第四十六話 白と永
「やっと……やっと花に会える!」
傘都はトワと保健室につながる廊下を歩いていた。あの男の事から数日が経ち、今学園では復興している最中だった。
「お前会えてなかったんだっけ?」
トワは訊く。
「いや、会えてはいたんだが……最近は色々あってな。寂しいんだよ。」
口をとがらせる傘都。
「随分素直だな。」
「素直でわりぃかよ。」
「そんなこと言ってねぇだろ。」
呆れながら傘都を横目に見た。
「つうかよトワ、お前早すぎ。何あの移動速度。」
そこで数日前の出来事が頭をよぎり、話題を変えた。
「…?」
一体何のことか分かっていないようだ。
「あの時のだよ、あの時の。お前サキ抱えてわけわからんスピードで走ってたら。」
そこでトワも思い出したのか、あぁ、と反応する。
「俺に言われても知らん。」
トワはぶっきらぼうにそう答える。
「なんで本人が把握してねぇんだよ………。」
はぁ、と呆れが混ざったため息をつく。現在トワと傘都、それに戦闘員の面々は次に備えるために休息を取っていた。
「お前は一体いつから人間やめたんだ?」
両手を頭の後ろに乗せ、チラッと横目でトワを見る。
「…………ジョジョ?」
ハッとした顔でいきなり傘都に振り向く。
「ちげぇわ!!」
廊下中に傘都の声がひびく。それに気づいたのかゲフン、と咳をした。
「それによ………ユキともなんかあったんだろ?」
その言葉にトワの足は止まる。
「…なんで。」
わずかに顔をうつむかせ、問う。
「なんでって……そりゃ見ればわかる。お前ら、互いにぎこちないんだよ。まぁ、なんでかは知らんがな。」
頭をガリガリと掻いて面倒くさそうにトワを見る。
「…………。」
しかしトワは黙ったままだった。そしてしばらく静寂が廊下を支配すると、我慢できなくなったのか大きな声を出した。
「だぁもう!いつまで意地はってんだよ!」
周りのことも気にせずそう叫ぶ。幸いほかに人はいないようだが。
「それは………。」
何か気まずいのか、口籠った。
「俺には何があったかとか分かんねぇよ!もしかしたらトワが悪りぃのかもしれないし、ユキが悪いのかも分かんねぇ!」
それだけ言って一度息を吐いて、吸う。
「でもよ……少しでも歩み寄らねぇと、解決するもんも解決しねぇだろ………。」
先程の声とは違い、何処か心配するような感情も含まれていた。
「……そうだよな。」
トワは決心がついたのか傘都の目を見る。
「…頑張れよ。」
傘都はそう少しだけ優しく言った。その時だった。白い何かが廊下の角からトワと傘都を見ている。二人はそれに気づいた。
「……誰だ?あの子。」
傘都はその白髪の少女を訝しげに見る。しかしトワはその子に見覚えがあったようで目を見開いて驚いていた。
「……マジか。起きたのか……!」
その反応に傘都はトワに振り向く。
「起きたって…どういうことだよ?」
今度はトワのことを怪訝な顔で見た。
「実はあの日の夜、勝手に避難所に行ってな……。」
トワはぽつりぽつりと語り始めた。あの白髪の少女を見つけたこと、そして彼女を避難所から連れ帰ったこと。その日の出来事を、包み隠さず傘都へ話した。
「…ひとまずトワは怒られとけ。」
呆れたように目を細める。
「だから滅茶苦茶怒られたよ………。もうしない。」
うげぇ、とあの時の記憶が蘇ったのか顔をしかめた。
「まったく、本当に無茶するなぁトワは。」
もう何も言うことがないのか、傘都はその少女に振り向いた。
「で、だ。あんな所で覗いてどうしたんだ?」
傘都は先程の廊下の曲がり角を見て少女に目を戻す。
「なんか、大きい声がしたので………。」
その言葉に固まる傘都。
「あ……あれかぁ。その……悪かったな。大きな声出して。」
頬をポリポリと掻きながら、申し訳なさそうな態度を見せた。
「いや、いいんです。少し……気になっただけなんで。」
少女は少し笑う。
「ちょっと、マシロちゃん?いきなりどうし………。」
廊下の角からとある女の子の声がした。
「……花?」
その声にいち早く反応を示したのは傘都だった。花も傘都が視界に映り、目を丸くする。
「傘……都?」
そして数秒間の沈黙の後、傘都は花に駆け寄った。
