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大賢者の末裔  作者: 理想久
第四章 魔術師の邂逅
106/108

全ての行動に理由があるのか。なければ、その理由があるのか。


 ■◇■


「今日はありがとうございました」

「こちらこそだよ。意外と聖女様が話しやすい相手で助かった。……正直、非常に緊張していたからねぇ……」

「私は普通の人間ですよ。緊張されるような人間ではありません


 食事会を終え、店外へ出た三人。

 辺りは暗く、夜も更けている。

 街灯が無ければとっくに暗闇になっていただろう。


「君個人としてはそうかもしれないけど、内面とは関係なく立場が印象を形作ることもあるものさ。実際、私は六門主の家系だし、フェイムは帝国の皇女だよ?」

「違いありません。私も、聖女という立場に不満ありませんから」

「そう。だからこそ今日話せて良かったと私は思うんだよねぇ」


 ノアは元々人付き合いが得意な方ではない。

 だがそれは嫌いという意味ではなく、文字通り得意不得意の問題なのだ。

 ノアは全くの見知らぬ他者が苦手なだけで、一度気を許せば普通に会話もできる。

 今までは他者と関わる機会が彼女の立場もあって少なかっただけで、本来の彼女は他人との距離感を測ることが少し苦手な普通の人間なのである。


 そして、そういう意味ではフェイムもノアに似ている部分があった。


「私も、今日の食事会に参加させていただきありがとうございました。とても勉強になりました」

「こちらこそ。帝国の皇女ということで最初は身構えてしまいましたが……私の杞憂だったようです。失礼な態度をとってしまったかと思います。ここに謝罪をさせてください」

「そんな。失礼だなんて一度も思いませんでした。それに私が横入をしてしまったのは事実です」


 実際、フェイムはミヤビからそのような印象を受けたとは思っていない。

 少なくともミヤビが身構えていたことに、フェイムは気が付いていなかった。

 それに例えばミヤビが言っていることが本当であったとしても、彼女はフェイムが食事会に参加することを直前になって知ったのである。これは普通、失礼にあたる行為である。

 フェイムの肩書がなければ到底不可能な横入参加であり、加えて『帝国の皇女』という肩書は十分に警戒に足る理由である。


「では……お互い様ということにしませんか?偶然にも私達は年齢も近いことですし、変に気負うことなく関係性を構築できればと思うのですが……いかがでしょうか?」

「異論はありません。ありがとうございます、フェイム殿下」


 フェイムは現在十六歳、ミヤビは十九歳である。

 ミヤビの方が三つ年上だが誤差の範疇だ。

 特に最高学府では入学時の年齢に制限がないため、同期であっても年齢に大きく差があるものも存在する。寧ろフェイムの十六歳というのは最高学府では若すぎるくらいなのだから。 

 因みにノアが現在二十歳。この中でも最も年上である。


「それじゃあ二人も仲良くなれたみたいだし……今日は解散しようか。最高学府の移動は基本的に徒歩だから、夜道には気を付けてねぇ。まぁ護衛さんも居るみたいだし、大丈夫だと思うけれど」

