報いは必要だ。それが罰であれ、恩であれ。
■◇■
「今回はご苦労様だったな、先輩達」
「……何がご苦労様だコラ。毎度クソ面倒臭いことを押し付けやがって」
「初めての仕事があんな小間使いのようなものだった挙句、まさか今まで放置されるとは思いませんでしたわ」
薄暗く落ち着いた店内の一席で三人の男女が会話していた。
周囲に他の客は見えず、店主も我関せずといった様子で読書に耽っている。
「だが期待していた通りの仕事はしてくれた。だからこそ、労う為に呼んだんだろ」
「手前は丁寧なのか大雑把なのか、どっちかにしやがれゼルマ……!」
「…………」
ガラの悪い魔術師と身なりの良い魔術師。
そして彼等の対面に座する、少し若い魔術師の三人組。
奇妙な三人組だが、実際彼等の関係は奇妙と言う他ないものである。
レックス・オルソラとエリザベート・コルキス。
両者共それなりに名の通った魔術師の家系出身であり、エリザベートに至ってはレオニストの代理人を務めていたこともある最高学府のエリート……だった。
そう、両者ともに過去の話だ。今は違う。
レックスは既に最高学府には居ないことにされた人間であり、エリザベートも代理人の座を降ろされてしまっている。最高学府における落伍者……とまでは言えないまでも、以前と立場は明確に変わってしまっているのだ。
それも全て、彼等の眼前に座する魔術師……ゼルマ・ノイルラーに歯向かったことで起きた現象だ。
「実際本心だ。任せた『仕事』をきっちり遂行してくれるという点において俺はかなり先輩を信用している。流石、オルソラ家の魔術師だな」
「チッ……人払いなんざ大したことねぇだろ別に」
「大したことだ。砂魔術は多彩だが、その分繊細な魔力操作と才覚が要る。凡百にできる芸当じゃない」
ゼルマの言葉は本心そのままだった。
砂魔術は土属性魔術の中でも発展的な魔術であるとされている。
自由自在な形状を取れるが故に、使いこなすには高い才覚が必要なのだ。
そんな砂魔術を得意とするレックスは間違いなく高い実力を有した魔術師であると言える。
加えて、レックスの場合は砂魔術を諜報活動にも活かしているのだから尚更だ。
「それとエリザベート、アンタも初仕事ご苦労様。しっかり先輩の指示に従ってくれたようで何よりだ」
「……ええ、それが命令でしたから。命令なら従うまでですわ。それが『契約』でしょう?」
「まぁな。だが安心した。これからも上手くやれそうで」
「…………それは良かったですわ」
言わずもがな、エリザベートもゼルマとの契約魔術を結んでいる。
条件は概ねレックスと同一だが、エリザベートの場合は彼女の部下までは契約魔術で縛られていない。レックスの場合はその場にいた魔術師全員だったので範囲が絞られている形だ。
そのため、部下の一部には最近のエリザベートの動きに不信感を抱く者も居るのだが……それは今は関係のない話である。
「さて、もう良いだろう。そろそろ本題に入ろうか」
「本題……例の『報酬』ですね」
「ああ。先輩から既に聞いてるだろうが、それのことだ」
ゼルマが今日この場に来た理由。それこそがエリザベートが言葉にした『報酬』であった。
「強制力の高い、かなり一方通行な契約魔術……どのようにして成り立たせているか疑問でしたが、もしかして『褒美』を契約内容に含め、契約者にも負担を生じさせることで成り立たせているのですか?」
「好きに捉えてもらって構わない。考察は自由だ」
「…………」
ゼルマが軽く流す姿をレックスは無言で見ていた。
レックスとエリザベートの立場は似ているが、一つ大きな違いがある。
レックスはこの契約魔術がそんな生半可なものじゃないと知っている。
レックスはゼルマの正体、その一端について見てしまっている。
故にこの眼差しも「よくもまぁ、適当言うぜ」といった意味のものなのだが、エリザベートの視線がゼルマに寄せられていることもあり気付かれなかった。
「ともかく、俺は『契約』に従って先輩達に『報酬』を渡す必要がある。先輩にはもうお馴染みかもしれないが……アンタには初めてだったからな。初回ということで直接聞きにきたって訳だ」
本来ならば『報酬』を聞き取るのに直接出会う必要性は薄い。前回レックスにエリザベートへ説明をしてもらった時の様に、レックス経由で聞き取ればそれで済むからだ。
レックスに手渡した魔道具はそれなりの金額であることもあり、少なくとも今はエリザベートに渡せない。三人の関係性を知られる危険を考慮すれば、やはりレックスを経由すべきだろう。
だが、それだけで人間は済まないという事もゼルマは知っている。
魔術師は一つの目的の為に集団で研究に取り組む事も多い。元来魔術師というのは身内のみで完結する秘密主義者だったのだが、此処は最高学府だ。
それこそ過去に【十二典載】の解読のため、優秀な魔術師が集められたように。
そうした中で重要なのは目的と関係性だ。
