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大賢者の末裔  作者: 理想久
第四章 魔術師の邂逅
95/98

貴方が想うように、私も想う。


 ■◇■


 其は仰られた。

 汝が私を愛するように、汝もまた私を愛するだろう。

 朝を運び、昼を与え、夜を齎すだろう。

 私が声を伝えるとき、汝は心でそれを受けるだろう。

 私の意思が汝を守り、汝が私に耳を傾けるとき、安寧を約束しよう。

 あらゆる傷を癒し、あらゆる痛みを忘れさせよう。

 あらゆる罪を雪ぎ、罰を与えるだろう。


 其が我等を想うとき、我等もまた其の光輝を想う。

 其の剣と天秤を以て、其の愛を示す。

 其の力と法が、そうであるように。

 

 我等もまた、そうあることを誓う。


 其の愛が届かぬものはない。


 イル・イナク聖典 第一章第一節より


 ■◇■


 その男の名前はジェナ・サービス。一見するとどこにでも居るような、少しくたびれた印象の中年男性だが、れっきとした最高学府所属の魔術師である。

 彼の身の上話は多少(もつ)れているのだが、そんなことは最高学府ではよくある話だ。

 過去に大罪を犯し国家を追放された者も居れば、異なる国では英雄ともてはやされた者も居る。身分や所属、種族の異なる者達が一堂に会する最高学府では珍しくもなんともない。


 実際、ジェナ・サービスにとって緊張という言葉はおおよそ無縁のものであった。

 魔術歴史部門(ウルフストン)の代理人として門主会議に参加すること数知れず。

 そうした場でも物怖じせず発言できるからこそ、代理人に選ばれたという理由もある。

 ……流石にシャア・レオニストが登場した際には滅多にない緊張感を覚えたが。


 兎も角。

 そんな彼でも、流石に普段以上に気を張り巡らさなければならない状況があった。

 隣にはもう一人同門の魔術師が座っているが、それでも。

 目の前に座す人間が、どういう意味を持っているのかを正しく理解しているからこそ、彼等は気を張っていた。


「遠路遥々ありがとうございます。長旅でさぞお疲れの事でしょう」

「お気遣いいただきありがとうございます」

「今日はもう休まれますか?何分急なことですので、話は明日……ということもできますが」

「構いません。休むのはやるべき『仕事』を終わらせてからにします」

「……そうですか」


 その女性から得られる印象は、一言で言えば淡白。

 だが、らしいと言えばらしいとジェナは思う。


「申し遅れましたが、私は最高学府で教師をしているジェナ・サービスといいます。最高学府の中の話は長くなりますので、また後日ということで。先ずはおかけください」

「ありがとうございますサービス様」


 ジェナに促され、女性は長椅子(ソファ)に腰かける。

 長椅子に垂れる長い髪はよく手入れされ光沢があり、袖から覗く細い四肢は清廉さを示しているようだ。それは人目を惹く美貌ではなく、相対することで初めて染み入るような美しさであった。


 だからこそ傍目から彼女を見た時に最も目を引くのは、その服装。

 穢れの無い純白の衣服。一部に金色の線。

 それこそ、彼女の所属と身分を証明する最たるもの。


「では改めて……ようこそ最高学府へ。()()様」


 聖女。そう呼ばれた女性は静かにジェナを見る。


「ミヤビ・キリス・ベル・エルドナンドです」

「えっと……?」

「『聖女』と呼ばれるのは私の身の丈に合っておりません。ミヤビでも、エルドナンドでも好きな方で呼んでいただければ幸いです」

「…………」


 ジェナは右手でポリポリと頭を掻く。

 彼女の言う言葉は、普通に考えれば謙遜以外の何物でもない。

 何故ならば彼女の属する法国、そして聖教にとって彼女に与えられた『聖女』の称号は非常に大きな意味を有するからだ。


 法国に法を敷く王は存在していない。

 法国にとって法とは『聖教』であり、更には『聖教』を齎した神だからだ。

 故に、法国における指導者とは『聖教』の枢機卿と呼ばれる者になる。

 

 そして『聖教』において『聖女』とは枢機卿の次に地位を持つ者。

 実質的には名誉職とも言えるものだが、それでも聖教において非常に重要な立ち位置であることには間違いないのだ。

 普通の国家で例えるならば、枢機卿が王、聖女は大公になるだろうか。

 とにかく、聖女である彼女はジェナから見ても非常に身分が上の人物なのだ。

 しかも、今回は事情が事情である。


「……分かりました。ここからはエルドナンド様と呼ばせていただきます。ですが、公的な場では流石にご容赦ください。あくまで『今だけ』ということで。よろしくお願いしますよ」

「ご理解いただき感謝します」


 彼女もそこまで無理に呼んで欲しいとまでは思っていないのだろう。

 ジェナの譲歩に対し、端的に感謝を告げて、あっさりと引き下がった。


「それじゃあ、これ以上エルドナンド様を疲れさせる訳にはいかないですからね。早速で恐縮ですが本題に入らせていただきますよ。……法国の回答をお聞かせ願いましょうか」


 ごくりと生唾を飲み込む音を聞く。

 発生源は隣に座る同門の魔術師からだ。

 彼は優秀な魔術師ではあるが、まだこうした場には慣れておらず、緊張するのも無理はなかった。


 そうして一瞬の時間が過ぎ、


「枢機卿猊下からの言葉を伝えます。……『本件については貴学の依頼を受け入れる』とのことです」

「……それは良い知らせだ。協力に感謝します、エルドナンド様」

「それは違います。私はただ猊下の言葉を伝えただけに過ぎません。感謝をするのであれば、それは猊下にであって私ではありません」

「それは勿論。ですがエルドナンド様、貴女が来たという事は……つまり()()()()()なのでしょう?」

「……ええ」


 枢機卿。聖教における最高指導者であり、非常に大きな影響力を有する人物。

 聖教を国教にする国は西方に多く、国教でなくとも聖典信仰は広く西方に根付いている。

 それはともすれば、一国の王よりも凌駕する程の力を有するだろう。


 だからこそ、ジェナは安堵していた。

 今回の依頼は確かに魔術歴史部門が対応しているものであれ、最高学府全体として取り組むべき事案であると知っていたからだ。

 ウルフストンの門主は基本的に最高学府外を飛び回っているため、代理人であるジェナは普通の代理人よりも対応する機会や与えられた権限が多い。これもジェナが場慣れしている要因でもある。


