表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大賢者の末裔  作者: 理想久
第四章 魔術師の邂逅
99/108

未知に近づく好奇と、危機を知らぬ好奇は別物である


■◇■


「人生って、そうそう上手くは運ばないよねぇ……ゼルマ」

「はあ……よりにもよって先輩がそれを言いますか」

「私にだって上手く行かないことはあるとも。寧ろ普通の人よりも多いまである」

「はあ……そうなんですね」


 公園の長椅子に二人は座り、目の前で元気そうに戯れる子供達を眺めながら会話する。

 当たり前の話だが、最高学府にも子供は居る。多くの場合は魔術師の子供なので、将来は彼等もまた最高学府への入学を目指すのだろう。

 そんな希望溢れる子供達を見ながらゼルマが会話する相手は……非常に暗い雰囲気を纏っていた。


 会話相手はどこからどう見ても美少女だ。とある日の昼下がりにそんな美少女と何気ない会話をする……とそこまで聞けば多くの者が羨みそうだが、実際はそこまで羨ましいものではない。

 ゼルマにとっての先輩であるノア・ウルフストンと久しぶりに出会った結果、彼は逃れられずノアの愚痴に付き合わされているだけなのだから。

 それも、一部の者からすれば結局羨望の眼差しで見られる状況ではあるのだが。


「はあ……辛いよねぇ……」


 彼女は人生について愚痴を言っているが、傍から見れば彼女は相当に恵まれた人間だ。

 六門主の家系に産まれ、裕福故に金に困った経験がなく、才能に恵まれた故に悠々自適な生活を送っている。地位と金銭、そして才能に恵まれた存在がノア・ウルフストンという人間なのだ。


 勿論、彼女自身の気質は彼女の才能に対して大いに影響しているだろう。

 ノアは魔術の研鑽を苦に思わない性質の人間であるし、恵まれた産まれを鼻にかけるといったことも基本的にはしない。人間的には難があるものの、人間性としてはかなり善良な存在だ。

 それが分かっているからこそ、ゼルマも強く言い返したりはしないし不快にも思わないのだが……聞く者が聞けば憤慨間違いなしの言葉でもある。

 彼女は間違いなく、恵まれている側の人間ではあるのだから。


「で、何があったんですか。そろそろ教えてください」


 彼女の話を聞き始めてから既に十数分が経過しているが、彼女はまだ本題に入っていない。

 会話の本質が愚痴だと分かっているので、内容について追及はしていなかったが、これ以上会話が長引くのであれば流石にそろそろゼルマも気になる頃合いだ。


「ああ、そうだね。実は……あ、〈静寂〉(ガズバード)……これで良し。実はねぇ、実家から面倒臭い仕事を言いつけられちゃってねぇ……それが実は今日なんだよねぇ……」

「実家というと、ウルフストン本家から?」

「そうそう……しかも父上直々にねぇ……」


 しれっと彼女は周囲の音を消す高位の魔術を使いつつ、内容に触れる。

 彼女の言う実家とは、つまり魔術歴史部門の門主家系であるウルフストンのこと。

 つまり、彼女の言う父上とは……その六門主その人であるということだ。


「そんなに大事なんですか。門主が直々になんて……いやまぁ先輩は家族だからそういうことも普通なのかもしれませんが」

「まぁちょっとしたお願いとかなら珍しくないよ。『あれを持ってないか』とか『ちょっと研究を手伝ってくれないか』とかね。でも、これはちゃんと六門主家としての仕事なんだよねぇ……はぁ」

