかり見る。なんで……?何が違うの?俺と兄貴じゃ才能の差があるから?いいよなぁ……クソ兄貴は。才能があって………周りから認められて。
俺なんてどれだけ足掻いても平均しか取れないのに。誰かの……特別になんてなれないのに。どうして……どうして。そのくせして………なんで、なんで俺がひどいこと言うと悲しそうにするんだよ……!!
ふざけんなよ……!なんで今になって気づくんだよ!兄貴の優しさに、あいつの……不器用さに!なんで気づけなかった!いくらでもヒントならあったはずだ!いや、違う……俺が逃げ続けてたからだ。アイツが本当は優しいなんて……とうに気づけてた。
でも、気付いたら更に虚しくなる。俺の………俺の存在価値ってなんなんだよ。勉強も出来て……スポーツも出来て……それでいて優しいなんて。
そんなの………酷いじゃないか。俺には何もないのに、誇れるものなんて……なにも……ないのに。
なんでこうも同じ兄弟なだけで……こんなにも、違うだよ。
何か一つくらい分けてくれよ………。何でもいい、何でもいいからさ。俺が……俺だと思わせてくれるような唯一無二のものを……くれよ!
いや、そんなこと前に言ったなぁ。何年前だっけ、俺が小学三年生の頃だっけ。兄貴は………そうだ。誇れるものってのは、才能や生まれ持った素質なんじゃなくて、自分が心に決めたもの。ははっ……確か、そんな事言ってたっけなぁ。
俺、それ聞いて更に嫌いになったんだ。意味わかんないし、大人ぶってるし。それでいて兄貴は更に先生に気に入られるし。でも………でも、ようやくその意味が分かったよ、分かった気がするよ。
俺の、俺の誇れるものってなんだっけ?勉強?運動?……いや、違う。アイツラだ。トワ達だ。この短期間の仲だけど……俺はアイツラと関わってて、初めて寂しくないって思えた。
傷の舐め合いなんてなくて、ただ友達同士と接する。あぁ、楽しかったなぁ。傘都と馬鹿して、それにトワがツッコむんだ。
なら、それなら……俺はこれでいいのか?このまま不貞腐れて、生きることを諦めて、死を受け入れて……。そんなの、そんなの駄目だ!そんなんじゃ……俺が俺であることを誇れない!!
だから、アイツラのそばにいて、恥ずかしいと思わないような人間にならなくちゃならない!!そんなんでいいのか!お前は、笠上トワの友達だろうが!!
だから、立ち上がれ……立ち上がるんだ。俺が俺であるために、アイツラの隣に立てるように!
確かに俺は死ぬかもしれない。そんな絶望的な状況じゃあ何も変わらないのかもしれない。
でも、それは諦める理由にならない!諦めるなら死んでから諦めろ!!希望の灯を消すな……まだ、まだ明日を照らす光は残っている!
だから諦めるな!醜く藻掻く事こそが唯一俺にできること。それこそが、俺が俺である為の……田中光(田中 ヒカル)なのだから!!!!
◆
「……ヒカル!」
サキは叫ぶ。誰もが駄目だと思ったその瞬間、光がヒカルを包み、植物が弾けた。
「どういうこと……!?」
紅は目を見開いていた。ヒカルはゆっくりと目を開く。
「……嘘。まさかこの子も……能力者!」
光のその目は、確かな黄色の輝きを放っていた。




