外面は時に内面よりも多くを語る。
■◇■
「これが最高学府が誇る中央大図書館ですか……確かに、素晴らしい威容です」
昼食を食べた後、ミヤビと従者達の三名は目的地である中央大図書館へ辿り着いていた。
中央大図書館。
最高学府には大小様々な図書館施設が存在するが、その中でも最大の施設がここだ。
蔵書数もさることながら、司書の補助も手厚く、単純に図書館としての機能が優れている。
また、中央大図書館は最高学府内の図書館施設を統括する役割も担っており、そういう意味でも最高学府の『中央』に位置する図書館であると言える。
「入口の説明によると、これでも図書館のほんの一部過ぎないようです。サービス氏の言っていた通り、やはり今日だけで全体を見て回るのは不可能でしょう」
「これだけ広いと中で迷子になってしまいそうですね……」
「基本的には内部で遭難者が出る心配はない、と書かれていましたが……そのような案内文がある時点である程度察しがつきますね」
ミヤビは改めて周囲を見渡す。
高い天井と、天井まで届く巨大な本棚。
それぞれの本棚には無数の本達が理路整然と収められており、ミヤビがこれまで訪れたどんな書庫をも超える機能を有することは一目瞭然であった。
「私は中を見て回ろうと思いますが、お二人はどうされますか?」
「無論、我々の役割は聖女様の護衛です。同行させていただきます」
「…………」
ミヤビは少し考える。
デメデスの言葉はもっともだ。
彼等の役割は法国の聖女たる自身の護衛であり、彼女の身の安全を保障することだ。
流石に四六時中一緒に過ごすということは無いのだが、外出の際には必ず同行することになっている。これは法国に居た頃からそうだ。
ミヤビもそれ自体に何か思っているのではない。デメデスとの付き合いは長く、レメオフも多少危なっかしい部分があるとはいえ、敬虔な聖教徒だ。
だが、気にすることもある。
「ありがとうございますデメデスさん。ですが、館内での同行は不要です」
「な――何を仰いますか!聖女様!?」
「しぃ……ここは図書館ですよ、声を荒げないでくださいレメオフさん」
「もが……もが……」
思わず声を挙げてしまったレメオフの口をデメデスが塞ぎつつ、ミヤビが言う。
法国にも書庫は存在するが、中央大図書館も図書館の例に漏れず、『館内ではお静かに』が規則として存在すると注意書きには記載されていた。
「……理由をお聞かせいただけますか聖女様。我々にも我々の役割があります。聖女の身たる貴女様を最高学府で一人放っておくことは出来ません」
「理由はあります。まず、三人で歩き回るとかなり目立つと考えられるからです。私一人なら多少は問題ないですが、三人となる衆目を集めることは避けられません。デメデスさんも、レメオフさんも……かなり目立ってしまいますからね」
「む……」
ミヤビはデメデスとレメオフの恰好を見る。
二人が現在身に着けているのは法国の兵士に支給される金属鎧だ。
神聖魔術により単純な金属鎧を上回る防御力と様々な支援効果を有している一品なのだが……その銀色の輝きは魔術師ばかりの最高学府では些か目立ちすぎるのである。
実際、中央大図書館へ入館する際にも二人は色々と司書から確認を受けていた。戦士職の少ない最高学府ではそれだけで悪目立ちするのだろう。
「そして、此処は最高学府が誇る『中央大図書館』です。少なくとも館内に居る限りは、お二人が心配するような危険は無いと考えられませんか?」
「ですが……しかし……」
「我々も暫くは最高学府で過ごす身です。であれば多少は、最高学府の事を信頼している姿を見せておくのも良いのではないでしょうか」
確かに中央大図書館の警備体制は最高学府の全施設の中でも最高峰だ。実力のある司書や警備、利用者の中には最高学府の教師も居ることから下手な事件は先ず起きない。
もし中央大図書館が危険に晒される事があるとすれば、それは最早最高学府全体の危険だろう。
だが『危険がない』とまでは言えない。どんな場所であっても、危険が発生する可能性があるとはいえ、それであデメデス達は納得しないだろう。