「ええ、ご心配ありがとうございます。それではまた」


 別室で待機していた護衛二人と合流し、ミヤビは二人と別れて行った。

 普通なら馬車を使用して帰宅するのだろうが、最高学府内での移動は原則徒歩に制限されているため護衛二人を傍に付けての帰宅である。


「さて、私達も帰ろうか。送るよ」

「ありがとうございます」


 そうして、ノアとフェイムもまた店を後にし帰路に着くのであった。


 ◇


「……良かったですね」

「何がでしょうか?」


 暗い夜道の中で、ミヤビの隣を歩くデメデスが不意にそんな言葉を口にした。

 デメデスの身長はミヤビより頭一つ分は高い。なのでしっかりと目を見て発言された訳ではないのだが、ミヤビは彼の言葉が自身へと向けられたものであると分かった。


「僭越ながら、貴女様に同年代のお知り合いが出来たのはあの方々が初めてであると記憶しておりますので。別れ際の様子から、親睦を深められたものと推察いたしました」

「……ああ、そういう意味でしたか」


 ミヤビは納得する。

 確かにデメデスの言う通り、彼女には同年代の友人どころか知り合いが出来たことすらなかった。

 デメデスと同じく護衛を務めるレメオフは年齢が近いが、彼もどちらかというと仕事の関係であってまともに会話をしたのは今回の護衛で初めてだ。

 そうして言わずもがな、デメデスは彼女より遥かに年上である。


「貴女の護衛を務めて暫くですが……あのように話す貴女様を見るのは久方ぶりでした」

「そ、そんな不敬ではないですか!?デメデス隊長!?せ、聖女様はいつも穏やかに――!」

「黙れレメオフ。もう夜も深い、迷惑だ」

「――――!!!!」


 レメオフが両手で口を押さえるのだが、言葉にならない言葉が漏れ出ている。

 確かに彼女達が現在歩いているのは最高学府の街中だ。周囲には人家もあり、既に夜更けである。大声で話していればそれなりに迷惑であることは想像に難くない。

 そうして口を両手で押さえて尚、じたばたとした動きで不服を訴えるレメオフを無視してデメデスは会話を続ける。


「それで、良い友人が出来そうですか?」

「どうでしょうか。まだ分かりません」

「分からない……楽しそうにしていらっしゃったではないですか」


 デメデスは熟練の兵士であり、ミヤビの護衛を務めて長い。

 故にこそ今日見た新鮮な彼女の姿は友人が出来たためであると考えていた。

 だがミヤビは否定し、表情も変えずに呟く。


「ええ。だって、全くの無愛想はいけないことですから」


 ただ何事も無かったかのように、ただ一言を呟く。

 声量も変えず、声音も変えず、当たり前のように言う。

 それはデメデスが普段よく目にする……淡白な彼女の姿そのものだった。


「聖典にも記載があります。『其は仰せられた。汝が諍いを止めるとき、私は汝の傍らに立つ。汝が諍いを始めるとき、私は汝の向かいに立つ』と。無愛想は無為に諍いを生み出しかねません。であれば、愛想を良くすることは良いことです」

「ええ、そう。そうですね。……そのとおりです」


 彼女は聖典の記載を引用し、自分の行動原理を説明する。

 それはある種、非常に分かりやすいものだ。同時に理性的なものだ。

 自分が何故その時、その行動をしたのかを説明できる。

 本来ならば出来て当然のことかもしれない。だが、同時にデメデスは……それを寂しくも思った。


「ほらデメデス隊長!聞きましたか!やはり聖女様は慈愛に満ち溢れた御方……流石でございます聖女さ」

「黙れ。聞こえなかったのか?」

「痛ッ!?た、隊長!?」

 

 コツリと一発。いつの間にか騒ぎ始めたレメオフの頭に軽く突っ込みを入れる。

 この若き兵士の信仰心はデメデスをして流石と言わざるを得ないのだが、同時に周囲の状況ですら時として意に介さない悪癖がある。そのため、こうして時折一発お見舞いするのである。


