目で見て、耳で聞け。その為にこそ存在するのだから。
今回は若干短めです。
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「大変申し訳ございません聖女様……。どうやら最高学府内での馬車移動は原則規制されているようでして……。まさか聖女様に徒歩での移動を強いることになろうとは……」
「構いません。歩くのも好きですから」
「おお、なんと寛大な……!流石でございます、聖女様」
従者の言葉に聖女……ミヤビ・キリスベル・エルドナンドは穏やかに微笑む。
従者の名はレメオフ。ミヤビが最高学府を訪れるにあたり、供回りとして同行して来た従者の内の一人だ。
ミヤビ達の所属する法国において『聖女』の立場は非常に高い。聖教の指導者である枢機卿を除けば最高地位にあるのだから、当然ではあるのだが、それ以上に『聖女』がある種の信仰の対象でもあるからだ。
故に彼女が最高学府を訪れるにも一筋縄ではいかない。
聖女の身の回りの世話をする為の従者や護衛兵、更には最高学府との交渉や調整を行うための高官までもが今回の来訪には同行している。
総勢で言えば十数名程度だが、役職で言えばかなり幅広い人材が揃っているのだ。
今彼女の傍に居る二人の護衛も法国では優秀な兵士兼信徒である。
神聖魔術……聖教徒が扱う『恩寵』や『奇蹟』の大きさは、その者の信仰心の篤さに直結する。
そのため、法国では必然的に優秀な者程に信仰心を宿しているのだ。
だが……
「流石、聖女様ですね。遠い異国の地であろうと、聖女として民の営みを見守る重要性……そういうことなのですね。この私、感服いたしました。身命を賭して、聖女様の身をお守りさせていただきます!」
「そこまでの事は考えていません。言葉の通りですよ」
信仰心が篤すぎるというのも考えものである。
ミヤビの隣を歩くこの若き信徒は非常に優秀なのだが、それだけに不安さも宿している。例えば、どのような言葉でも拡大解釈をしてしまうとか。
「こら、熱くなりすぎるなよ。今の我々はあくまで聖女様の護衛だ。黙して控えることが前提であることを忘れるな」
「も、申し訳ございません。聖女様の護衛を務めさせていただける光栄さに、少しばかり興奮していたようです……」
「私は気にしていませんよ」
「流石聖女様……海よりも深き、その慈悲……私は……涙を流さずにはいられません……!」
もう一人の護衛である壮年の信徒がレメオフへ忠告する。
彼はミヤビが聖女に任命された頃から既に熟練の兵士であり、此度の動向にも真っ先に名前が挙がった程だ。また、彼はミヤビの護衛を務めて長く、そういう意味でも信頼の厚い信徒であった。
若き信徒と壮年の信徒。
対照的な二人だが、彼等が本日の外出にあたって護衛として選ばれたのには理由がある。
「聖女様は寛大故こう仰るが、決して気を抜くな。何せ此処は最高学府なのだからな」
「……承知しておりますデメデス隊長。此処が……噂に伝え聞く最高学府であるということは片時も忘れておりません」
最高学府。
少しでも魔術に関わる身ならば、その存在を知らぬ者は居ない。
大陸中央部に存在する魔術の教育機関であり、一つの国家にも匹敵する影響力を有した組織。
領土という意味では法国には遠く及ばないが、その影響力で考えれば余りに巨大すぎると言える。
何せ最高学府はあくまでも『教育機関』なのだから。
(……実際に訪れてみて分かりましたが、これは最早一つの『国』ですね)
最高学府の都市は高い外壁で囲まれており、その外側には一部の施設等を除き主要な建物や機関は存在しない。拡張工事は時折行われているが、良くも悪くも最高学府自体は『内部』で完結しているのだ。
だがその『内部』は法国の聖都にも、ハルキリア王国の王都にも勝るとも劣らない。
寧ろ全体平均で考えれば上回ってすらいると、ミヤビは考える。
(……都市の規模に対して人口が多い。住居が整備されているのですね)
こうしてミヤビが少し歩いただけで都市全体に活気があることが分かる。
人々はそれぞれに生活を営み、文明の灯火の下で生きている。それぞれが生きることに意思を以て、何かの為に生きている。
だが。
「……この場の殆どの者が、魔術師なんですね」
レメオフがポツリと呟く。
そうだ。その言葉こそが、最高学府の異常さを端的に表した言葉である。
最高学府に住まう者の殆どは大なり小なり魔術を扱う者である。
最高学府における魔術師とは単なる『魔術を扱う者』ではない為に目立たないが、学徒として生活していなくとも魔術自体を扱える者が人々の大半を占めているのだ。
だがそれも本来は異常なのである。
