第五十話 偵察、そして訓練
「おい、誰でもいいから避難所に偵察しに行ってこい。そこで誰か見つけたらすぐに俺に伝えろ。いいな。」
会議室の一角、そこで仁は熊野に向かって通話をかけた。
「はい、分かりました。組長。」
熊野はそう言って、仁はすぐに通話を切った。上げていた腰を近くの椅子に下ろし、息を吐く。
「ひとまず、これで十分だな。」
仁はすぐそこにある窓から外の景色を眺めた。その日は生憎の曇り空だった。
◆
「菅野さん、これでいいですか?」
学園長は校舎裏にいる誠也へと声をかける。どうやらマガジンと拳銃を多く抱えて学園長と組員数人がやってきたようだった。弾薬はすでにマガジンに詰められていた。
「おう、一人百発ちょいか。まぁいいだろう。よし、戻れ。」
誠也は組員に向かってそう言うとはい!と声を出してその場から去った。
「…………。」
しかし学園長は足を止めていた。
「不安か?」
学園長の顔を見ないように顔を背ける。
「えぇ。とても。」
それだけだった。飾らないたったそれだけの言葉。
「大丈夫だ。俺がいる。」
その言葉に肩をわずかに動かし、動揺した。
「……なら、安心ですね。」
ふっと安堵するように生きをつく。そして止めていた足は動き出した。段々と遠ざかっていく学園長を尻目に、誠也は銃を眺めていた。
そこにちょうど入れ違うように四人の人影が姿を現す。
「ちょうどいいところに来たな、ガキども。弾と銃、両方揃った。事情は言ってあるな?」
誠也はトワに視線を移す。
「全て話しました。」
トワは誠也の近くにおいてある弾薬箱を見た。
「えっと……トワの奴に言われてここに来たんですけど、銃を撃つって本当ですか?」
未だ信じられないのか訝しげに問う傘都。
「おう、本当だ。これからいざ使うってなったときにつかなきゃ意味ねぇからな。」
まだ弾の込めていない拳銃を傘都に投げる。それを危なっかしそうに受け取った。
「これが…………。」
マジマジとその黒の金属を眺める。セーフティに銃口、ハンマーがよく分かる。傘都はトリガーに指をかけた。
「おい、トリガーに指をかけるな。そいつは危ねぇんだ。」
その言葉の意味が分からず首を傾げる。
「幸い、そいつに弾は込めてねぇが、入っていたら本当に発砲しちまう。戦場につけばしても構わんが……ここでするのはやめろ。」
傘都は少し驚いたようにすぐにトリガーから指を退けた。誠也は他の三人にも銃を渡した。
「使い方を説明する。まずは弾込めの仕方だ。」
誠也はマガジンを手に取って軽くマグウェルに挿し込んだ。
「そして、次にチェンバーインだ。」
スライドを挟み、後ろに引く。そして手を離した。するとカチッという音とともに一発目が薬室に込められる。
「コッキングじゃないんですか?」
トワはふと気になり、訊いた。
「コッキングっつうのはハンマーを指起こす動作も含まれるんだ。薬室に弾を送るだけならチェンバーインつうんだ。」
誠也は近くのトワたちから離れた場所に銃口を向けた。
「……………。」
そして次の瞬間、誠也の腕が反動で後ろにわずか下がり、パン!という音と共に軽い耳鳴りと着弾の音が同時に鼓膜を刺激する。
その銃声にトワは顔をしかめ傘都は耳を塞いだ。
「滅茶苦茶うるさいですね。」
サキは少しだけ鼓膜を確認する。
「そりゃそうだ。本当なら耳栓とかノイキャンヘッドホンとか使うからな。」
マガジンリリースボタンを押した。するとマガジンが重力に沿って下に落ちる。誠也はそれを受け止め、近くに置いた。
「ならなんでそれを使わないんですか。」
サキは言う。誠也はスライドを引いて薬室に残ってある弾薬を下に出す。出てきた弾薬を片手でキャッチしてマガジン上部に詰める。トワは一連の動作を見ていた。
「そりゃ実戦でそれしたら死ぬぞ。耳が使えんというのは致命的だ。」
トワに銃本体を投げ渡す。
「それならある程度、鼓膜を犠牲にしてでも耳が使えるほうがよっぽどいい。」
それを両手で受け止めた。ずっしりとする銃本体の重さを感じながらトリガーに指をかけないように持つ。
「合理的なんですね。」
ヒカルは静かに傘都が持っている銃を眺める。
「じゃなきゃ死ぬだけだからな。」
あの時の光景がこびりついて離れないのか、わずかに力を込めて拳を握った。
「…………。」
四人の顔に影が差す。誠也はもう一丁の拳銃をサキに、ヒカルに手渡した。