「……失礼致しました。それで、()()()はもう話されたのですか?」

「いえ、()()話していません」

「まだ……ということはつまり」

「はい。彼女達は確かに信頼できるかもしれませんが……これは迂闊に話すことはできません。話すべき時は、確証を得ることができた時です」


 ミヤビが上を向く。

 そこに聳えるのは最高学府の本校舎……中央の摩天楼。


 彼女は思い出す。一月程前のとある記憶を。


「なにせここは最高学府……魔術師の総本山なのですから」


 ■◇■


 ニンナ法国 某所 夜


 ミヤビの周囲には十数人の法国兵士達。

 全員が確かな実力を有する熟練の者達であり、ミヤビの傍らには護衛のデメデスも控えている。

 時は夜。目の前には周囲より一際暗く見える、外見自体は何の変哲もない建物。

 木製の扉が目立つように彼女達の前にある。


「聖女様。既に兵の配置は完了しております。いつでも突入及び包囲可能です」

「ありがとうございます……それでは、突入します」


 ミヤビが扉を開け、建物の内部に突入する。

 屋内に一歩足を踏み入れた瞬間に感じる悪寒が肌を撫でるが、一行はそれらを無視して内部へと突き進んでいく。一糸乱れぬ突入は、ミヤビを中心にある場所まで行われた。


 そこには、一つの人影が灯りに照らされていた。


「止まりなさい」

「……おや」


 人影は待ち構えていたというのは拍子抜けするような穏やかな声音と態度であった。

 仮面を着用しており、人相は分からない。

 だが逃げるでもなく、罠を張り巡らせるでもなく、その人物は何事もないように聖女達を見やった。


「両手を挙げ、動きを止めなさい。抵抗するならば無事は保証できません」

「ふむ」

「聞こえませんでしたか?両手を頭の上に挙げ、動きを止めなさい」


 ミヤビは強い口調で言い放つ。

 普段の彼女を知る者達ならば違和感を覚えるだろう言動。

 しかしこの場に集う者達にとっては、ある種見慣れた言葉遣いであった。

 これこそが聖女ミヤビのもう一つの姿であり、もう一つの治安維持の術。

 昼の彼女が教徒の安心を齎す顔だとすれば、夜の彼女は法を以て秩序を執行する顔。

 法国の治安維持を担う指揮官である。


「勿論聞こえている。君が来ることも分かっていたし、この工房は既に囲われていることも把握している。それで、私の罪状は何かな?」


 その人物は自分の置かれた状況を理解していないのか、或いは理解した上でなのか、先程と変わらない様子でミヤビへと質問する。

 着用している仮面に変声の効果でもあるのか、声音だけでは性別や年齢といった情報は測れない。

 背丈や体格も女性にしては大きく、男性にしては細身といったもので確定には至らない。


 状況の分析を行いつつ、ミヤビは義務として目の前の怪人へとかけられている容疑を説明する。


「今から二か月前、ある聖教徒が誘拐され数日後に遺体で見つかった事件は知っていますね?

「ああ、勿論だとも。随分と世間を賑わせてるからね」

「そこから今日に至るまで、分かっているだけでも十名以上の殺人が確認され、その倍以上の失踪者が発生しています。この連続した事件の犯人は貴方ですね?」

「ああ、成程。断言するということは勿論証拠はあるのだろうね」

「貴方の居るこの工房こそ、動かぬ証拠ではありませんか?」


 最初に感じた悪寒、そして今も漂う鼻を突く悪臭の正体。

 床に残る血飛沫の痕跡、これ見よがしに置かれた鉄の檻と拘束具。

 壁には拷問用の器具が飾られており、棚に飾られているのは人体の一部である。


 この光景を見れば、この部屋の主がどれだけ猟奇的な趣味を持つかの説明は不要だろう。

 部屋そのものが証拠品。文字通りの動かぬ証拠である。


「確かに。そう捉えられても何ら不思議ではないな」

「まるで自分は犯人ではない言いぶりですね」

「実際にそうだからね」


 悪びれもなく、ただ否定する怪人。

 誰がその言葉を信じるというのか。

 悪趣味極まる工房の中で一人穏やかであること、仮面と魔術の力で正体を隠していること、そして追い詰められた尚も崩さない不遜な態度。全てが疑わしく、この怪人が犯人であると示している。


 だが、確かに彼の言う通り『確証』はない。

 故にこそ、ミヤビは告げる。


「最後通牒です。両手を頭上に挙げ、全ての動きを停止しなさい。これよりあらゆる行動は抵抗とみなし、鎮圧行動に移ります。無傷の保証はできません」

「それは困る……が態々君達に説明をするのも時間の無駄だ。しかし、折角の機会だ」


 瞬間、全ての者が感じる。

 目の前の怪人から感じる威圧、即ち――迸る魔力を。


「少しだけ試そうか」

「捕縛します」


 瞬間、兵士たちが一斉に武器を携えて飛び掛かる。

 魔力を帯びた武器は全て神聖魔術による加護が与えられたものだ。

 聖女の纏う聖衣には及ばずとも、高位の神官と実力のある鍛冶師によって鍛えられた代物である。


 だが。


〈嵐の城壁〉ウィドベラ・ヒンフェン


 腕を横薙ぎにし突風が巻き起こる。

 室内とは思えぬ嵐の如き風、飛び掛かった兵士が吹き飛ばされ、後方の壁へと叩きつけられる。

 鎧と壁がぶつかる鈍い音。叩きつけられた兵士は呻いたまま起き上がらない。


「其よ、ならざる我に(こころざし)を授け給え」

「捕らえろ!!」


 デメデスが叫び、控えていた全ての兵士が駆けだす。

 工房内は屋内だがそれなりに広い。距離にして数秒もあれば手が届く。


「迷える者に、惑える者に、其の高潔を示し給え……〈其の高潔を(イル・ルフ・)授けるもの〉(ヴァーチュス)