だからこそミヤビは『信頼関係』の側面から理由を付け加えたのである。
法国は何も最高学府と敵対したい訳ではない。
寧ろ友好関係を築けるならば、それに越したことはない。
そもそも友好関係が築けないならば、今回ミヤビが最高学府を訪問をすることもなかっただろう。
法国は『人間』の味方だ。重要なのは、最終的にはそこなのだ。
そしてデメデス達もそれを良く理解している。
最高学府においてミヤビ達が得るべき『信頼』の重さを。
「……分かりました。確かに我々の恰好では、最高学府の安全を信頼していないと捉えられてもおかしくない。聖女様のお言葉通り、館内では我々は同行いたしません」
「う、う……聖女様……なんと慈悲深い……信頼……そう、信頼が重要なのですね……!」
「ありがとうございますデメデスさん、レメオフさん」
何故か感極まって号泣しているレメオフは兎も角、デメデスもミヤビの主張を受け入れたようだ。
「ただし、二つ約束をしてください」
「なんでしょうか」
「館内からは出ないこと、二時間後には入口へ戻っていただくこと。以上の二点です。この二点をお約束いただけるのであれば、我々も同行せず、この場にて聖女様をお待ちいたします」
「二時間……随分を余裕を持っているのですね」
昼食を取ったとはいえ、次の予定であるウルフストン本家との会食までは五時間程度時間がある。服装等の準備時間を含めても三時間は滞在できる想定なのだが、デメデスが言った時間は二時間であった。
「はい。もし時間までに聖女様がお戻りになられない場合、館内を捜索する時間が必要になります。中央大図書館の広さを想えば、一時間は誤差かもしれませんが……余裕を確保しておかないよりは良いでしょう」
「分かりました。二時間ですね」
ミヤビが壁にかけられた大きな時計を確認し、現在時刻を覚える。
今から二時間後、が集合時間だ。
「では二時間後に、この場でお待ちしております。……存分にお楽しみください、聖女様」
◇
……とデメデスと別れたのが一時間程前。
(やはり、凄く広いですね……)
中央大図書館の移動方法は基本的には徒歩のみだ。
そもそも屋内なので馬車や乗り物を使うという発想がないのだが。
それでも広大過ぎる館内は目的地へ行くだけでもそれなりに時間がかかる。
(大きさも蔵書数も法国の図書館を遥かに上回っていますね。そもそも法国の図書館はここまで多様な書籍を収蔵してはいませんが……)
ミヤビは本棚に並べられた本達の背表紙を眺めながら、進む。
現在ミヤビが居る場所は、ざっくりと神代に関係する内容の本が集められている本棚だ。
目的は勿論、聖教に関連する本を探す為なのだが……如何せん蔵書数が多く、未だに聖教に関連した本を見つけられてはいない
(『土地の神と農業』、『土着信仰における魔力の扱い』、『大陸極東部の信仰』……興味はありますが、聖教に関連したものではなさそうですね)
中央大図書館は広大である。
だが広大過ぎるが故に、歩き回って本を探すには向いていない。砂漠の中から目的の砂の一粒を見つけ出すに等しい行為と言えば、どれだけ無謀か分かるだろう。
基本的には司書に目的の本を持って来てもらうか、或いはある程度の目星をつけて関連する内容の本が収められた場所に向かうかの二通りになるのだが……そんなこと、初めて中央大図書館を訪れたミヤビが知る由もない。
神代という分類だけでも、信仰や歴史、魔術等様々な分類がある。その中から特定の内容の本を、単純に歩き回って探すのは無謀も無謀なのだ。
(何方かに声をかけられれば良かったのですが……あの二人が居る前では難しかったですし……それで奥に進めば、今度は中々人に出くわさないとは。これでは何も見つけられずに二時間が経過してしまいそうですね)
デメデスとの約束の時間は二時間だが、これは二時間全てを本の探索に使えるという訳ではない。当然、集合場所まで戻る時間も考える必要があるため、実質的に探索に使える時間は限られているのだ。
入口付近から離れれば離れる程、戻るために必要な時間も多くなる。このことを考えれば、残り時間は一時間も無いだろう。
(さて……?)