どちらが欠けても集団は機能不全に陥る。
今回で言えば、勿論ゼルマは遠方からエリザベートへ対応することもできた。
だが初めての『仕事』、初めての『報酬』ということもあり、今後のエリザベートとの関係を良好なものとするために出向いたのである。
「で、何が欲しい?」
そうして、事前にレックスから報酬の話を聞いていたこともあるのだろう、エリザベートは迷う様子も無く口を開いた。
「ではゼルマ・ノイルラー。貴方の子種を報酬として要求しますわ」
「なッ………!」
「…………」
レックスが驚きの声を漏らし、ゼルマは静かにエリザベートの視線を受け止めていた。
真剣な眼差しだ。彼女が決して冗談で言っている訳ではないことはすぐに分かる。
実際、エリザベートは真剣な場で冗談を言う性格ではない。過去に代理人を務めていたことからも、彼女という人間は仕事に忠実な魔術師なのだ。
故にこそ、彼女の言葉を全くの真実。
だが、魔術師という意味においては、それは別におかしなものではない。
「血迷ったのか手前!?よりにもよってコイツの……!」
「何故です?男に出来ず、女に出来ること。魔術師において、その最たるものでしょう。報酬として求めたとしても、何もおかしくはないと思います」
「だからと言ってなぁ!限度があるだろうが!!」
「で、どうなのですか。事前に聞いていた制限には抵触していないと判断しますが」
「…………」
一つの仕事につき、一つの報酬。
報酬は確かに何を要求しても良い条件になっている。
ただし、だからといって何もかもをゼルマに用意できる筈もない。
あくまでゼルマに用意できる範囲で、というのが前提としている。
なので、確かにエリザベートの要求するものは制限に抵触してはいない。
「分かってるのか?知らない訳でもないだろう。俺の子種を貰った所で、残るのは『ノイルラー』であって『コルキス』じゃないんだぞ」
ゼルマが言っているのは『血』の話だ。
ノイルラー家。大賢者の遺物である『賢者の石』を起動、調整できる唯一の血統であるノイルラーの血は過去に他の魔術師の一族に求められてきた。
だがどれだけ交わろうと、どんな家系と交わろうと、産まれて来る子供は『ノイルラー』になる。ノイルラー家から産まれる子供が他の血統魔術を持ち合わせる事は無いのだ。
故にこそ、その報酬を渡すか渡さないか以前の問題として、ゼルマは尋ねた。
仮に自身の子種を貰い受けたとして、産まれる子供は『コルキス』の血統魔術を有さないのだから。
「ええ、確かに今まではそうだったみたいですね。でも……事実として貴方という特異点が『ノイルラー』には産まれている。であれば、今までとは違う可能性も十分にあると思いますわ」
「なんで俺のを欲しがる?」
「それこそ分かっていないのですか。貴方の実力が測れない程、私は落ちぶれたつもりもありませんわ」
「…………」
確かにエリザベートの言う通り、ゼルマは既に他のノイルラー家とは異なる存在だ。
ともすればゼルマならば、これまでとは異なる結果になるかもしれない。
そうして産まれる子供が『ノイルラー』でもあり『コルキス』でもある存在になるのか、或いは全く異なる何かになるのかは分からない。だが、可能性が残されているのは事実だ。
そして、彼女の言う理由ならば納得もできる。いや、納得せざるを得ない。
血統魔術を強化するため、属性への適性を特化させるため、或いは特異な力を取り入れるため。魔術師は優秀な血を取り入れ、家系を繋いでいく。
魔術師の血統とは、そうやって紡がれてきたものなのだから。
「私には責務があります」
「責務……?」
「ええ。私には、コルキス家を繋ぐという責務があるのです。古代魔術部門でそれを為せなくなった今……私は新しい方法でそれを見つけなければなりません」
彼女の言葉に余計な装飾は一切なかった。
それは、その言葉が彼女の偽らざる本心だったからだろう。
たった一言。しかしその一言に、彼女の覚悟が乗せられていた。
余りに重い、そんな一言だった。
「だからって、手前……本気で言ってんのか?俺達はコイツに……負けたんだぜ」
レックスは言葉を濁しつつ、エリザベートに言う。
エリザベートはレックスと違い、殺されてはいないので言い方を変えたのだ。
「それがなんだと?私も、貴方も。目の前に居るこの魔術師より劣っていたから負けたのでしょう?ゼルマ・ノイルラーという魔術師が優秀だったから、今こうして辛酸を舐めているのでしょう?」
「手前ッ……!!」
「先程も言いましたが、私には責務があるのです。そして、私にはその手段がある。ならば私個人の悔しさなど些末な事。選ばない理由がないですわ」
エリザベートとて人間だ。そして自分が優秀だという自負とコルキス家の誇りもある。
あれほど完膚なきまでに敗北し、悔しくない筈がない。
それが、『大賢者の末裔』であり『落ちこぼれ』のノイルラーだったのだから尚更。