「それは……確かに大事ですね」


 最高学府における六門主の権力は絶大だ。

 各部門の統括に留まらず、最高学府という巨大な組織を運営する意思決定者。

 各種大祭が六門主の仕切りであることも、その権力の証左だろう。


 しかしながら六門主本人が全てを取り仕切っているのではない。

 君主制の国家において、君主が国家運営の全てを行うのではないように。

 六門主も定常的な業務の多くを代理人の他、部門所属の配下に任せている。

 例えばアズバードは現代魔術部門の門主だが、各学科の主管は科長であり、各学科の細かな運営を全て把握しているかというとそうではない。


 故に、六門主が自ら動くという事はそれだけで大事なのだ。


「ほら、最近来てるだろう?」

「来てる……ああ、もしかして法国の聖女のことですか?」


 ノアの言葉でゼルマが思い出したのはつい昨日講義に参加した聖女の存在だった。

 最高学府は内外の出入りがないとは言えないまでも、『来てる』という言葉で示せる存在と言えば、それだけ大物でなければならない。

 そうなれば真っ先に思い至る人物は当然、法国の聖女となる。


「そうそう。実は、今回の来訪の担当は魔術歴史部門(ウルフストン)なんだよねぇ」

「そうなんですか。俺は古代魔術部門(レオニスト)なのかと思っていましたが」

「まぁねぇ……協力はしてるみたいだけど、主はウチなんだよ」


 一般に古代魔術を扱うのは古代魔術部門だ。実際、古代魔術部門には信仰科という学科も存在する。

 しかし神聖魔術はその特殊な構造故に、明確に特定の部門だと言えるものでもない。

 古代魔術部門(レオニスト)でなければ魔術歴史部門(ウルフストン)に、というのは決して不自然ではなかった。


「それで何故先輩に仕事が回って来るんですか?」

「うんうん、不思議だよねぇ。確かに私は六門主家(ウルフストン)だよ?でも、今はまだ一介の学徒に過ぎないし……魔導士ではあるけど、教師でもないしさぁ」


 ノアの言う通り、彼女は特別な存在ではあるが立場としては単なる学徒の一人である。

 最高学府においても『学徒』と『教師』は立場として明確に異なる存在だ。魔導士の中から、更に様々な条件を満たして選ばれた存在、それが最高学府における『教師』。

 学徒の範囲を超えた権限を有しているが、同時に最高学府運営に関わる多くの義務も課されている。

 その義務故に、教師を越えた実力を持ちながら学徒の立場のままでいる者も居るのだが……それでも尚、教師とは特別な存在なのだ。


 しかし……。


「でも六門主家というのはそういうものなのでは?」

「分かっているとも……だから断れなくて困っているんだろう」


 涙を流しているような声でぼやくノア。

 その様子は到底ゼルマより年上とは思えないのだが、彼女の面倒くさがりは生来のものだ。

 究極、彼女は魔術の研究さえできれば良いと考えている。外出も滅多にしないし、他者と長期に渡って会話がなくとも苦にならない。

 魔術歴史部門の魔術師にはそういう気質の者が多いのだが、正に彼女はその象徴だろう。


 それでもなお、数々の特権と引き換えに義務も背負っているのが六門主家である。

 例え彼女が今はまだ一介の魔術師でしかなくとも、その義務は確かに存在するのだ。


「それでね、今晩聖女様をもてなす役目として一緒に食事をするのさ」

「へぇ……頑張ってください」

「しかも同年代だからって私一人だけだよ?ありえないだろう、父上か母上か……せめてジェナさんとかが同席するだろう普通!」

「大変ですね。頑張ってください、応援しています」

「君さぁ……他人事だと思って適当に言っていないかい?」

「実際、他人事ですからね。俺が代わろうと思って代われるものでもないでしょう?」

「それはそうだけどさぁ……提案くらいしてくれても良いんじゃないかなぁ」


 ゼルマも一人の魔術師として聖女と話してみたい気持ちはある。

 ゼルマが偽典魔術の参考にした〈其の言葉を(イル・ルフ)告げるもの〉(・アンジェ)も、元々は神聖魔術の基本的な魔術の一つである。

 今後の為にも神聖魔術については是非学んでおきたいところだ。


 しかしながら、懸念もある。

 それは単純明快な話。ゼルマは聖教徒ではない、ということである。

 ゼルマはその性質故に再現することができたが、それは本来異常現象なのだ。

 神聖魔術は聖教徒だけが使える力であり、それが世界の常識だ。魔術に親しみの薄い地方の人間であっても『神聖魔術とは聖教徒が使えるものだ』という認識を持つ人間は多い。

 だからこそ、クリスタルもあの時、驚かずにはいられなかったのだが。


 故に、もし聖教の象徴とも呼べる聖女に偽典魔術の事が知られればどうなるのか。

 いきなり聖女自身が敵対するということはないかもしれないが、宗教には過激派の存在がつきもの。クリスタルだからこそ秘密を黙っていてくれたが、他の者がそうだとは限らない。