そこで、ミヤビは少し離れた席に座る青年の姿を見る。
先程までは両端が本棚であったため気付かなかったが、どうやら利用者が館内で読書するために設けられた机が設置されているらしい。
丁度良いとミヤビはその青年に近づいていく。
このまま何もせずに歩くだけでは目的を果たせずに終わってしまう。そうなれば折角の自由時間が無為になってしまうというもの。それは避けたいところだ。
そこで、ミヤビは気が付く。
青年の近くに平積みされた本達。
見える範囲での題名は『聖教と国』、『神聖魔術における消費魔力の決定』、『大陸西方における聖教の在り方』。
それらは全て、正に彼女が現在探し求めている『聖教』関連したものだったのである。
(残り時間は……後少しですね。仕方がありません)
背に腹は代えられない。
ミヤビは青年に声をかける。
「すみません、少しよろしいでしょうか?」
「……大丈夫ですが。何か?」
青年は読んでいた本から視線をミヤビの方へと上げる。
視線がミヤビの顔へと向けられるが……青年に驚きの感情は見られない。
そこでまず一つ、ミヤビは内心で安堵する。
先程までのミヤビと、現在のミヤビとでは一つ大きな違いがある。
それは一目見て気が付く部分……つまりは服装だ。
今の彼女は普段から身に纏っている純白の衣を脱ぎ、所謂普通の恰好をしているのである。
純白の衣は聖教徒、ひいては聖女であることを示すもの。
実際、彼女の見た目を知らずともその服装から彼女の身分を推測できる者は少なくない。
だが今は違う。
純白の衣を脱ぎ、周囲の護衛は不在。これであれば、直接彼女の顔を見た事があるものでも、すぐには記憶の中の聖女とミヤビが一致することはないだろう。
(目立たないよう、脱いできて良かったですね。少し重いですし)
因みにミヤビが身に纏う純白の衣は『聖衣』とも呼ばれる最上級の防具だ。
様々な神聖魔術による加護が施されており、法国の至宝の一つとされている。
他に着用できるのは枢機卿だけという、貴重なものなのだが、如何せん目立つことは避けられない。
「不躾なお願いだとは承知した上で、お願いがあります。貴方の目の前にある本……今貴方が読んでいないもので結構ですので、少しの間私にも読ませていただけませんか?」
「……勿論。俺もこの場で全てを読もうとは思っていませんから。好きなものを」
「ありがとうございます」
丁度青年の対面の座席が空いていた。
ミヤビはそこへ座り、目の前の本の中から一冊を手に取る。
表紙には『聖典の物語』と書かれていた。
「良ければ、何冊か取ってくれて構いませんが」
「いえ、私もそれ程時間がある訳ではないので……」
「……あー、貴方が借りたい本を取っても大丈夫、という意味です。ここに集めているだけで、俺が借りている訳ではありませんから」
「あ……なるほど。そういうことですね」
確かに、とミヤビは思う。
ここは図書館だ。であれば当然、本の貸出が役割である。
その為の許可も得られているので、外部の人間であるミヤビでも本を借りることは可能だ。
「では……そうですね、何冊かいただいても?」
「どうぞ。俺はまた、どこかで借りるので」
「ありがとうございます。失礼でなければ、お名前を伺っても?」
青年はミヤビへと視線を合わせ、口を開く。
「――ゼルマ・ノイルラーです」
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