最高学府外において魔術師とは普通、貴重な存在だ。
一つの国家においても、一般兵と魔術師の割合を比べれば魔術師の方が圧倒的に低い。冒険者でも同様であり、そもそも魔術師の絶対数が少ないのである。
魔術とは強力だ。
万象の可能性たる魔力を手繰り、世界を改変する力。
かつては神によって与えられた、正しく『恩寵』であり『奇蹟』。
現代魔術の普及により、魔術師の数は増えたが……それでも依然として魔術師自体が貴重な存在であることには変わりない。
だがどうだ。
最高学府では、外の常識が完全に逆転している。
此処では非魔術師の方が少数派であり、異端なのである。
かつて、ある魔術師は最高学府を指して魔境と呼んだ。
魔境。それは法国に住まうミヤビ達にとって、よく知る危険だ。
魔物が跳梁跋扈し、深奥には魔王すら住まう大陸西方に広がる未開の土地。
法国の領土は魔境に隣接しており、辺境警備には常に一定の人材が割かれている。
時折魔境から飛び出してくる凶悪な魔物から民を守護することも法国の兵士の役割だ。
実際、ミヤビの護衛を務める彼等も魔境の恐ろしさはよく知っている。
故に、若き信徒は納得する。
『正しく最高学府とは魔境である』、と。
法国の国民はほぼ全てが聖教徒だ。
そのため、国民もほぼ全ての者が神聖魔術を扱えるのだが……それはあくまで授かったものに過ぎない。しかも扱える神聖魔術は大抵が下位の恩寵であり、魔物と相対できるような神聖魔術を扱える者はやはり兵士職の者に限られてくる。
「良く見ておけ。これが、『最高学府』だ」
「はい」
「…………」
壮年の信徒が若き信徒に言い聞かせる。
この場が最高学府の中であるが故に言葉にはしないが、そこには明確に意味が込められている。
それこそが今回、彼等が選ばれた理由だ。
壮年の信徒、今回の護衛にあたり隊長を務めるデメデスは以前も最高学府を訪れた経験があった。
その時はまだミヤビの護衛では無かったため、どういったことがあったのか彼女も詳細は知らないが、少なくとも一度も訪れたことのない者よりはと今回同行者に選定されたのである。
そして若き信徒レメオフ。
彼は確かに若さゆえの不安も残るが……それ以上に非常に優秀な信徒なのだ。
だからこそ、今後のため、若き彼に知見を広げさせる意味もあり今回の護衛に選定されている。
猪突猛進気味な部分のある彼だが、幸いデメデスやミヤビの言葉には今の所素直に従っている。
「聖女様、そろそろ図書館に到着するかと」
「ありがとうございます。それにしても最高学府は広いですね」
「馬車を使うことができれば良かったのですが……申し訳ございません」
数分歩いた後、デメデスがミヤビに伝える。
ミヤビ達が現在向かっている場所、それは最高学府には数多く存在する図書館施設だ。
その中でも現在彼女達が目指しているのは最も大きな中央大図書館。
本来ならば学徒以外の利用には一定の制約があるのだが、今回の来訪にあたり、ミヤビは図書館を利用する権限も与えられている。
「どこかで一度昼食を取られますか?サービス殿の話によれば、中央大図書館は到底一日で内部を見て回ることは不可能な蔵書数だそうです。この時間からですと昼食を抜いてしまうことになるかもしれません」
「そうですか。では一度、どこかで昼食にしましょう。お二人は何が食べたいですか」
「私達にお気遣いいただきありがとうございます。ですが、特に希望はございません。聖女様にご希望がないようでしたら、我々で近辺に安全で丁度良い飲食店が無いか探して参りますが……」
時刻は既に昼前。
朝の会議が長引いた影響もあり、出立が想定より遅くなったことが原因である。
本来ならば日を改めた方が良かったのかもしれないが……ミヤビの予定はかなり厳しい。
特別講義だけでなく、最高学府側との会合への出席や日々の業務、今夜には最高学府の権力者であるウルフストン本家との公式な食事会も控えている。
自由時間は一分一秒でも有意義に使いたいところだ。
到着時間が微妙になることは承知しつつも、本日中央大図書館を訪れることに決めたのは、今日を逃せばまとまった時間を捻出できるか不明だったからである。
「ありがとうございます。ですがデメデスさん、折角ですから私も一緒に探しましょう。『食』にはそこに住む人々の在り方が垣間見えるもの。私も興味がありますから」
「流石聖女様……自らの目で人々の暮らしを見守るその慈愛……私は感動しております……!」
「……レメオフを連れて来たのはやはり失敗だったかもしれないな」
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