「花!」
駆け寄った傘都は優しく抱きしめた。車椅子のせいでぎこちなくなっているが。
「ど……どうしたの傘都?」
困惑したように笑う。花も傘都を優しく抱き返した。
トワとマシロは置いてけぼりにされている。
「これって邪魔しないほうがいいよな……?」
傘都のほうを向きながら問う。
「そう……ですね。」
なんとも言えない表情で花を見ている。
「寂しかったよ〜〜!!」
恥ずかしさもへったくれもなくそう叫ぶ。
「私もだよ傘都。でも、声が大きいかも……。」
嬉しさを感じつつも気になることは言う。
「あ、悪い……。」
ションボリと口を動かした。
「いやいや、次から気をつければいいよ……!」
そんな会話を二人は端から見ている。
「……俺達はいつまでこのイチャイチャを見てればいいんだろうな。」
遠い目をして諦めていた。
「……ですね。」
そこでふとトワは思い出したのか目だけをマシロに向けた。
「というか、お前はマシロって言うのか?」
マシロは嬉しそうに頬を緩め、少し赤くなった。
「はい、そうなんです………!小森マシロって言います!」
トワにはブンブンと振っている尻尾が見えた。
「お…おう。滅茶苦茶嬉しそうだな……。」
「勿論ですよ!花ちゃんに名付けてもらいましたから!」
自然と声が大きくなるが、傘都と花は二人の世界に入っており、気づいていないようだ。
「良かったな。」
トワは優しく微笑んだ。
「……あなたの名前は?」
マシロの目がトワを捉える。
「俺は笠上トワ。マシロをここに連れてきた張本人だ。」
それにマシロが反応を見せた。
「もしかして……私のことを知ってたり…?」
マシロの瞳に期待が宿る。が、しかし。
「悪いな、そこまでは知らない。俺も避難所に君がいたことしか分からなかったからな。」
「……そうですか。」
目を伏せ、曇る。
「あ……いやその……。」
なんとか取り繕おうと考えた。
「……大丈夫です。私記憶喪失だから、少しでも自分のこと知りたくて……。」
トワは動きを止める。
「そうなのか?」
できるだけ踏み込まないように慎重に訊いた。
「はい……。治?って人に色々聞かれて…それで記憶喪失だって。」
そう言い終えた瞬間、カツカツと誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。
「まったく、二人とも少し早くないか…い?」
そこに現れたのは治だった。そしてすぐに傘都と花の現場を目撃する。
「……いちゃつくなら他所でやりな。」
その声に二人は、ばっと振り向いた。
「な……治さん!?」
「な……治先生!?」
二人は顔を赤くして少し距離をとった。
「なんで二人は止めないのさ。」
治はトワとマシロを見た。
「いや、流石に割入るのはちょっとあれかなって……。」
気まずそうに目を落とす。
「そこはほら……勇気を持って。」
身振り手振りで何とか伝えようとした。
「なんですかそれ。」
トワは目を細めて呆れたように言った。
「治さんって……そんな人だったんですね……。」
少し残念がるように目を伏せる。
「いや待ってくれよ。違うんだ、わたしは決してそんな人間では……。」
顔に少し焦りを浮かべ、なんとか弁明しようとした。
周りの様子に気づいたのか花と傘都がトワたちの方へと向いた。
「なにかあったのか?」
本当に二人の世界に入っていたようで三人の会話が聞こえたなかったらしい。
「お前ここの距離で聞こえないってマジで言ってるか………?」
ありえないと言うような目で傘都を見るトワ。
「え?何のことだよ?」
それでも傘都と花は頭にハテナマークを浮かべている。
「なんでもねぇよ………。」
もう何も言うまいと、ため息をついて諦めた。
◆
「あれ?あの三人どこに行ったんだ?」
そこは第一体育館の中、未だ恐怖が拭えないその場所で太郎はポツリと呟いた。
「太郎君!これもお願いできるかな?」
後ろから声をかけたのは先生だった。
「はい!分かりました!」
僅かに顔を後ろに向かせ元気よく返事する。
「ま、いいか。」
そう言って踵を返し、太郎は自分自身の仕事へと戻るのだった。