「では仔細へと移りましょうか。いつから教壇に立つおつもりで?」

「なるべく早く……と言いたいところですが、我々はまだ最高学府のことを何も知りません。十日程、新しい環境に慣れるための時間をいただきたく」


 十日。一見長いようにも思えるが、相手は当然従者も引き連れて法国から来訪してきている。引っ越しや、住環境の整備だけでなく、最高学府の施設案内等も考えれば妥当な時間だろう。

 ジェナとしても調整のことを考えれば十日を提案して貰えて有難いというのが本音だ。


「分かりました。それで教室を抑えましょう。時間に拘りがあれば教えてください。場所については、講義時間との兼ね合いにもなりますが……」

「講義時間は午前中……可能なら昼前が良いですね。場所に拘りはありませんので、講義時間の方を優先してください」

「では十日後の昼前に。場所は確定次第、追って連絡します」

「ありがとうございます」


 最高学府の教室は膨大とはいえ、限度もある。

 設備が新しい教室や使い勝手の良い教室は既に授業・講義の日程が詰め込まれており、新規の枠が入る余地がないことはざらにあることだ。

 因みに大きければ大きい程人気という訳でもない。要は需要と供給が一致している必要がある。


 そういう意味では、彼女の講義は人が集まること間違いなしだ。

 それなりに大きな教室を用意する必要がある。

 六門主の権力を使えば無理矢理に空きを作れなくもないが、要らぬ権力の濫用は反感を生む。できることなら穏便に、というのがジェナの基本姿勢だ。


「それでは、もう一つの件についても話しましょうか」

「ええ」


 ■◇■


「あぁぁぁ疲れたぜ……代理人は辛いよ、マジで」

「お疲れ様です。緊張しているようには見えませんでしたが」


 一時間にも及ぶ会話の末、聖女たちの去った部屋で長椅子にもたれかかりながらジェナが愚痴を漏らす。同門に労いの言葉をかけられたことが、せめてもの救いだ。

 だが、労いの言葉で彼の心労が癒える訳でもない。軽くなるだけだ。


「……ったく、嫌になるぜ。噂に聞くよりよっぽどヤバイじゃねえか」

「それ程ですか。私は特に何も感じませんでしたが……勿論、綺麗な人だとは思いましたけど」

「まぁな。立場で言えば、門主にも相当するのが聖女だ。……ありゃ相当ヤバイぜ」


 ジェナは自分を人を見る目が特別長けているとは思わない。

 だが、それでも理解出来る。理解出来たからこそ、初見の時点で身構えていたのだ。


「貴方が言うなら、そうなのでしょうね。ジェナ・サービス科長」

「…………」


 同門の魔術師……自身の部下である魔術師に言われ、口を結ぶ。


 ジェナ・サービス。魔術歴史部門現代科の科長。

 現代科は魔術歴史部門において現代以降の歴史について学ぶ学科。

 その科長である彼もまた最高学府において確かな実力を有する魔術師の一人ということだ。


「で、どうですか?」

「……強いかどうかで言えば『よく分からん』ってのが正直なところだ。実際に戦ってどうなるかも未知数だな」

 ジェナは背もたれに深く身体を預け、天井を見上げる。


「だが、彼女は間違いなく『聖女』に相応しい資質を持ってるぜ。それは確かだ」


 聖女の称号が何故特殊なのか。

 何故、二十歳にも満たぬ彼女が枢機卿に次ぐ地位に立っているのか。

 その理由こそ、聖教……ひいては『聖典』そのものにある構造。

 魔術歴史部門の魔術師として、その歴史を知っているからこそジェナは笑いを漏らす。


「ああ本当、最高だな。『大賢者の再来』しかり、ウチのお嬢しかり……あの世代は才能だらけだぜ。これだから最高学府は面白れぇんだ」


 彼が言及した二人の魔術師。

 大賢者の再来と呼ばれる天才の少女と、ウルフストンの次代門主。

 どちらもジェナの年齢から見れば一回り以上若い魔術師だが、天賦の才を有している。

 それこそ、才能という面で見れば聖女にも劣らないだろう。


 唯一違うのは……その段階だけだ。


「事前にある程度準備は整えているとはいえ、忙しくなるな。教室の手配等、手伝い頼むぜ」

「分かりました。すぐに調整します」


 部下でもあり、教え子の一人でもある魔術師の返事に幾分か破顔するジェナ。

 くたびれた印象の彼ではあるが、基本的には善人の苦労人というだけなのだ。


「つうか、お前無礼だぞ。聖女様の外見を評価するとは何事だ何事」

「そ、そういうつもりで言った訳じゃないんですが……気を付けます」

「そうだな。絶対に外で漏らすなよ。下手したらクビだぞ、クビ」

「そ、それは困ります!」


 そうして、ジェナは思う。

 最高学府に彼女という存在がどんな影響を与えるのか。

 邂逅と離別は世の常。出会い、分かれるが故に人は変化する。


 代理人では無く、一人の教師として、彼は微笑んだ。


 ■◇■


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