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大賢者の末裔  作者: 理想久
第四章 魔術師の邂逅
100/109

罪とは結果であり、手段そのものではない。

 

 ■◇■


「おはようございます皆さん。それでは今日も張り切って講義を始めましょうか」


 穏やかな声音の教師、ペリエによって序列学の講義が始まる。

 教室内の学徒の雰囲気もどこか和やかだ。

 序列学を担当する教師……ペリエ・アリル・ウルフストン。

 ウルフストン分家の産まれという、最高学府では群を抜いた名家の魔術師であり、かつ魔術歴史部門序列科の科長でもある優秀な魔術師である。

 普通、立場の高い教師を目の前にすると大なり小なり緊張感が生まれるものなのだが、彼の人柄故か学徒からの人気は非常に高い教師である。


「と、その前に少しだけ雑談をさせてください。大丈夫ですよ、予定している内容は十分進められますから安心してください」


 ペリエの言う通り、序列学の講義は講義予定通りに進んでいる。そもそも進捗としては順調すぎる程なので、少しばかり雑談を挟んだとしても予定通り問題なく進められるだろう。

 学徒の中にも講義の方を早く進めて欲しいと感じる者は殆どいなかった。寧ろ、ペリエが何を話してくれるのかと期待の眼差しで見ている者の方が多いまである。


「先日、最高学府へ来襲した危機……【焔の魔王】については皆さんの記憶も新しいことでしょう。彼の魔王が齎した火炎を直接目の当たりにした人も多い筈です」


 そこで出された話題は意外なものだった。

 何しろ、この講義は『序列学』の講義である。確かに先日の一件が多くの学徒の記憶に鮮烈に焼け付いている。特に、あの満天の星空の如き火炎の輝きを目にした魔術師は多いだろう。

 しかし、いくら【焔の魔王】が強大であるとはいえ、彼の魔王が序列に数えられたことはない。ペリエは講義と無関係の話題は出さないと学徒達は知っているだけに意外に感じたのだ。


「それを見て、皆さんはどう感じましたか?恐怖を覚えましたか?それとも何か別の感情を抱きましたか?誰かに答えて貰うつもりはありませんから、自分の心の中で真剣に思い出してみてください。これはとても大事な事ですから」


 そう言われ、教室内の学徒達はあの日の出来事を思い出す。

 魔王という存在の強大さを肌で感じたあの日のことを。

 物語の存在が、決して物語だけの存在ではないと知ったあの日のことを。

 或いは、魔王と対面して知った……魔法のことを思い出す。


 あの日、【焔の魔王】を直に見たものは限られている。

 彼の魔王の攻撃を直に浴びた人間はほんの一握りだけだ。

 だが、それでも学徒の脳内に焼け付いた絶望的な光景。


 その光景を目にして、自分はいったい何を感じたのか。


 ほんの十数秒の沈黙の後、様々な感情を抱いた学徒達に対して、ペリエが言う。


「ありがとうございます。ではもう一つ聞きましょう。皆さんの中で、あの出来事を経て……『憧れ』の感情を抱いた人は居ますか?」


 一瞬、空気が冷える感触がする。

 憧れ。その言葉を聞いて何人かが表情を強張らせる。

 返答するものは居ない。だがそれでも、生み出されたこの空気こそが証明だった。


「私は咎めているつもりはありません。魔術師であれば、強大な存在を見て大なり小なり意識をするということは必要不可欠なことですらあると思います。そうして今の魔術師達は進んできたのですから」


 にこりと微笑むペリエの表情は、彼の言う通り誰かを咎めているようなものではない。

 そもそも学徒達はペリエが誰かを咎めている姿を見たことがないので、この表情が普段の彼と同じというだけでしかないのだが。実際、彼は咎めていないのだ。

 魔術師にとって、何かを目指すという行為は必要不可欠なことだ。現代魔術の進歩は古代魔術があってこそのもの。再現魔術など、その在り方からして『何かを目指す』というものである。

 故に、それ自体はペリエも否定していない。


「ですから、もしこの中に彼の魔王に『憧れ』の感情を抱いている方が居たとしても、それは何もおかしなことではないと思います。寧ろ、あの出来事の中で恐怖に呑まれずにいたのですから、魔術師としては優れた素質であるかもしれません。ですが……」