 寧ろ、聖教の人間であれば法国へ共有するということも大いにありえる。

 ともすればその筋から、ゼルマの正体が知られる可能性もあるだろう。


 不安要素は無いに越したことはない。

『未知に近づく好奇と、危機を知らぬ好奇は別物である』とは大賢者の言葉だが、その通りだとゼルマも思う。魔術師たるもの、時には危険を承知で未知に踏み込むことも重要だろうが、それは余計な危険までも呼び起こして良いということではないのだ。


「まぁ立場的にも普通の魔術師でしかない俺が同席するなんて有りえないですからね。先輩は諦めて準備をした方が良いと思いますよ。夕食ですよね、そろそろ時間無いんじゃないですか」

「君は正論を言うのが本当に得意なやつだねぇ……少しは優しさを見せてくれても良いだろう。こんなに君の大事な先輩が困っているんだよ?助けになりたいとは思わないのかい?お願いだよぉ……一人で行きたくはないんだよぉ……何話せば良いのか分からないんだよぉ……」

「頼るなら俺以外にお願いします。先輩の力になりたい気持ちはありますが、こういう問題は助けになりようがありませんから。それに、俺も聖女相手に話題なんて無いですよ」


 実際、ゼルマが同席するのは明らかに不相応だ。

 法国の聖女と六門主家の魔術師、そして最近魔導士になっただけの男。

 誰がどう見ても異常事態である。どんな経緯があれば許されるのか尋ねてみたい程だ。

 強いて言うならノイルラーは『大賢者の末裔』としてそれなりに知られているかもしれないが、それは名を知られているだけで立場を有しているのではない。


「他に誰か居ないんですか?先輩と同席してもおかしくないような知り合いは」

「私の知り合いなんて君くらい……いや、そういえば最近知り合った子が居たな……」

「へえ……それは良かったですね?その人は同席できそうなんですか」


 若干煽っているようにも聞こえるが、ゼルマの心からの言葉である。

 元々まともな交友関係がゼルマしかいなかったノアである。

 友人と表現していないことから、そこまで深い交友関係ではないのだろうが、それでも知り合いと呼べる人物が出来たのだとゼルマは嬉しくなった。


「うん……いや、ありかもしれない。彼女ならあの場に同席しても見劣りしないだろうし……寧ろだよ。うん、ありだ、ありだよゼルマ!これは妙案かもしれないぞ!」

「良かったです」

「いやぁ、確かにそうだねぇ。君に頼れないなら、他の人間を頼れば良いんだよ。長らく知り合いが居ない生活が長かったから失念していた!」

「……よ、良かったです」


 聖女と六門主の食事会に同席しても見劣りしない人物というのが一体誰なのかゼルマは少し気になったが、他人の交友関係に事細かく口を出すのも無遠慮な話だ。

 同年代の六門主家の人間とでも出会ったのだろう、とゼルマは思っておくことにした。


「そうと決まればすぐにでもお願いをしに行かないと!相談に乗ってくれてありがとう、同士ゼルマ!このお礼は絶っっ対にするから覚悟しておきたまえ!」


 先程迄の曇天の如き雰囲気はどこへやら。

 ノアは勢いよく長椅子から立ち上がると、それだけを言い残して走り去ってしまった。

 例の人物へ同席してもらえるよう、お願いをしに行ったのだろう。

 ゼルマはそうした場に縁が無いので分からないが、突然食事の場に同席しても許される人物とは、どれだけの立場を有する人物なのだろうか。


 しかしながら、ゼルマ的により気になったのは他の点だ。


「……何をするつもりですか先輩」


 ゼルマは未来のことを考え、楽しみなような怖いような曖昧な気持ちにさせられたのだった。


 ■◇■


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