 ミヤビの神聖魔術が発動する。

 それは支援の為の魔術。効果対象のあらゆる魔術への耐性を向上させる奇蹟。

 ミヤビの使うそれの効果範囲は通常の何倍も広く、室内の全員に加護が付与された。


〈嵐の城壁〉ウィドベラ・ヒンフェン

「ッ――ハァッ!!」


 再び巻き起こる嵐の如き突風。

 しかし魔術によって向上した耐性によって後退を免れたデメデスが、携えた長剣を振り下ろす。

 長剣は真っすぐに怪人へと向かい、そして……甲高い金属音が響く。


「――ッ!?」

「何を驚くことが?防御位して当然ではないかな」


 それは良くある手甲(ガントレット)と同じく、鉄の輝きを放っていた。

 だがそれだけでデメデスの長剣を防げる筈がない。

 まして、片手で受け止められる筈もない。


 間違いなく魔道具。切れ味の向上した長剣と、筋力を底上げしたデメデスの攻撃を軽々と防げる程の付与魔術がかけられている。


「そのまま押さえてください!」

「ハッ!かしこまりました」


 だがそれは好機でもある。

 デメデスの長剣は怪人の右手によって受け止められている。

 そしてそれは、彼が怪人の動きを制限していることと同義。

 その好機をミヤビは見逃さず……詠唱へと入る。


 否、入ろうとした。


「ここまでかな。本気を出されても困る」


 怪人はそう呟くと、手甲で受け止めていた長剣を払いのける。

 すかさずデメデスが追撃をしかけるべく長剣を振るうが……既に遅い。


「また会おう」


 それだけを言い残し、怪人は姿を消した。

 まるで最初からそこに居なかったかのように、工房内にあった全ての証拠と共に。

 そうしてその場には、何もない部屋とミヤビ達だけが残された。


「……デメデス隊長」

「は。此処に」


 静寂の中でミヤビがデメデスを呼ぶ。

 先程まで怪人が居た位置からデメデスが近付き、礼をする。


「あの怪人は非常に高度な転移魔術を使用していました。そして、恐らくはすぐにでも発動可能だった。詠唱も儀式も無かったのがその証拠です。これをどう考えますか?」

「推測ですが、奴は楽しんでいたのだと思われます。『試す』というのも言葉通りの意味かと」


 怪人は魔術名を唱えることなく周囲の物品と共に姿を消した。

 これが魔術陣という技術によるものであことをミヤビは知っている。

 そして高度な魔術程、魔術陣に納めるために必要な実力が跳ね上がることも。


 魔術陣は事前に魔術を発動させておくことで、任意のタイミングでその魔術を発動できるようにする技術。つまり、あの怪人はいつでも逃げることが出来たのだ。


「ではもう一つ伺います。周囲の証拠品ごと全てを持ち去る高度な転移魔術……術者に心当たりはありますか?」

「一人だけ。しかし……」

「あくまで可能性です。仰ってください」

「かしこまりました」


 デメデスは躊躇いつつも彼の中で該当する人物の名を告げる。


「それ程の転移魔術を使用する者、少なくとも私は一人しか知りません」

「それは?」

「最高学府学園長……キセノアルド・シラバス氏です。世界最高の空間魔術師であるかの御仁ならば、或いは可能でしょう」


 キセノアルド・シラバス。

 その名を知らぬ者はこの場には居ない。

 少しでも魔術について知る者ならば、或いは国家に所属するものならば知っていて当然だ。


 最高学府という一国に匹敵する、或いは凌駕する教育機関の長。

 そして世界最高の空間魔術師として、多くの逸話を有している。

 彼に纏わる噂の中には、実は大賢者の弟子だったのではないか、というものまである程だ。


 序列に数えられてこそいないものの、そもそも『序列論』を発行している機関こそ最高学府であり、その影響力は計り知れない。


「しかし、私は彼の御仁を一度目にしたことがありますが……背格好は奴とかけ離れておりました。加えて、彼の御仁は最高学府から出ることは無いと言われております。まさか法国でこのような事件を起こすとは考えにくいですが……」

「最高学府の魔術師が関係する可能性は高い……ということですね」

「ええ」

「……ありがとうございます。よく分かりました」


 ミヤビは一度だけ目を伏せ、そしてデメデスに告げた。


「……出立の準備を急ぎましょう」


 これは、彼女が最高学府を訪れる一か月程前の出来事。


 ■◇■


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