 そこでようやく、穏やかだったペリエの表情に一握りの真剣さが込められる。


「間違えてはいけません。彼の魔王の力に『憧れ』を抱いたとしても、決して、彼の魔王を『目標』に据えてはいけません」


 力強く、はっきりと彼は言う。

 普段が穏やかで物腰柔らかな彼であるだけに、明確に善悪を言い切る彼の姿は一層真剣に見えた。


「【焔の魔王】は別名を『文明の破壊者』と言います。その由来は……推測がつくところでしょう」


 文明の破壊者。

 それはかつて、栄華を誇った都市を灰燼に帰したことから付けられた名。

 都市の僅かな生き残りが、彼の魔王を指して物語に残した名前だ。


 ヴィザーが身命を賭して、あの業火の雨を防がなければどうなっていたのか。

 この場に居る学徒の中には、あの日の詳細な出来事を知らない者の方が多い。

 だがそれでも、理解できる。

 限りの無い魔力によって用意された破壊の火炎。

 あれがもし、最高学府に降り注いでいたらどうなっていたのか。

 想像に難くない。


「『罪とは結果であり、手段そのものではない』。魔王の持つ強大な力に、魔法に魅せられることは罪ではありません。ですが……持った力を無作為に振るい、魔術師としての本分を忘れることは罪と呼べるでしょう」


 ある学徒がペリエの言葉を聞いて、ぞくりと背筋を震わせる。

 その学徒はあの日、奇しくも高台から【焔の魔王】の力を目撃した者であった。


「強大な力は良くも悪くも他者に影響を及ぼしてしまう。聡明な皆さんのことですから、道を踏み外すということは無いかもしれませんが……少しだけ、このことを心に留めて貰えると嬉しいですね」


 先程の真剣な表情が嘘であるかのように、いつもの穏やかな表情へ戻るペリエ。

 優しい言葉の中に宿された真剣さは、非現実的でありながら、現実的だ。

 もし、仮に、そういうことがあったのならと考えざるを得ない程に。


「さて、この講義は序列学ですから……何故、【焔の魔王】が序列に数えられていないのかも少しだけ話しましょうか。そうでないと、本当にただの雑談になってしまいますから」


 すっかり強張ってしまった教室内の空気を元に戻すためか、ペリエが冗談を言う。

 実際にはペリエの冗談一つで空気が元に戻ることは無かったのだが……幾分かはマシになった。


「これまでの講義の中で、序列とは、我々人間が強大な存在に対し、目に見える形を与えたものであると説明してきました。これは『序列』というものの最も基本的な考え方です」


 この講義を受講している学徒達にとってはすっかり馴染み深い基本的な序列の概念。

 最も基本的な部分なので態々細かく説明されずとも覚えている学徒が殆どなのだが、ペリエはこうした基本概念を丁寧に説明するタイプの教師だ。これも彼が学徒からの人気が高い理由の一つでもある。


「ですから、序列には人間種に対して敵対的でない存在も居ます。例えば序列第九位【栄光帝】は現実にグロリア帝国を統治する皇帝であり、人種の英雄としても知られています。我々魔術師の立場で言えば、次席となる序列第十位の【大賢者】もそうですね」


 序列第九位【栄光帝】、序列第十位【大賢者】。

 いずれも人間種族に対して敵対的でないことで知られている存在だ。

 第九位の【栄光帝】は現代の英雄であり、優れた統治者として。

 第十位の【大賢者】は言わずもがな、偉大なる魔術師として。

 それぞれ序列に数えられている。


「序列とは単純な力の形ではなく、その存在が持つ『影響力』と言えます。その存在が動いた時、世界にどのような影響が齎されるのか……そうした形です」


 人間種族にとって敵対者であるかどうかは確かに重要な要素だ。

 例えば序列第二位【侵略の魔王】の様に、強大な存在が明確に人間に対して敵対的である場合、その影響力は高く評価される。

 しかし、だからといって敵対的な存在だけが序列に数えられる訳ではない。

 つまるところ序列にとって重要な要素は、人間種族ひいては世界への影響力なのである。


「であれば、何故【焔の魔王】は序列に数えられていないのか?そうですね、これは講義に関係しますから誰かに答えてもらいましょう。……フェッツ・フィンドル君、答えてください」

「は、はい……えっと」


 不運にも大勢の学徒達の中から当てられてしまった青年は戸惑いながらも立ち上がり、少しだけ考えた後、自信なさげに答え始めた。


「【焔の魔王】が……実はそんなに強くなかったから……とか?いや、そんな訳ないですよね……」

「ありがとうございます。フェッツ君、実はその答えは良い線をいっています」

「え!本当ですか!?」

「はい。ですから何も恥じる必要はありませんよ。寧ろ、回答を知らず、考えて導いた君の答えには価値があります。ありがとう、座って大丈夫です」


 ペリエに促され青年は着席する。


「そうです。実のところ、彼の回答は八割程は正しい。結局のところ【焔の魔王】の力は、現在の序列を覆す程の力ではないと考えられているのです」


 ペリエが周囲を見渡して言う。

 学徒達の表情は疑問が五割、興味が四割強、納得が残りの一割未満といったところだろうか。

 一部の学徒は「だろうな」という表情も浮かべている。


「【焔の魔王】の力は確かに凄まじい。文明の破壊者と恐れられるだけのことはある。けれど、彼の魔王には魔王たる意思がない。彼の魔王は結局のところ、徒に力を振るっているだけに過ぎないのです」