「つうわけで、だ。ついさっきの工程をやってみろ。」
そう言っている最中、四人にマガジンを一つずつ配る。誠也がそう言い終わるとトワ、ヒカル、サキの三人は特に迷った手つきもせずに弾を込めた。
一方傘都だけ少し遅れていたが。しかし対して時間差はない。
「こっちに撃て。」
誠也は鉄のフェンスを親指で指す。
「…………。」
四人は銃を構え、腕を伸ばしトリガーに指を掛けるが中々引き金を引かない。
「何を迷ってる。」
四人に目線を順々に向ける。
「…………。」
トワたちはそれでも黙っていた。わずかに指がゆるえてるのが分かる。当然だ。初めて銃を撃つのに恐怖心がないわけがなかった。しかしサキだけは妙に落ち着いていた。
トワは一度息を吐き、ゆっくりと目を開ける。そしてトリガーを思い出して引いた。サキはその様子のまま、トワと同じタイミングで発砲する。
「………!」
パンっ!という音が再びトワとサキの鼓膜を刺激した。しかも今度は前よりも近くでその音を聞いたので耳鳴りが酷かった。
トワは反動による震えと、気持ちによる震えの二つによってプルプル僅かに動いていた。一方サキは震えを起こしていなかった。
それに続いて傘都が勇気を出して発砲する。傘都はあまりの耳鳴りに顔をしかめた。未だヒカルは深呼吸を繰り返している。
「………。」
しかし誠也は急かさなかった。そして、ついに引き金を引く。
「!!」
音の大きさに驚いて腕を上げてしまい、弾が壁に当たった。その穴は直径六センチくらいだった。
「ま、初めにしちゃ上出来だ。ちゃんと弾を真っすぐ飛ばせてる。」
誠也は穴の開いたフェンスを見る。
「ヒカルの反応が当然だ。気にすんな。」
労うようにヒカルに目を向けた。
「はい…………。」
しかしそれでも気になるのか、反応が乏しい。
「だが、こいつにもある程度慣れなくちゃならない。あと六発、自分のペースで撃て。」
誠也がそう言うと、トワたちの後ろに下がり、壁に背中を預ける。トワたちはそれに従い、腕を伸ばす。四人は腕を度々休ませながら六発を撃ち終えた。
「これで少しは慣れてきたな。」
トワはマガジンを抜いてポケットに仕舞う。
「扱い方も一通り分かったからこれで大丈夫だろ。」
傘都は安堵したように銃を置く。
「それフラグって言うんですよ。」
トワの後ろからヒョコッと顔をのぞかせた。
「うるせぇ!余計なお世話だ!」
ツッコミのキレは変わらないようだ。
「……つうか、ヒカルは大丈夫なのか?」
一度ため息をついてから、ヒカルへと目線を移す傘都。
「ま、まぁなんとか形にはなってきた。安心とは程遠いけどな。」
顔には不安しかないというような表情を浮かべていた。
「なら、ナイフを戦闘の主軸に置けばいいだけだから問題ないと思うぞ。」
トワは腰に手を当てる。
「そうするつもり。」
ヒカルがそう言うと、誠也が背中を壁から離し、近づいてきた。
「問題ねぇなら準備して行くぞ。」
「それに、だ。組員の一人が偵察で女を見つけたらしい。」
トワはゴクリと喉を鳴らした。
「それは何処で…………。」
恐る恐る目を合わせる。
「……避難所だ。」
その言葉に四人の身体が強張った。全員にあの時の記憶が刻まれているのか、恐怖心が大きくなる。
「そうですか。」
トワは僅かな恐怖を押し殺し、決意を胸に秘めた。
「分かってたとはいえ………やっぱ。」
傘都は歯を食いしばった。
「それは全員そうですよ。でも、やらなきゃ死ぬだけです。」
サキは腹をくくる。
「そう……だよな。うん。」
ヒカルの瞳に決意が宿る。
「どうせ後に引けないんだ、やってやるさ。」
傘都は覚悟を抱いた。
「なら、各自銃を持って準備をしろ。終わったらすぐに校庭に集まれ、以上。」
それだけ言うと誠也は自分の分の銃を手に取ってトワたちに背を向け、歩きだした。
◆
「なんだよ、クソ兄貴。」
ヒカルは準備を終え、廊下を歩いているとばったり遭遇した。
「…………。」
しかしヒカルの兄、田中陽は口を開かない。
「なんか言えよ!」
思わず声が大きくなる。
「……身の程をわきまえろ。それだけだ。」
静かに、それでも力強くそう言った。
「あ?…………もういい。てめぇと話してると時間の無駄だ。」
腹が立つ気持ちを抑え込みながらヒカルは苛ついているように歩きだす。
「…………。」
ヒカルが去るその後姿を、なぜだか陽は寂しそうに見つめていた。