だがそれでも、エリザベート・コルキスは魔術師だ。
魔術師の役割を果たす責任があり、彼女にはその手段もある。
こればかりは同じゼルマに敗北した魔術師でも、レックスには出来ないことなのだ。
「さぁ、どうなんですか。私はその報酬を受け取ることができるのですか?」
「……悪いが、その報酬は俺には渡すことはできない。他のにしてくれ」
「どうしてです?貴方に渡せない筈がないでしょう。……まさか、魔術師の癖にくだらないことを気にしているなんて事はないですよね?」
エリザベートが問い詰める。
彼女の言う『くだらないこと』が本当にくだらないのかはさておくとして、勿論ゼルマにも断る理由がある。だが、ここでそれを言う必要まではない。
「そもそも勘違いしているな。確かに『一つの仕事につき、一つの報酬』。これは契約魔術で縛られたものだ。だが何を渡すかは俺の裁量による。極論、アンタの要求を全部無視したって俺は構わないんだ」
「な…………!」
ゼルマが交わした契約には確かに『一つの命令を完遂した場合、一つの報酬を得る権利を得る』という内容が存在する。だが、ゼルマが報酬を何にするのかをこれまで聞いていたのはゼルマの善意であって契約に縛られた内容ではないのだ。
だからこそ何でも要求しても良いと言いつつ、ゼルマが用意できないものは駄目だと断ることが出来ていたのである。
「だが、俺も突き放したい訳じゃ無い。……詳しい理由は話さないが、アンタの要求には答えられない。悪いが、何か他の物にしてくれ」
「…………分かりました。では、今は保留にしておきますわ」
「すまないな。思い付いた時にでも言ってくれ」
ゼルマもレックスとのやり取りの中で学んでいた。
レックスはゼルマが大賢者であるという事を知ってしまったが為に契約魔術で縛ったという経緯があるが、現状での関係性は少なくとも険悪という程ではない。寧ろ、独特な信頼関係が構築されつつある。
レックスも最高学府から居ないことにされてしまったとはいえ、元々研究者よりも請負人の様な立場が性に合っていたのか、それなりに快適に過ごせている。
ゼルマの役目を果たす為には、ゼルマ一人では手の届かない事も多い。
成り行きとはいえエリザベートも新たにゼルマの手駒の一人となったのだ。
無理だと突き放すより、関係を崩さない様に動いた方が良い事を学んでいた。
「さて、後回しにしてすまない。先輩の方は何かあるか?」
「あー、まぁ、あるぜ」
「そうか。一応言っておくが、俺に用意できない物は無理だぞ」
「そんなんじゃねぇよ。何度も言うんじゃねぇ」
そうして、レックスは面倒くさそうに続ける。
「休暇をくれ。そうだな……ある程度まとまった休暇だ」
「休暇……?今も仕事を依頼していない期間は休暇みたいなもんじゃないのか」
「ちげぇよ。……クソ面倒臭いんだが、一度実家の方に顔を出しておく。その為に最高学府を離れるんで、そのための時間をくれって話だ」
レックスの言う実家とは、オルソラ家のことだ。
オルソラ家は魔術師の家系でありながら、ハルキリア王国の貴族でもある。
つまりレックスはこう見えても貴族の出身なのだ。
「理由を聞こうか。逃げようと思っているなら無駄だぞ」
「チッ……今後も最高学府に留まんならよ、実家の方に説明しといた方が良いかと思ってな。俺のクソ親父が最高学府に来て、俺が居ないなんて事になったら面倒だろうが」
「成程……確かにそうかもしれないが……どう説明するつもりだ?」
「適当に西方を回る事にしたとでも言うさ。最高学府は出たってな」
レックスの言葉は確かに理屈の通ったものだった。
レックスの家族が最高学府に息子を探しに訪れ、その際に面倒な事態になるのは十分に考えられる。オルソラ家といえば諜報と暗殺の家系。気付かれないとは言い切れない。
そうして少し考え、ゼルマは決めた。
「分かった。今回の報酬はそれにしよう。ただそうなると連絡手段をどうするかだが……」
「コレをこの女に渡しとけば良いだろ」
「……やむを得ないか。暫く此処を離れるのなら、出来れば持っていて欲しかったが……」
何か依頼したい仕事ができた時、連絡できる相手が最高学府の外にいたのでは意味が無い。
王国までとなるとそれなりの期間が必要であり、その間の連絡手段がないのは少し不安だが、ゼルマはレックスを信頼することにした。
彼ならば、このまま逃げたりはしないだろうと。
「分かった。その魔道具は出発前にエリザベートに渡しておいてくれ。で、いつから休暇を取るつもりだ?」
「明日、明後日には出ちまおうと思ってるんだが……そういえば俺は最高学府に居ない事にされてんだよな?どうやって出れば良いんだ?」
「そこはまぁ、なんとかしよう。そうなると少し時間が欲しいが……追って連絡する」
「分かった。……あークソ、面倒臭いな」
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