 一部の学徒……それは既に経験をしたことのある者たちだ。

 或いは、『魔王』とは何たるかを知っている者たち。

【焔の魔王】以外の魔王の恐怖を少なからず知っている者たちであった。


 だからこそ彼らは知っている。

 魔王の本質とは、その恐怖とは、強大な力だけではない。

 寧ろ、その逆であるということを。


「道端に転がっている石ころでも、殺意を以て投げつければ武器となるように……ただ強いというだけでは序列に数えられることはない。それは序列の持つ在り方とは異なっているからですね。序列とは人間への影響力であるということ、これを忘れないでください」


 ペリエの言う通り、結局のところ結論は一つである。

 序列とは、その存在が有する影響力を見える形にしたものなのだ。

 狂気に陥り、意思なく破壊を撒き散らす【焔の魔王】は序列には相応しくないのである。


「先生、一つ質問をしても良いでしょうか?」

「勿論。ですがそろそろ講義に入らなければいけませんので、長くなるようでしたら講義後に聞きましょう。それでも大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。それでは手短に、一つだけ」


 先程とは別の学徒が手を挙げ、質問を行う。

 講義次第ではあるが、こうして学徒が講義中に質問を教師に投げかけるというのは珍しくない光景だった。


「以前の講義で、序列の中にはもう何百年と活動していない存在も居ると聞きました。序列が単純な強さでないのなら、その存在の持つ影響力は薄まっていくと考えられはしないのでしょうか?」

「鋭いですね。良い質問をありがとうございます。結論を言ってしまえば……君の指摘は間違っていません。事実、初期の『序列論』にしか記録の残っていない【黒の魔王】の序列は時と共に下降し、現在は序列第十二位になっています」


 学徒の言う通り、序列とは遥かなる過去より人間の手で改訂を重ねられてきた書籍『序列論』に基づくものだ。中には神代の活動以降、現代では消息を絶っている存在も序列には数えられている。

 特にペリエの言う序列第十二位の【黒の魔王】は初期の『序列論』にしか記録が残っておらず、現在に至るまで初期の記述のままという異端の存在だ。


「ですがそれでも、【黒の魔王】や【支配の魔王】が序列から除籍されないのは……それだけの影響力があると判断されているからです」


 だがそれでも、序列の基本的な考え方は不変のものである。

 時代と共に【黒の魔王】の席位が下がろうと、『序列論』から名前が消えないのには明確な理由があるのだ。


「一つだけ例を出しましょう。これは初期の【黒の魔王】に関する記述です」


 序列科の科長を務めるペリエは当然の様に『序列論』の記述を諳んじる。

 初期から変わらない、【黒の魔王】が第十二位たる所以を。


「『その者、世界を塗り潰す闇夜の王。黒き王にして、命脈を吸う者。()()()()()()』」


 その言葉が持つ意味を、今のこの世界に生きる者で知らぬ者はいない。

 更に言えば、魔術師の中で()()に触れずにはいられない。

 神代と現代の最大の相違点であり、現代が現代である理由なのだから。


「……遥かなる過去より、ここまで直接的に神を殺したと表現される存在は少ないでしょう。真偽不明の噂はあれど、少なくとも我々魔術師にとって『序列論』は公式な歴史です。であれば、事実と受け止め、評価するしかない」


 現代においてただ一柱を除き、神は世界から姿を隠している。

 その一柱こそ、序列第一位【虚無神】。


 長らく人の歴史に不干渉を貫いてはおれど、その影響力の大きさから序列一位に位置し続ける存在である。


「とまぁ、長くなってしまいましたが、これが回答で大丈夫でしょうか?」

「ありがとうございます」


 最初の宣言通り、手短に感謝だけを述べて学徒……エリン・ペンテシア・フィ・ルッツは着席した。


「さて、雑談が長くなってしまいましたが、そろそろ今日の講義に移りましょう。皆さん、資料を開いてください」


 ■◇■


遂に100話です。ありがとうございます。

これからもマイペースに更新していくつもりですので、

数少ない読者の皆様におかれましては、これからもよろしくお願いします。

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>持った力を無作為に振るい、魔術師としての本分を忘れることは罪と呼べるでしょう レックス:呼んだ?
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